終着駅までの5分間

@momoko0318

第1話

 ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン

 始発の電車に滑り込んだ僕は、混み合う電車の中で捕まえたつり革を握りしめ、ボケっと窓の外を眺めていた。

『ご乗車ありがとうございました。間も無く終点、終点でございます』

 ざわつく電車内、隣に立つ高校生の耳に付けられたイヤフォンから音が漏れて僕の耳に流れ込む。

『後5分少々で到着致します。どなた様もお忘れ物の無いよう、お手周り品をお確かめ下さいませ』

 反対側の中年男が咳き込んだ。咳嗽に痰が絡まるような濁音が混ざる。雑音のせいでアナウンスがよく聴こえない。

 僕はイラつく感情を吐き出すように、窓の外で流れる景色を睨みつけた。

『後1分少々で到着致します。ご乗車の皆様、到着まで今しばらくお待ちくださいませ』

 ガタンっ。電車が揺れ軋む音がする。

 キィィとブレーキのかかる音。

 矢継早に流れていた景色が速度を落として、だんだんと、僕の網膜にはっきりとした光景となって映り込む。

 後1分。その言葉だけがやけに耳にこびりついた。

 もうすぐか。

 乗客達が一斉にざわつきを大きくする。

 ガサゴソガサゴソガサゴソ

 鞄を引き寄せる音。

 スーツの上着を着直すサラリーマン。

 絹の擦れる音がやけに響く。

 僕は、ずっと立ちっぱなしで浮腫み始めた足をプラプラと動かした。

 滞っていた血液が、どくどくと流れる。首も回してみるとパキパキと音がした。

 キィィィィィと、甲高いブーレーキ音が響く。僕の鼓膜はそれを余すことなく拾い上げて震えた。

 痛い。

 痛い?


『ご乗車の皆様、お疲れ様でございました』


 隣に立つ高校生は、つり革を手から逃がして降車ドアの前に立っている。

 反対側に立つ中年男は、痰の絡みついた汚いティッシュをポケットに突っ込んでからは静かだ。

 何の音もしない。でも、僕の耳は痛いままだ。

 僕はつり革を捕まえる手に力を込めようとしたけど、どうしてか上手く掴めない。


 痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


 ざわざわと乗客が一斉に立ち上がる。

 キィィィィィィィ。

 電車の止まる音は、こんなにうるさかっただろうか。

 ガタンっ。車内が揺れる。人間が慣性に習って、揺れる。小さな悲鳴が聞こえる。


『ご乗車頂きまして誠にありがとうございました。間も無く終点、終点、』

 ああ、僕も早く降りる準備をしなければ。



 ピーーーーーーーーーーーーーーー。

「19時17分。ご臨終です」

 早朝に運び込まれた青年は、始発電車に撥ねられた青年だった。

 夕方近くまで蘇生を続けたものの、夢をみているように眠り続けた彼はそのまま戻っては来なかった。

 疲れた身体に鞭打って、硬直し始めた彼を観察する。死斑のできないよう丁寧に身体を動かすと、彼の右手が何かを握りしめているのを見つけた。

 そっと、握り込まれてくしゃくしゃになったそれを引っ張り出す。


「下半身が千切れたのに、切符は手放さないなんて」


 もしかしたら彼は、夢の中では始発に乗り込めたのかもしれない。

 今終着駅に着いたのだから。

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