マーキング

 すれ違いざまに香った匂いにエドワードは違和感を覚えた。視界の端に映ったのは鮮やかなオレンジ色。


「ラルスと仲直りできたのですか?」


 とっさに声をかけた相手――カリムが足をとめ振り返る。大きな瞳は怒りで歪み、黙っていれば愛らしい顔が無惨なことになっている。

 多くの猫又と同じく面食いなエドワードは残念だと苦笑を浮かべた。


「その様子だとまだなようですね」

「私とあの駄犬が分かりあえる日が来るはずないだろう」


 顔ににあわぬ硬い口調。こちらを睨み付ける目は鋭く、さすがは軍人家系のお坊っちゃまだと内心舌を巻く。成長しきっていない体に男とは思えない愛らしい容姿。人間も異種族も身分も関係なく放り込まれる学院だ。平和に生きていけるのかと当初は心配したが、杞憂だったと意志の強い目をみて思う。


「失礼を申し上げました。少々気になったもので。片割と不仲というのはなかなか不便ではないですか?」

「もともと別々に生きてきたんだ。異種双子だからという理由だけで何故共にいきなければならない」


 嫌悪のにじんだ声音と瞳にエドワードはなにも答えられなかった。自然とカリムの首に目がいく。服で隠されたそこにはラルスと同じ、首をぐるりと囲む紋章が刻まれているはずだ。


「用がないなら行く」

「呼び止めてしまって申し訳ありません」


 笑みを浮かべるとカリムは不快だと隠しもせずに鼻をならした。カツカツとブーツの立てる無機質な音が苛立つ彼の心境を現しているようで自然とため息がもれる。


 異種双子は前世の強い感情を引き継ぐことがある。出会い頭に殺しあい寸前の大喧嘩を繰り広げたカリムとラルスが引き継いだのは強い怒りや憎悪だったのだろう。それも当然かとエドワードは人知れず眉をよせた。


 人間による強制的に異種双子としての契約を結ばせる実験場後は無惨なものだったと聞く。人と異種族の遺体が積み上げられ、弔われもせずに放置されていたと聞いたときは気分が悪くなった。

 種の生き残りをかけた戦争とはそういうものだ。それを知ってはいるが、遺体の一部に混じっていた者たちが今目の前にいる。そう思えばどうしてもこみ上げる感情はある。本人たちが忘れていたとしても、エドワードは覚えている。


 この気持ちは誰にも伝えることは出来ない。異種双子の一部が実験によって契約を強制的に結ばされたことも、異種双子の契約の方法も解除の方法も、世間的にはなかったこと。失われたことになっている。長寿種でもないただの猫又であるエドワードが知るはずのない情報なのだ。


「九回も人生を生きると考えごとが増えますね……」


 望んだことではあるが負担は大きい。

 今までの人生を思えば平和な時代に生まれたのだか、今回も平穏無事とはすまなさそうだとエドワードは苦笑を浮かべた。


 しかし、カリムが知らないとなるとあの匂いはなんだったのだろう。カリムから香ったのは間違いなくラルスの匂いだ。だからエドワードはラルスとカリムの仲が改善したのかと思ったのだが……。


「一体どういうことでしょう?」


 つぶやいてみても答えてくれる人物はいない。あの様子だと後を追って聞いたところで無意味。となれば聞ける人間は匂いをつけた本人だけだ。

 しかしラルスとエドワードには接点がない。猫又とワーウルフは異種双子の数も多いため種族ごとに固まって動くのが当たり前になっているうえ猫又とワーウルフは仲がよくない。ただのワーウルフでも関係をもつのが難しいのに、仲間内でも浮き気味でおそらく竜種であるヴィオと行動を共にしているラルスとなればますます話かけるきっかけがない。


 ワーウルフに比べると嗅覚が鈍っている猫又は様々な種族が入り乱れる学院内で特定の誰かを見つけることも難しい。獣以外にはなりきれないというのに獣である事を捨てようとする猫又の生き方にエドワードは内心舌打ちをした。


 自力で見つけることは出来ない。となれば誰かに聞くほかない。

 エドワードは教室へと向かいつつラルスの居場所を知っていそうな相手は誰だろうと考えた。ヴィオかクレアがいれば確実なのだがヴィオはどうにも苦手だ。ヴィオ自身はなにも悪くないのだが一目みただけで上位種、特に竜種だと分かる独特な魔力は落ち着かない。気にせず近寄っていけるラルスはかなりの鈍感なのか、細かいことを気にしない豪胆なのか。どちらにせよエドワードにはない性質を持っている。


