ちびエルフがんばる!
いす芋
第1話 ちびエルフには悩みがある
エルフという種族は人間に比べれば非常に長命であったが、子供の成長速度については寿命の差ほどの大きな違いはない。
そういうわけで、草原に住む一族の女児であったブレダについて「何かがおかしい」と周りが気が付き始めたのは、早くも
通常の場合、エルフの子供の身長はこの時期に急激に伸びるのだが、ブレダの身長は伸びないままだったのである。
むろん、エルフの成長にも個人差はあるので、「そのうち伸びてくるだろう」という希望的観測を周りの大人達は抱かざるを得なかったが、それから数年してもその兆候は全く現れず、ブレダは同じ年頃の子供たちで集まると、他の子供の胸にも届かない背しかないため、日に日に見つけ出すのが困難になっていった。
本人は、だが、全く気にする様子もなく、明るく元気に育っていた。
両親もまた、屈託のない愛情を溢れんばかりに与えたが、やはり、心配はした。エルフにも身長、体格差はあったが、ここまで背が低いのは長命な皆の記憶にもなかったのだ。
病気や呪い、食い合わせに至るまで両親は心配し、なんの官職もない「平エルフ」としては出来うる限りの手を使って調べ、また、療養所を兼ねていた地方神殿にブレダを連れていき、診察を受けさせたりもした。
しかし、これといった原因を特定することは出来なかった。診察の結果も「ものすごく健康でなんの問題もなし」というもので、司祭も首をひねるばかりだった。
「これ以上調べるには、聖都イシュズールに行くしか無い」というのが主治司祭の結論であり、要するにさじを投げられてしまった両親は困ってしまった。
平エルフである二人には、聖都への旅費、滞在費を払う余裕はなかった。司祭は「なんなら、母校の医学科へ紹介文を書いてもよい。
これがもし、オーク族や、あの卑しい人間族の子供の話だったら、小さな体格はもっと大きな問題になっていただろう。オークは屈強な戦士であることを誇りとするし、さもしく下劣な人間であったなら、体格差でいじめるというような卑劣な行為も少なくないという話だったからだ。
しかし、慎み深く上品なエルフたちは、少なくとも表面上は、ブレダを良いにつけ悪いにつけ特別扱いをすることはなく、ブレダがちっちゃいことで扱いに不満を持つことは少なかった。
それでも体格差は身体能力には大きく影響する。しかし、ここでもブレダがコンプレックスを抱くことはなかった。
他のエルフたちがその長い足で1歩歩く間に、少なくとも2~3歩はちいちゃな足を進めなければお散歩にもついていけなかったブレダは、知らず知らずのうちに心肺能力が鍛えられ、エルフの中では、抜群に俊敏さと持久力に優れるようになっていたのだ。
高い所に手が届かないといった問題も、解決策を瞬時に思いつかないといけなかったので、機転がきくように訓練されることとなり、日常生活においてもブレダが不便を感じることは、ほぼないといってよかった。
むしろ問題となったのは、ブレダの「エルフにしては元気すぎる」性格だった。
ちょこちょこと動く必要性があったブレダは、次第にせっかちになっていき、優雅な動作を重んじるエルフとしては「少々慎みにかける」ように見えたのである。
と言って、小さい彼女に優雅な動作を強要することも「慎みにかける」と考えられたので、そのうち「この子はそうしたものである」というような、エルフ特有の諦観をもって受け入れられることになった。
本人も気にしておらず、不便もあまりなく、コミュニティも受け入れているとあっては、両親も無理をしてまで原因を探ったり治療したりする理由を見つけられず、ブレダは、身長を除いてだが、この草原の村ですくすくと育っていったのである。
というわけで、うららかな春の日差しを浴びながら、ちょっとした丘になっているこの村の中央部に向かう石造りの階段に、ブレダはちょこんと座っていた。
いつものように良い天気で、ささやかな風に乗って、今は盛りと咲き乱れる花々のいい匂いが運ばれてくる。
それに誘われた小さな虫たちが花々の生殖を助けるべく飛び回っていたが、彼女からもそんな香りがしたのだろうか、一匹がブレダの結い上げた茶色がかった金髪のまわりをぐるぐると廻り始めた。
それを追い払うでもなく、小さな両手をほっぺにめり込むほどに押し当てながら、ブレダはなにやらうなっていた。
悩み事があった。村の小さな学校で行われる初等、中等教育を修了し、これからどういった道を進むか選ぶ時が来ていたのだ。
当時、エルフの子供の進路には、現在の我々ほど多くはないものの、いろいろな選択肢があった。
中央官僚を目指す、いわゆるエリートコース、世の様々な事象について学究の徒となる研究者コース、あの主治司祭のように医者も兼ねることも多い聖職者コース、などなど。
