番外編

置いてけぼりの運命論

 ラルスには運命の相手がいるのよ。

 そう幼いラルスに最初に教えてくれたのは母親だった。


 「人の国」の西方に位置するワーウルフのテリトリーでは、異種双子というのはそれほど珍しいものでもなかった。

 毎年、新生児の中に数人、紋章付きの子供が混じっている。それが異種双子であり人間を片割にもつ存在だというのは、異種双子の出生率が高いワーウルフでは当たり前のこと。

 

 少々生まれが特殊なだけのただの子供。ワーウルフの中での異種双子の認識はそういうものだったため、紋章がない他の子供達と平等にラルスは育てられた。


 ワーウルフは一つの大きな国家。というよりは幾つかの小さな町や村が点在して成り立っており、ラルスが生まれたのはその中でも小さな村。田舎と呼ばれるような場所だった。

 そこに異種双子が生まれたのはずいぶん久しぶりで、村長や村の住人たちは選ばれた子供が生まれた。と大はしゃぎだったようだが、ラルスからするとよく分からない話だった。


 ただ一つ、自分には運命の相手がいる。その言葉だけが幼い頭に残った。


 生まれつき首には奇妙な形の紋章がある。首をぐるりと一周するそれは異種双子の証であり、同じ紋章を持つ存在が「人の国」にいるという事実を表している。

 家族やよくしてくれる近所の人となかなか会えなくなる。それは寂しいことだったが、それ以上にラルスはワクワクしていた。


 運命の相手は一体どんな奴なんだろう。どんな見た目で、どんな声をしているんだろう。

 10才が近づくにつれてラルスは想像することが増えた。いくら考えても答えはでなかったが、考えるだけでも楽しかった。

 上手くいかないのではないか。そんな心配はかけらも沸いてこなかった。

 何しろ運命の相手だ。生まれつきの繋がりが決まっている相手。


 異種双子は皆仲がよく、親友、恋人、家族。そんな風に関係性の違いはあれどお互いにとって唯一無二の存在になるものだ。そうラルスは周囲から聞いて育った。


 だから心配することなど何もない。

 きっと向こうも会いたがってくれているはずだ。

 そうラルスは片割に会える日を首を長くして待ったのだ。


 現実は甘くない。そうラルスがしったのはすぐだった。

 対面した片割を見て浮かんだ感情は歓喜ではなく、どうしようもない嫌悪。

 自然とむき出しになる牙を見て、相手もラルスと同じくらい。いや、それ以上の嫌悪を浮かべて、しつけのなってない犬だな。と吐き捨てた。


 その後のことをラルスはよく覚えていない。

 気付けば教職員に取り押さえられており、ラルスも相手もボロボロだった。初めてラルスは取っ組み合いのケンカをし、初めて他人に怒りを覚えた。


 これが片割であるカリムとの出会いである。

 異種双子だというのに仲が悪い2人がいる。その噂はあっと言う間に学校中に広まった。



***



 授業終了の鐘の音が響いたことでラルスは授業の終わりを知った。

 ラルスが寝ているのは裏庭。サボりスポットと呼ばれる場所である。

 授業を行う教室からは遠く、先生もなかなかやってこない。正確にいうなら、意図的に見ないようにしている場所だ。


 様々な種族が「異種双子だから」という理由だけで集められる学校では、逃げられる場所が必要。そういった判断による処置だ。

 これに関してラルスは感謝している。強制的に授業に連行されるような場所であったら、とっくの昔に脱走しワーウルフのテリトリーに逃げ帰っていただろう。


 教師の配慮に感謝しながら芝生に寝転び流れる雲を観察しながら、温かな日差しを堪能する。風が吹き抜け、昼寝にはちょうどいい気温に瞼が落ちそうになってきたところで、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。

 普段しまっている耳を出して音を確認。他種族と比べても発達した嗅覚で危険な存在かどうか匂いをかぐ。

 嫌な相手だったら逃げよう。そう思っていたラルスは近づいてくる存在が、よく知った相手だと気付いて警戒をとく。


 上半身を起こして振り返ると、想像した通り同学年のヴィオが立っていた。

 濃い紫の髪に黄金を思わせる瞳。褐色の肌に室内でも外すことのない帽子、手にはガントレット。なかなかに目立つ外見をしているが、ヴィオが学校全体、とくに異種族の間で有名なのは見た目ではなく、まとう魔力にある。

 人間には感知できないという、この世界に漂う力。その許容量は種族によって大きな差があり、ヴィオのにじみ出る魔力量は間違いなく上位種のものである。

 異種族の大概は竜種だろうな。と嫌でも察しているが、種族間でのもめ事をさけるために学校内では本人が言わないかぎり種族を口にしない。というのが暗黙の了解になっている。