 そのうえヴィオは獣種ではない。竜種はこの世界で一番強い種と言われているだけあって良くも悪くも大雑把だ。弱いからこそ五感を発展させた獣種と違い、他種の気配には鈍い。カリムからラルスの匂いがすることを気づいていない可能性すらある。


「となれば……誰に聞けば……?」


 廊下の真ん中でエドワードは立ち止まり腕を組んだ。

 一度気づいてしまったら気になって仕方がない。獣種にとってマーキングは重要だ。おいそれと適当な相手にする行為ではない。仲が悪い相手にするなんてあり得ない。

 考えれば考えるほど興味がわく。それなのに聞ける相手がいない。どうしたものかとエドワードは一人眉を寄せた。


「めっずらしー。廊下のど真ん中でなにしてるの?」


 エドワードの顔をのぞき込むように背後から現れたのは人間というよりもヴァンパイアに近い色彩を持った少年――セツナ。驚いて目を瞬かせるとセツナは貴重なものを見た。という顔で笑う。

 セツナもエドワードは苦手だった。まだ十歳になったばかりの子供とは思えない達観した思考。一見無邪気に見える言動をしているが周囲を見る目は冷静だ。自分の立場、周囲から見える印象。そういったものを客観的に分析し、子供は子供らしくとあえて無邪気に振る舞っている。頭が良い人間でなければ出来ない芸当である。


 こういう人間は敵に回すとろくなことにならない。

 人生九回目となればよく分かる。警戒されすぎてもいけない。だからといって近づき過ぎても自分の秘密を見抜かれるかもしれない。そういった緊張からエドワードはセツナには近づき過ぎず、敵対せずの距離を保とうと思っていた。のだが、エドワードが思った以上にセツナは好奇心旺盛な気質であったらしい。


「少し気になったことがあったのですが……」


 曖昧に笑ってごまかすことにした。

 セツナにカリムの匂いのことを話しても人間であるセツナには分からない。しかもカリムとセツナはそれほど仲が良くないらしい。人間の中では名のある一族出身のため入学前から接点があったとナルセは朗らかに話していたが、当の本人たちは嫌味の応酬。青嵐が間に挟まれてあわあわしている光景を見るのも珍しいことではない。

 下手なことをいってカリムの機嫌をそこねたくはない。ただでさえ初対面からカリムとラルスの大ケンカが起こったことでクラスの空気は微妙だ。入学から数ヶ月たってもカリムとラルスが同じ空間にいれば居心地悪い空気が漂う。人の怒気に敏感な片割に嫌な思いをしてほしくもないし、これ以上クラスの空気が悪くなるような事態は避けたかった。

 セツナには悪いが適当にごまかそう。そう思ったところでセツナが口を開く。


「もしかして、朝からワーウルフの子たちがソワソワしてるのと関係ある?」

「え?」


 セツナの言葉にエドワードは目を丸くした。それから今日一日のことを思い返す。言われてみればワーウルフらが妙に落ち着きがなかった。ソワソワして小声でなにかをささやきあい、お前聞いてこいよ。無理だって。と言い合っていたような気もする。

 ワーウルフは匂いに敏感だ。猫又よりもよほど。


「……私が気づいたことをワーウルフが気づかないわけないですね……」


 考えてみれば簡単なことだ。

 エドワードはカリムと席が離れている。だから気づくのが遅れたのだ。


「ってことは、やっぱなにかあるんだよね。今日はワーウルフの子たちがみんなチビちゃん見てたからさ! なにかあったのかと思って!」


 自分の予想があたったのが嬉しいのかセツナが目を輝かせた。匂いのことなど分からないだろうに周囲の状況からおかしいと気づく観察眼に内心舌を巻く。改めて敵に回してはいけない相手だと思った。


「……私もワーウルフの子たちも正確なことは分かりませんよ。聞きに行く度胸も正直ないですし、カリムに直接聞いてもおそらくは分かっていないかと」

「どういうこと? 回りくどくいってごまかそうとしないで簡潔に正確に」


 腰に両手を当ててセツナは片眉をあげた。ごまかそうというエドワードの意図はしっかりバレているらしい。こうなってはごまかせないとエドワードは白状した。


「カリムからラルスの匂いがするんです」

「……なにそれ、マーキングってやつ?」

「ご存じなんですね?」

「異種族が集まる学校に入学するんだよ? 最低限、ワーウルフと猫又のことぐらい勉強してくるのが常識でしょ」


 なにを当たり前のことを。という態度にエドワードは目を瞬かせた。

 たしかに、異種族ばかりの空間に放り込まれるのだから対策は必要だ。相手がどんな種族なのか知っておくだけで未然に防げるトラブルは多い。しかし十歳という年齢でそれに気づき対策まで出来る人間はどれほどいるだろう。


