第14話 亜人狩り
カペラの街で、ルカが元気になるまでゆっくりと過ごした僕達は、次の目的地である港町のパルミナを目指して移動を再開した。
カペラから十分離れた所でアグニ達を召喚する。
「坊、馭者を代わるぜ」
「ありがとう。頼むよ」
僕と離れたがらないルカを膝に乗せたまま馭者をしていたら、インドラが馭者を代わってくれた。
ルカは親に売られた事がトラウマになっているのか、カペラの街でもそうだったけど、僕と常に身体を接触していないと安心出来ないみたいだ。夜もベッドは二つあるので、別々に寝ていると朝になるといつのまにか僕に抱きついて寝ている。今では最初から一緒のベッドで寝るようになった。
まだ甘えたい盛りのルカにとって、僕は兄であり親代わりでもあるのかもしれない。
それはカペラからパルミナまでのバルディア王国北側の、あまり通行する人がいないルートだった事を思えば、奇跡的なタイミングだったのだろう。
馬車が林の近くに差し掛かった時、その気配に気が付いた。
「……また盗賊?」
「ふむ、しかし我等を狙っているのではなさそうだ」
「そうですね。誰かが追われているのでしょう。どうしますかシグ様?」
戦いながら逃げる一つの気配と、それを追う少なくとも50を超える気配。
「盗賊相手に選択肢はないかな」
どうせ生かしておけば、誰かが泣く事になるんだ。それに襲われている人が居て知らんふりも出来ない。見つけた以上、他に選択肢はない。まぁ、追われている方が悪い可能性もあるけどね。
「ヴァルナ、ルカを頼んでもいいかな」
「いや! ルカはシグお兄ちゃんがいい!」
ルカは、僕にキュと強く抱きついて離さないという意志を示す。
「うーん、じゃあおメメを瞑って絶対に周りを見ちゃダメだよ」
「うん! ルカ見ないよ!」
そう言うときつく目を瞑って、さらに両手で目を隠す。
「まあ今回は俺達に任せろ。坊は後ろから魔法でサポートしてればいいぞ」
インドラが馬車を街道の傍に止め、龍牙槍をその手に召喚する。
「では某も参ろうか」
「シグ様の護衛はお任せください」
アグニも馬車から降りると龍牙大剣をその手に召喚し、ブンッと一振りして肩に担いで前に出る。
ヴァルナは右手にロングソードの龍牙剣、左手に龍鱗のラウンドシールドを持ち、僕の側に立ち、盗賊らしき者達が姿を見せるのを待つ。
アグニ達は、通常のスパルトイではなく、鎧や武器ごと誕生した。故にアグニの龍牙大剣やインドラの龍牙槍は勿論、その身に纏った漆黒の鎧も身体の一部になっている。それが大剣や槍の召喚という行為を可能にしているみたいだ。
◇
背後の追っ手に矢を放ちながら、森の木々の間を駆け抜ける。
私とした事が、油断していた。
何時もはソロで仕事をしている私が、協会に頼まれてしぶしぶ組んだ臨時のパーティーに騙されるなんて……
「そこ!」
走りながら射た矢が、私を捕らえようと追う奴等の一人に突き刺さり息の根を止める。
もう10人は倒した筈なのに、まだ50人近くの男達が追いかけて来る。賊も手練れが多く、魔法を詠唱する間を与えてくれない。魔法さえ使えれば、50人程度の賊に遅れはとらないのに……悔しさで唇をギュと噛む。
基本的に私はソロでしか仕事はしない。今回のように協会側からの要請でもない限り。まさかバルディア王国で堂々と亜人狩りがあるなんて……しかも、高ランクハンターの私を標的に…………
バルディア王国は、雑多な種族が暮らす国。だから祖国以外の他の国では亜人と蔑まれる私でも問題なく活動出来ていた。長く仕事を続け高ランクになった事で油断がうまれた。
臨時のパーティーを組んだ三人の男達は、おそらく裏で亜人狩りと繋がっていた。ひょっとすると協会の職員もグルかもしれない。
木々の間を駆け抜け、林を抜けると街道に辿り着いた。でもここは国の北側の国境付近を通るルート。人通りは少なく助けを求める事は出来ないだろう。でも私の目に飛び込んできたのは、一台の止められた馬車と、そこに立つ漆黒の鎧を着た三人と幼い子供を抱きカーキ色のローブを着た少年だった。
「逃げて! 盗賊よ!」
まるで危機感のない少年に向けて私は声を張り上げた。
◇
最初に林を抜けて現れたのは、弓を持った一人の女性。僕達に逃げるよう叫んでいるから、追っているのが悪者確定でいいよね。
「逃げて! 盗賊よ!」
その後から飛び出して来たのは、盗賊にしてはマシな革鎧や鋼鉄製の胸当てに身を包んだ三人の男と、その後ろには見るからに盗賊っぽい男達。だけど僕が今まで見た中では、レベルや装備もマシな部類だ。
「こんな所にわざわざ馬車を止めやがって、どういう積りだ。邪魔すんなよ。邪魔しなけりゃ命だけは助けてやってもいいぜ。勿論、有り金全部と高価そうな装備は貰うけどよ」