 だからこそ下位種であるワーウルフのラルスと、上位種であるヴィオは友人という立場をとることができるともいえる。

 異種双子でなければ会うこともなかった。そう考えると不思議な縁だとラルスは思う。


「またサボりか」


 隣に座ったヴィオが責めるというよりは事実確認。といった淡々とした口調で聞いてきた。質問の形をとっているものの、視線は空を見上げているから大した意味はないのだろう。


「今の課題終わったら参加する」

 ラルスはそういうと、ごろんと芝生に横になった。


 現在の課題は、人間と異種族の違いについて調べてレポートにまとめるというもの。

 授業は当たり前のように片割同士がペアになる。お互いの種族を知ることで相互理解を深め、出来のいいものを教師が発表することで他種族の事情を知る。

 異種族交流が盛んになってきた今こそ取り組むべき課題。そう言われればその通りだと思うが、片割同士がペア。というのがラルスには引っかかる。


「……カリムはワーウルフになんか興味ねえだろ」


 駄犬と口癖のように吐き捨てるカリムを思い出して、ラルスは眉間にしわを寄せた。

 真面目なカリムはラルスが参加しなくとも一人で勝手に調べてはいるようだ。自分がいない方がはかどる。なんて思っていることだろう。

 カリムの内心を想像してラルスはイラつく。自分も似たようなことを思っているのでお互い様ともいえるが、それはそれだ。


 ラルスも一人で調べてレポートは提出するつもりでいた。カリムとなんの話し合いもしていないため、同じテーマを調べる。という条件はどうにもならないが、カリムとラルスの仲の悪さをしっている教師は大目にみてくれるだろう。


「ヴィオはクレアちゃんと何調べてるんだ?」

 ヴィオの片割である、おしとやかで可愛らしい少女――クレアを思い浮かべながらラルスはヴィオに聞いた。。


 ヴィオとクレアは学校内でも特に仲の良い異種双子と有名で、カリムとラルスとは完全に真逆な評価を得ている。

 そんなヴィオとラルスが仲がいいというのは周囲には不思議がられるのだが、ラルスは単純にヴィオが優しいだけだと思っていた。

 運命の片割れに捨てられる。という可哀想な下位種を優しいヴィオは放っておけなかった。同情ではなく、生まれ持っての性質として。


「互いのテリトリーに生息する植物の違い」

「完全にクレアちゃんの趣味だな……」


 クレアが植物に目がないことは同学年であれば誰もが知っている。

 普段は大人っぽくおしとやかな少女なのだが、植物を前にすると目の色が変わる。野外学習などになると普段の落ち着きようはどこにいったのか。というぐらいに動き回り、前回はそれはもういい笑顔で「これは毒をもっているんです」とラルスには名前すら分からない植物を解説された。


 たしかにいい匂いのしない草だったが、それを言われたラルスは何と答えるのが正解だったのか。様子をみていたヴィオが満足げに「クレアが楽しそうでよかった」で済ませていたのも気にかかった。

 学校一のバカップルといわれるだけのことはある。


「そういうお前は何をするんだ? 調べてはいるんだろ?」


 授業に参加しないだけで、課題をサボる気はない。そう疑う気もない口調にラルスは少し居心地が悪くなった。

 生まれつき目つきが悪いラルスは学校に来てから怖がられることが多い。不良だと外見で判断されることも多い。

 お前真面目だからな。と当たり前のようにいわれると嬉しさと、恥ずかしさがないまぜになりむずむずした。


「道具の発展の違い調べてんだ」

「道具?」

「そー、こっちきて驚いたんだけどさ、人間ってほか種に比べて能力が劣るからこそ工夫してるっていうか、異種族にはない発想が多いんだよな」


 自分の足でかけ、牙や爪を使って得物をとらえるワーウルフであるラルスからすると、王都にきてはじめてみた弓。普及率は低いが銃といったものは画期的なものに思えた。

 わざわざそんなもの使わなくても。という同族はいるが、使い方を考えればさらに楽に得物をとらえることが出来るのではないか。とラルスは考えている。


 ラルスが暮らしていた村では狩りをするのは若者の仕事である。年をとればとるほど、身体的能力の衰えで狩りに参加するのは難しくなる。

 しかし身体的に衰えたとはいえ、知識と経験は年を重ねたものの方がいいに決まっている。狩りに参加できずに口を出すことしかできない状況に、歯がゆさを覚えているものは多かった。