「マーキングって獣種、とくにワーウルフが番とかに匂い付けする行為だよね。コイツは俺のだから手をだすなって」

「大雑把にいえばそんな感じですね」

「ワンちゃんとチビちゃんって仲悪いよね?」

「カリムには先ほど確認しましたが、仲直りしたわけではないようです」


 セツナはしばし考えるそぶりをみせてから、もしかしてあれかな。とつぶやいた。


「ちょっと前にさ、チビちゃん、上級生に絡まれたんだって。異種双子なのに片割と上手くいってないとか可哀想だって」

「それはまた……」


 どこにいってもそういう輩はいるのだなと顔をしかめる。


「チビちゃんあー見えて強いから普通に撃退したらしいし、前からそういうことはあったから慣れてるんだけどね」

「あったんですか……」

「俺もチビちゃんもお坊ちゃまだし、チビちゃんの場合は見た目が余計にねえ」


 可愛いから。とは口に出さずにセツナは苦笑をうかべた。

 カリムは同世代と比べても小さい。エドワードも初めて見たときは女だと思った。ラルスとの大ケンカですぐに誤解は解けたが見た目だけみれば女だと勘違いしてもおかしくない。

 集団において見た目が弱々しく見えるのは欠点だ。


「チビちゃんは慣れてるし、そういうのに対応できるように実家でみっちり訓練されてる。んだけど、見た目だけみたらそうは見えないからさ、心配しちゃうわけだよ。君みたいにさ」


 セツナはそういうとにやりと笑う。

「ワンちゃんも心配したんじゃないかな」


 その言葉で不可解な謎が綺麗にとけた。と同時に悲しくなる。


「……仲悪い相手に対してですか……」

「ワーウルフは健気っていうけど、本当なんだねえ」


 セツナもどこか切なげに目を細めて遠くを見た。

 カリムは気づいていなかった。ということはカリムが気づかない間にこっそりと、寝ている間にでもマーキングを行ったのだ。もうカリムが変な輩に絡まれないように。


「ラルスもカリムのことは嫌っていると思っていたのですが……」

「感情って言葉ほど簡単に割り切れるものじゃないからね。ワンちゃんもあー見えて色々と考えてるのかも」

「……そのようですね……」


 ラルスもカリムも前世の感情に引っ張られている。エドワードはそれをよく知っている。一度死んでも忘れられない強い憎悪。それを簡単に払拭できないことも九回目の人生を送るエドワードはよく理解していた。

 きっと彼らは仲良くなれないだろうと思っていた。憎しみあったまま人生を終えるのだとそう思ってたのに……。


「私ももう少し頑張ってみますかね……」

「なにを?」


 不思議そうな顔でこちらを見るセツナにエドワードは微笑んでみせた。セツナの顔がかすかにこわばる。しかしそんなことはどうでも良い。


「ワーウルフが健気なことは有名ですが、ただ一人に決めた猫又も健気なんですよ」


 満面の笑みを浮かべるとセツナの顔がさきほどよりも分かりやすく引きつった。それではと横を通り過ぎたとき、かすかに聞こえた呟き。


「執念深いの間違いじゃないの?」


 やはりセツナは頭の良い子だ。そうエドワードは思った。



※※※



 卒業してからめっきり会う事のなくなった旧友を訪ねたのは気まぐれだった。卒業間際はいろんな意味で忙しく、これほどまでに慌ただしいクラスは初めてだった。と卒業式には教員が号泣する始末。そんないろんな意味で印象に残る学生生活を終えて社会人になってみれば、平和すぎて面白みにかけるくらいであった。


 もうちょっと刺激がほしい。なんて贅沢なことを思った結果、騒ぎの中心人物であったカリムとラルスの元をたずねようと思いついたのだ。

 単純に卒業後どうしているのか気になったのもあった。聞こえてくる噂は危なっかしいと感じるものもあり、少々心配になったのもある。


「お久しぶりです。お元気ですか?」


 ラルスが好む肉とカリムが好む本を持参していけばちょうど事務所兼家にいたラルスが驚いた顔をした。ラルスとはそこら辺のワーウルフと猫又の関係に比べれば良好だが、ヴィオのような親友というわけでもない。友人ではあるものの近しいとも言いがたい微妙な立場のまま卒業した。そんな相手がいきなりたずねてきたのだから驚くのも無理はない。