下品な笑い声を上げる男達に、アグニとインドラが一歩前に出て、バイザーを上げるて話し掛ける。
「屑ども、言い遺す言葉はそれだけでいいか?」
「なっ!? スケルトンだと!」
「いや! スケルトンが喋るのはおかしいだろ!」
アグニとインドラの骸骨の顔を見て後ずさる盗賊達。
「おい! スケルトンなんて低級のアンデッド にビビるんじゃねぇ! やっちまえ!」
無謀にもアグニとインドラに怯まず襲いかかろうとする盗賊達へ、僕の魔法が放たれる。
「土蜘蛛よ、地獄の刃で縫い付けろ! 剣山刀樹!」
「「「「ギャァァァァァ!! 足が! 足がぁ!!」」」」
一人も逃がさないよう、退路に剣山刀樹で刃の柵を出現させる。当然、序でに後ろに固まっていた男達を始末する。
「さて、一人か二人残して、あとは皆んな死んどけ」
「ルカ嬢の教育に悪いからな。出来るだけ静かに死ぬのだぞ」
インドラとアグニが片っ端から蹂躙していく。
インドラが龍牙槍を一薙ぎすると、三人の賊の身体が腰から二つに分かれる。
同じくアグニの横薙ぎの一振りは、2、3人の鎧も構えた剣も関係なく纏めて斬り裂いた。
「なっ! なんでスケルトンがこんなに強よいんだよぉ!」
「ヒィィィィーー! 死にたくないよぉー!」
「それは皆んなそうだと思うぞ」
盗賊の装備しているのが、革鎧でもハーフプレートの鎧であっても、アグニの大剣は抵抗を許さず斬り裂いていく。インドラの槍も鋼鉄の盾を紙のように突き刺している。
やけくそになった男がアグニに斬りかかる。
「クソッ!」
キンッ!
「なっ! 俺の剣が! ……へっ?」
つまらなそうに一振りしたアグニの大剣が、斬りかかった盗賊の剣ごと斬り裂いたが、アグニに斬りかかった男は、自分の頸が真っ二つになって宙を舞った事に気がつく事はなかった。
「ガキを抱いてる奴を狙え!」
ルカを抱いて立っている僕を狙って二人の男が抜けて来た。
「狙える筈がないだろう」
バキャン! ザシュ!
僕の側で控えていたヴァルナが一人をラウンドシールドで叩き潰し、もう一人をロングソードを一閃して斬りすてた。
やがて僅かに生き残った男達の呻き声だけが残る中、場違いな可愛い声が響いた。
「シグお兄ちゃん! まーだー!」
「もう少し待ってね。アグニ、インドラ、後片付けをお願い」
死体が散乱しているのを、ルカに見せるのはまだ早い。僕は急いで土蜘蛛の力で穴を掘ると、アグニとインドラに死体の処理を頼む。
「うむ、ルカ嬢にはまだ刺激が強かろう」
「坊、死んだ奴等は金目の物だけ集めるぞ」
アグニとインドラが盗賊達の始末をする間、ヴァルナは僕の側を離れない。逃げていた女性を警戒しているんだ。
危機が去ったと分かったからか、アグニ達を呆然と見ていた女の人が話し掛けてきた。
「助けて頂きありがとうございます。申し訳ないのですが、賊の認識証を回収してもいいでしょうか?」
「認識証ですか?」
「はい、バルディア王国の発行する自由民である証しです。他にもハンター証の回収もしたいのですが」
「ハンター証ですか?」
知らない言葉が色々と出て来た。
よく聞くと、バルディア王国の国民は、必ず認識証を所持しているらしい。
認識証には種類があり、町や村に住む者には市民証が、それ以外で奴隷ではない者は自由民の認識証を所持している。さらにハンター協会という国家の枠組みとは独立した組織があり、ハンターは、そこの協会発行の認識証を所持している。他にも商業ギルドや工業ギルドが認識証を発行しており、身分証として使用されているという。
「バルディア王国外の方でしたか。でも国内を移動されるのなら、自由民の認識証を発行しておいた方がいいでしょう。少し大きめの町なら役所で銀貨1枚で発行されます」
「へぇー、勉強になります」
お母さまが生きていた頃は、地下室でも色々と学ぶ事が出来たけど、その後といえば僕の知識のほとんどがイグニート達からだ。生まれた時から僕の中にある、もう一人の人間の生きた半生の記憶や知識は、幼い頃からあるんだけど、この手の知識は全くない。多分違う世界に生きた人なのは確定だと思う。
僕はもっと常識を学ばないといけないな。
その時、小さな可愛い手で両目を塞いだまま待っていたルカが、我慢の限界なのかもう手を放してもいいか聞いてきた。
「シグお兄ちゃん、まーだー!」
「もうちょっと、もうちょっとだからね」
ルカが我慢出来なくなってきたので、急いで手分けして死体から認識証を回収する。
生き残りは三人。さてこれからどうするか相談しないとな。
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