 ここで道具という身体の衰えを補えるものさえあれば、身体が衰えたからといって狩りから遠ざかる必要はないのでは。そうラルスは思ったのだ。


「別のもので代用する。って発想は異種族には薄いと思うんだよな」

「たしかに……」


 異種族は生まれもっての能力を重視する。

 生まれ持っての魔力容量は種族ごと、個人で決まっており、努力ではどうにもならない。持って生まれた能力の違いで、生まれすぐに村の長になるもの、下につくものは決まる。よっぽどのことがないとそれは覆らない。


「昔からの決め方に不満があるってわけじゃねえんだけどさ、子孫を強くして伝えていくってのは重要だし。でもせっかく異種交流が盛んになったんだし、別の考え方が入ってもいいと思うんだよ」

「お前はすごいな」


 ヴィオはいつのまにかラルスの顔を覗き込んでいた。

 ヴィオは人と話すとき目をのぞき込む。黄金の瞳がこちらをじっと見つめてくるのにラルスは居心地の悪さや、くすぐったさを覚えた。


「すごいってことはないだろ、こうしてサボってるわけだし」

「俺はクレアと一緒にいられればいいと思っていたから、他人には興味がない」


 ハッキリ言い切るヴィオをみて、さすがだなあ。とラルスは思う。ヴィオは出会ったときからその姿勢を貫き通しており、クレアが一番。と誰に対しても豪語してきた。

 他にも目をむけろ。とたびたび教師には注意されているが、ヴィオのその姿勢がラルスにはまぶしく見えた。


 片割が世界で一番大切だ。そう迷いなく、堂々といえることは何て幸せなことだろう。


「だから、沢山の人のことを考えられるラルスはすごいと俺は思うぞ」


 思考の渦にはまっていたラルスはヴィオの言葉に驚いた。

 見ればニコリと、クレアに向ける笑顔に比べると控えめな笑みをラルスに向けている。

 クレアを除けば十分に貴重な笑顔を直視して、ラルスはいたたまれなくなった。視線をそらして体と丸めて小さくなる。音を確認しようとだしっぱなしにしていた耳としっぽがパタパタ揺れて、喜んでいると隠せないのが余計に恥ずかしい。


「それにしても道具か……」

 恥ずかしさに悶え、小さくなっているラルスはヴィオの意味深な呟きに気づかなかった。



***



「ワンちゃん、今日も来なかったね」


 授業を終えた教室で資料をまとめていたカリムに声をかけたのは、セツナだった。

 長い髪に女性がつけるようなカチューシャ、整った容姿。見た目に反してしなやかな体が鍛えられていることをカリムは知っている。

 全く不本意ではあるが昔から交友があった人物には違いなく、知りたくもない事を知り、知られたくない事も知られている間柄だ。


 いつもであれば双子の妹であるナルセ、従者であり最愛であると言ってはばからない青嵐を両脇に従えているのだが、今日は1人だけ。

 教室の端で資料を片手に話しているナルセと青嵐に視線をやり、カリムと話すためにわざと置いてきたのだと嫌なことに気づいてしまった。


 興味がありません。という態度をとりながら資料を片づけていると、セツナがカリムの目の前に移動する。下を向いたカリムを逃がさないというように、机の上に両腕をおき、そのうえに顎を乗せる。

 下から見上げているというのに優位性を譲らない、傲慢な瞳はニマニマとカリムを値踏みしている。


「ワンちゃん、今日も、来なかったね」


 同じ言葉を、アクセントを強めてもう一度口にする。

 何を言いたいとにらみつけても、瞳は色を深めて、口元の笑みは深まるばかり。

 無視が一番だ。そう思ったカリムが立ち去ろうとすると、セツナはカリムがまとめていた資料をするりと奪う。

 すりも驚きの手癖の悪さに、お前貴族だろ。とカリムは突っ込みたくなるが、セツナはいたって自然に資料を流しよむ。


「へぇ、道具についてねえ。もっとお堅く歴史とか、法律とか調べるのかと思ってた」

「そんなもの先の人間がとっくに調べています。専門書籍を読んだ方が早いことをわざわざ調べる必要もないでしょう」


 大変不本意だが、セツナはカリムの実家よりも地位の高い貴族に当たる。後を継ぐ可能性を考えても、形だけでも敬っておかないと後々面倒くさい。そういった理由から最低限の敬語をカリムは使っているが、敬意もなければバカにしているととらえられてもおかしくないほどの喧嘩腰。