「エドワードが来るなんて思わなかった。お前こそ元気だったか? シャロンは?」


 それでもすぐに笑顔を見せてくれるのが人なつっこいワーウルフらしい。カリムとケンカが絶えなかったせいで怒りっぽい印象がついてしまったが、ラルスはかなり温厚な性格で器も大きい。エドワードが猫又だというのも一年も立たないうちに気にしなくなったほど寛容だ。


「元気にしてますよ。カリムは?」

「今日は軍の方いってる」

「講師として出向いてるんでしたっけ」

「そーそー。ってなんでエドワードしってんの? セツナから?」

「そんなところです」


 にっこり笑えばそれ以上ラルスは詮索しない。勘が鋭いのかこれ以上聞いてほしくない瀬戸際をしっかりわきまえている。そういうところも好感が持てた。セツナが文句を言いながら面倒を見てしまうのも納得がいく。


「カリムとの生活は上手くいってますか?」

「学生時代がなんだったんだってくらい上手くいってる」


 ラルスはそういいながら紅茶を用意してくれる。適当なカップで出されたわりに良い香りがするから茶葉はカリムが選んだのかもしれない。見た目を気にしないあべこべなところがカリムとラルスらしくてエドワードは笑った。


「……学生の時はいろいろ悪かった。気つかっただろ」

「あなたが悪いわけではないでしょう。巡り合わせが悪かっただけです」


 異種双子の成り立ちについて、とある学者が論文を発表した。それは今のところ公にはされていない。異種双子とごく一部だけが知っている。公表されるのは世間がもう少し種族差を受け入れてからだろう。


「エドワードも読んだのか」

「連絡のとれる異種双子全員に通知されたようですよ」


 前世の記憶がハッキリ残っている自分は最初から知っていたんですけど。という言葉は飲み込んでエドワードは紅茶を口に運ぶ。思った通り深みのある味わいがカリムらしいなと思った。


「なんかさ、過去の実験のせいだとか言われてもなーって感じ。カリムを殺したいって思ったのは事実だし」

「それは貴方のせいではなく……」

「っていわれてもさ、当時の記憶なんて俺ほとんどないし。うなされてみてた夢だって今となっては本当にあったことなのか、俺にとって都合がいい妄想なのかも分かんないし」


 ラルスはそういうと頬杖をついた。意味もなく紅茶をスプーンでかき混ぜる。


「過去があったからカリムを恨んでいいって思いたかったのか、過去があったからカリムを許していいって思いたかったのか。どっちかは俺もよく分かんないけど、全部過去のせいだからってすませんのもなって。俺とカリムが上手くいかなくてお前たちに迷惑かけたのは変わらないだろ」

「……真面目ですね」

「真面目っていうのはカリムみたいな奴をいうんだ。俺は違う」


 ラルスはハッキリとそういうと紅茶をかき混ぜるのをやめて一口飲んだ。ぐちゃぐちゃになった思考を紅茶と一緒に飲み込んでしまおうとしているようだった。


「……私は貴方に気にかけてもらえるような猫又ではないですよ」

「迷惑かけたんだから気にするのが当たり前だろ。八年一緒にいたクラスメイトだし」

「私があなたたちにとって有益なことを知っていて黙っていたとしても?」


 エドワードには前世の記憶。どころか八回分の人生の記憶がある。これはごく一部の猫又が行える特殊な能力。この力でエドワードは異種双子のことを知っていた。クラスの誰よりも、異種双子について必死に調べる学者よりも知っていた。知っていて黙っていた。自分が平穏無事に九回目の人生を送れるように。


 黙り込むエドワードをラルスはじっと見つめている。ラルスはワーウルフの中でも嗅覚がとくに鋭く大まかな感情が匂いで分かる。エドワードがいったことは冗談ではなく真実だとラルスには分かったはずだ。


「みんな多かれ少なかれ秘密かかえてただろ」


 静かな罵倒か激昂か。どちらが来るかと身構えていたエドワードの耳に届いたのは寂しそうな声だった。

 顔をあげればラルスは遠く、窓際を見つめている。そこには植木鉢に植えられた小さな花が咲いていた。日光を浴びて輝くそれはクレアが好んでいた花だ。


「ヴィオもクレアちゃんも俺に隠し事してた。セツナだって平気なふりしてたけど、青嵐と異種双子じゃないこと気にやんでた。リノは婚約者と揉めてたらしいし、ナルセだって卒業したら誰かと政略結婚するって話黙ってた。みーんな不安抱えてた。そのくせ平気なふりして、なにも心配なんてないみたいな顔して学校生活送ってた。みんなの前で堂々とケンカしてた俺とカリムがバカみたいだ」