いずれもがエルフらしく、高度に専門化され、洗練されており、どんな職業に就くにしろ、こうした専門教育を受けてからというのは、エルフたちにとって当たり前のこととなっていた。例えば、このまま村で農業を続けたいと思っても、ひとまず農業専門の教育機関に行くことを半ば強制的に推奨されていたほどである。
そして、そのすべてにおいて「魔法」は重要な意味を持っていた。魔法の化身たるエルフであるから、当然のことだった。
ブレダは魔法が苦手であった。
出来ないということではない。ちっちゃくても魔法の化身である。魔力も他エルフなみかそれ以上にはある。
ブレダに我慢できなかったのは、その「まだるっこしさ」にある。
学校の授業で見せられた初等魔法のデモンストレーションは、美しさでは比類なきエルフのやることであるから、大変に優美で、荘厳さすらある、とても見目麗しい儀式ではあった。
しかし、様々な準備をおこない、しかるのちおもむろに杖をかまえ、顔をいかにもそれっぽくしかめながら、ぶつぶつとあんまりにも長い呪文を唱え、やっと目的を達成できるというのはブレダには我慢ができなかったのだ。
「そんなことしてる暇があるなら魔法なんか使わなくてもちゃっちゃとやっちゃえば終わるじゃない」というのがブレダの持論だった。
もちろん、「魔法にしかできないこと」も多く存在することはブレダにもわかってはいた。
しかし、高度に発達した魔法技術を持ち、それに少なからぬ矜持を持つエルフ族は、ちょっとしたことにもやたらと魔法を使いたがる面があることもまた事実であった。
「エルフらしい優雅さ」をなにより大事にする彼らにしてみれば、たとえより多くの時間と労力をかけることになろうとも、ちまちまと忙しく動くよりは魔法でスマートに解決するべきだという一種の美学でもあったのかもしれない。
もちろん、ブレダはそうした思想の埒外にあった。
「そういえば」とブレダは思った。「戦士になるって手もあるわね」
見えない剣を振るうように、手を握って振ってみた。まだブレダの頭の廻りを飛んでいた小さな蜂が、おどろいて飛び去って行った。
他に戦術魔法を主任務とする魔道士部隊もあったものの、この時代、剣や槍、弓矢といった通常兵器はいまだ花形であり、それを完全に魔法に置き換えようという試みは……ないでもなかったのがエルフらしいが、さすがに無理とされ、これらを扱う戦士は軍隊において重用されていた。
剣術などであれば、彼女の俊敏さと持久力は輝きを放つかもしれない。戦士部隊で使われる魔法も簡易な強化魔法などが主で、即応が求められる近接戦闘用であるため、例外的に簡略化が進んでいるジャンルだったので、ブレダの好みにも合った。
しかし問題もある。
「たっぱか…」ブレダはつぶやいた。エルフ方言でたっぱとは身長を表す言葉であった。
もちろん近接戦闘においては体格は重要な意味を持つが、この場合問題はそれだけではなかった。エルフ族にはエルフのための剣術しかなかったのである。
他種族に比べて高い平均身長を持つエルフの剣術はそれを前提として練り上げられており、エルフらしくいささか高度に練り上げられすぎ、融通の利かなくなったその中には、小さなブレダが習えるような流派が存在しなかった。
もともと、自らの手の届く範囲を延長すべく開発された武器である、槍や弓なら活路はあるかもしれない。
しかし、それは何かが違うような気がしていた。妥協案ではない、小柄で俊敏で粘り強い、自分にあった他の道があるように思えてならないのだ。それらを活かす道が。
「ううううーい」ブレダはこんどは頭を抱えてすわったまま突っ伏した。
その小さな体のわりにでっかいうなり声は、階段の下の道を歩いていた別のエルフ少女の長い耳にも届いた。彼女は階段の上を仰ぎ見て、小さくまるまっているブレダを見つけた。まるまっているので顔こそ見えなかったが、この村の中ではその小さな体は見間違えようもない。
「あらブレダちゃん」少女はブレダに声をかけた。
「あ、ノムちゃん!」ブレダは顔を上げると、仲良しの同い年の少女をみとめ、悩みはとりあえずそこらへんにほっぽっておくことにして、にっこりと笑い、手を振った。
笑顔を贈られた、主にブレダだけがつかう愛称である「ノムちゃん」こと、本名ノーム・エ・ローヌというその少女は、ブレダと違いこの年齢のエルフらしいすらりとした長身をもっていたが、その心臓はいまバクバクと鼓動の速度をあげていた。
「やだ……」ノムちゃんは思った。
「ブレダちゃんやっぱちっちゃくてすっごいかわいい……」ノムちゃんは必死に平静を装いながら、ちいさくもじもじと悶えていた。
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