 そんなカリムの態度を意外と寛容なセツナは黙認しており、そんなもんか。と納得したのか、納得していないのか。よく分からない返事をする。


 カリムの答えに大した興味はなく、ただの足止め。本題に入る前に適当な話題をふったにすぎない。そう分かっているカリムはすぐさまこの場を立ち去りたいのだが、セツナが持っている資料は課題を進めるのに必要なものだ。

 それを分かっていてわざと抜いたのだと察しがついて、カリムは舌打ちした。


「もー顔だけはいいんだから、舌打ちとかしないのー。勿体ないよ?」

「セツナ様が舌打ちしたくなるような行動をしなければ、私だってしませんが」


 にらみつけるがセツナは綺麗に笑うだけ。

 貴族として生まれ育ち、己の容姿の使い方をよく分かっている人間が浮かべる表情は完璧というしかない。少なくとも愛想がない。と身内にすら呆れられるカリムには隙など見つけられなかった。


「ワンちゃん、可哀想だよねえ。片割が君みたいな無神経不愛想児童じゃ」


 大げさに肩をすくめる動作にイラつく。

 この課題が始まってからというもの、授業に顔を出さなくなったラルスの顔が脳裏に浮かんでカリムは再び舌打ちした。


「アイツが勝手にサボっているだけで、私には何の関係もありません」

「勝手にねえ……俺からするとチビちゃんが片割と。って聞いた瞬間にイヤな顔したからだと思うんだけど」

「アイツだって俺のことは嫌っています。お互い様ですよ」


 片割であるラルスとは初対面からケンカするような仲だ。それから無駄に年数だけ重ねたが仲がよくなる兆しはない。そもそもお互いに仲良くなろう。という気もないだろう。

 ワーウルフらしく愛想がいいラルスはカリムにだけは敵意をむき出しにする。元々吊り上がっている目をさらに鋭くして、忌々しげな顔を隠しもしない。


「本当にそう思ってるなら、君の目は節穴だねえ」

 というのに、セツナは心底呆れた顔でカリムを見た。


「どういう意味ですか」

「言った通りの意味だよ」


 それだけいってセツナはカリムに資料を返す。

 意図が分からずに眉間にしわを寄せるカリムを無視して、ひらりと手をふり去っていく。説明する気もなければ、何をしたいのかもわからない。

 それでも節穴。という言葉が妙に引っかかった。


 ラルスは自分のことをそれほど嫌ってない。むしろ仲良くしたいと思っている。そう言いたいのだろうか。

 浮かんだ考えにカリムは自嘲する。そんなことがあるはずがない。


 ラルスと初めて会ったとき、身の内から沸き上がってきた嫌悪感は本物だった。

 もともと友好的な感情は抱いていなかったのだが、あの瞬間に確信した。この片割と呼ばれる存在は自分にとって障害でしかないと。


 異種双子は運命の相手と出会うために身に紋章を刻んで生まれてくる。そう言われている。

 

 それを聞いたカリムは何が運命だと鼻で笑った。

 本当に運命の相手ならば、カリムとラルスはもっとうまくいったはずだ。顔を見合わせるたびに互いににらみ合うような現状にもならなければ、カリムがラルスに対して嫌悪を抱くはずもない。

 運命なんて嘘だ。少なくともカリムとラルスに至っては何かの間違いだったに違いない。


 それもあと数年の我慢だ。

 異種双子の学校は10才から18才まで。あと数年我慢すれば、その先は自由。

 片割と無理に一緒にいる必要はなく、卒業を機にバラバラに暮らす異種双子だっていなくはない。カリムもラルスもそうして別々の道を歩めばいい。自分が異種双子であり、片割がいるなんて事実忘れてしまえばいいのだ。


 だが、とりあえずは課題だ。とカリムは資料をまとめて歩き出す。

 ラルスがどうするかは知らないが、片割が参加しないからといってカリムが課題を出さないなんて選択肢はない。

 お互いの種族について、テーマをそろえてという条件だが、カリムとラルスの仲の悪さを知っている教員たちならばカリムだけが出したとしても受け入れてくれるだろう。


 脳内にちらつくラルスの存在を追い出して、目の前のことに集中しようとカリムは意識を切り替えた。

 そんなカリムは、いやラルスも全く想像していなかった。


 一週間後、一切会話せずにバラバラに調べてバラバラに提出した課題が、見事にテーマがかぶっており、出来の良さから教師によって発表されること。

 会話せずにこの結果はまさに奇跡。そうもてはやされ、ケンカしてるわりには息あってるとからかわれ、羞恥心が限界に達したラルスが「真似すんな!」と叫ぶこと。


 やけにご満悦なヴィオと、腹を抱えて笑っているセツナの存在も、何一つ想像することはできなかったのである。

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