 泣きそうな顔でラルスはそういって奥歯を噛みしめた。


「お前だってあったんだろ。俺たちに言えないこと。そっちの方が俺たちよりも大事だった。そんなの謝ることじゃねえ。俺だってお前よりカリムの方が大事だし」

「……言うようになりましたね……」

「おかげさまで」


 ラルスはニッと歯を見せて笑う。ヴィオとクレアによく見せていた笑顔。その笑顔を見るたびにカリムが顔をしかめ、殺しそうな目でヴィオとクレアを睨んでいたことをラルスだけが最後まで気づかなかった。

 もどかしい。そう思ってみていたが、ラルスだって自分たちのことをそう思っていたのかも知れない。いや、そう思えるほど余裕が出来たのだろう。


「その様子だともう隠れてマーキングする必要もなくなったんですね」

「えっ……」


 落ち着くところに落ち着いたのだと安心してこぼした言葉に弱々しい返事が返ってきた。みればラルスが顔を真っ赤にしてこちらを凝視している。耳と尾まで飛び出した様子をみてエドワードの方こそ驚いた。


「き……気づいて?」

「気づかれてないと思ってたんですか?」


 あなたのクラスに何人ワーウルフがいたと? そう続きそうになった言葉はのぼせそうなほどに赤くなったラルスの顔をみて飲み込んだ。


「うわーはずかしい! か、カリムは!? カリムは気づいてないよな!?」

「みんな気をつかって言わないことにしたんです」

「ほんとに!? ありがとう!! あっでもそれ、全員にバレてたってことだろ!? うわー!?」


 ラルスは奇声を上げて机につっぷした。顔を隠すように腕を組んでいるが隙間から見える顔は真っ赤だし耳は垂れ下がってプルプルと震えている。

 こういうところがカリムから見て愛らしいんだろうなとエドワードは妙に冷静に観察してしまった。


「うぅ……無理、今度セツナたちと会う予定だったけど、どうしよう。どんな顔で会えば……」

「今更気づいたのワンちゃん、うけるー。って言われるだけですよ」

「その妙に上手い声まねなんだよ!? ほんとに言いそうだし!!」


 わーわー騒ぐラルスを見ているとおかしくなってきてエドワードはクスクス笑った。ラルスが涙目でにらみつけてくる。羞恥のあまりグルグルとうなっているがまるで怖くない。


「バカにしてんだろ!」

「してませんよ。むしろあなた方には感謝してますから」


 エドワードの言葉にラルスは目をまたたかせた。なんの心当たりもないという顔をみてエドワードは柔らかな笑みを浮かべる。


「あなた方のおかげで、前世は前世だと分かりました」


 八回失敗した。何度も何度も失った。もう無理だと思って、それでも諦めきれずに九回目の人生を得た。そこで出会ったクラスメイトたちはラルスの言うとおり、誰も彼もが秘密やしがらみをかかえて、それでも明るい未来を夢見て生きていた。

 その中でもラルスとカリムはエドワードから見れば不運としか言いようがなかった。戦争に巻き込まれ、無理矢理に契約を結ばされ、そのせいで理性と本能、契約に振り回された。それでも彼らは新しい絆をつくりあげた。不運を幸運へと変えたのだ。


「不運も幸運も気の持ちようなんだなとあなた方を見てたら思いまして」

「なんかざっくりまとめられた気がする?」


 ラルスが微妙な顔で首をかしげた。ラルスから見ればそんな一言で片付けられるようなことではないのだろう。悲惨な過去がなければ現在の幸福はなかったかもしれない。けれど別の幸福が二人をまっていた可能性だってある。

 そんなことは誰にも分からない。エドワードは九回目の人生を生きているけれど未だになにをどうすれば幸せになれるのか、幸せにしてあげられるのかは分からない。分からないけれど、諦めなければいつかきっと幸せになれるのだとラルスとカリムを見て信じることができた。


「私とシャロンも異種双子。今世が無理でも来世も一緒ですからね」

「……お前……時々猫又とは思えない執着みせるよな……」


 不穏ななにかを感じ取ったらしくラルスが引きつった顔をした。エドワードはなにも言わずに笑顔を返す。


「マーキングは獣種の本能でしょう?」


 目の前にいる二人が出来たのだ、八回も諦められなかった自分が出来ないはずがない。

 ほどほどにな。と引きつった顔をするラルスにエドワードは今日一番の笑顔を浮かべて見せた。

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