第1回作戦会議
「はい、じゃとりあえず乾杯〜〜。今日は奢るから、好きなものを頼むといい。つくねと唐揚げが美味いと人気だ」
「……ありがとうございます」
そんなわけで、五十嵐さんのお気に入りという店に連れてきてもらった。ちょっと雰囲気のいい、こじんまりとした居酒屋だ。
こういう洒落た店を知ってるところも、いかにも器用なモテ男っぽくて癪に触る。
「とりあえず聞きたいんだけどさ。昼間のアレ、すごく面白かったんだけど……あれは、もしかして小宮山の気を引く作戦か何かなの?」
ビールのジョッキを置き、昼間のことを思い出したようにクックッと小さい笑いを漏らす五十嵐さんを、俺は改めてむすっと見据える。
「ええ、そうですよ。俺なりに悩みに悩んだ末の戦略第一弾のつもりです」
「へえ……戦略第一弾?それって具体的にどんな?」
「……笑いませんか」
「うんうん、笑わない。絶対」
「……『彼女の嫁になる』プロジェクトです。今日のはその第一弾、『ペット属性で攻める』です」
「…………ぐふっ……
……いや、笑ってないから」
くそっ、笑わないなんて約束、どうせこの人に守れるわけがないのに。つくづくバカな俺。
目の前で笑いを堪える五十嵐さんには実際相当ムカついてるはずなのだが……彼の纏う空気には不思議とどこか温かみがあり、何となく警戒心が緩んでしまう。
気づけば俺は、ボソボソと自分の思いを彼に打ち明けていた。
「あなたみたいな人にとっては、きっと笑えるような戦略なんでしょうけど……俺、本気でやってます。
俺、背もそんな高くないし、頭が切れる訳でも腕力があるわけでもないし……男として自信の持てるような取り柄がないんです、ほんとに。
小宮山さんにめちゃくちゃ惚れちゃって、初めて慌てました……これヤバいじゃん!って。
周りを見回した途端、あなたみたいな理想の男みたいのも目の前にいるし……勝ち目なんてないような気がして、ますます焦って。
どうしたらいいかよくわからないまま、とにかく何とか彼女の視界に入りたくて」
「ふうん……なるほどね……
って、俺が理想の男?君ほんと面白いねえ」
軽く笑う五十嵐さんに、俺は真剣に返す。
「あなたがいくらそんな風に言ったって、実際そうなんだから仕方ない。
多分俺、色々な点であなたにはどうしても敵わない。それは自分自身で認めてるから、別にいいんです。
でも……恋を叶えたいと思った瞬間、それを素直に認めてるだけじゃダメだって、気づいたんですよね。何とかしてそういう魅力的な男達に勝たなきゃ、彼女の心は得られない。
でも……俺、男前ぶって彼女に近づくのだけはやめようって、決めたんです。
そんな無理してガラじゃない自分を演出して、例え一瞬うまくいったとしても、いつまでもそんなの保てないだろうし……いつ幻滅されるか常にビクビクしてるなんて、恋人とは言えない気がするし。
だから……一縷の望みを賭けて捻り出したのが、『彼女の嫁になる』プロジェクトです。例え、彼女をリードする男前というポジションじゃないとしても、彼女の側にいられたら……なんて。
——それでも彼女がやっぱりガチな男前にしか興味ないんなら、その時は諦めます。潔く」
「……ふうん。
なるほど、そういうことか。
何だかんだいって、結構ちゃんと考えてるのな。……今日の様子見て、あちゃーまじでおバカな子!?って心配だったから」
「おバカじゃないっ戦略です戦略っっ!」
ぐっと睨む俺に、五十嵐さんは頬杖をついて楽しそうに笑う。
「ははっ、君と喋ってると飽きないな。ごくフツーな予想しかしてなかったが、思ってたよりずっと可愛い。……そうだ、小宮山なんかやめて、俺の嫁になるか?ちょうど俺も今彼女いないし。それなら今すぐ叶えてやるけど?」
「はあ!?やめてください断固お断りしますっっ!!
あなた、俺の一番嫌いなタイプですから……ってか、五十嵐さんってそういう冗談言う人だったんですか」
「え、なんで冗談なんだよ?こんな酷い振られ方したの初めてだ」
五十嵐さんはますます可笑しそうにくっくっと肩を震わせる。
ぐああああ、ほんとむかつくっこのブラックユーモア系イケメンが!!
「あのーー。いじりがいのあるオモチャだとか思ってるなら、ふざけるのやめてください。そして、今後一切余計な口出しとかしないでほしいんですけど。
周囲からどんなに無謀に見えても、俺、この恋に本気なんで。
いくら優秀な先輩でも、大事なことは言わせてもらいます」
きっぱりそう言い放つ俺に、彼は頬杖から顔をもたげ、どこか改まった眼差しを向けた。
「……すまん、ふざけて。悪かった。
でも……君、自分が思ってるほど取り柄がないわけでもない……んじゃないか?
……それに……」
「…………
それに……何ですか」
「……んー、まあいいや。
とりあえず、これまでの態度は謝る。許してくれ。
……なあ篠田くん。もしよかったら、この恋愛成就プロジェクトに俺も混ぜてくれないか?これからは、君と一緒に本気で戦略練るからさ」
彼は、瞳に何やら新たな興味を漂わせ、そう美しく微笑む。
「……この計画、イケメンに手伝ってもらう気はこれっぽっちも無いんですけど」
「ほー。強気だねー。
——でも、とりあえず君より少しはモテ慣れてる男を味方につけといても損はしないと思うが?それに俺も、多少は彼女に関する情報を持ってるしね。
……まあ、気が乗らないなら仕方ないけど」
そんなことを言いつつ口許をニッと引き上げ、横目で俺を見る五十嵐さんが、どうしても百戦錬磨の頼れる男に見えてしまう。
くそっ、俺が絶対なれないタイプの男に恋の手助けをされるなんて——。
これ以上の不覚はない!
心でギリギリと歯ぎしりをしつつも、背に腹はかえられない。
「……ほんとに、ふざけたり邪魔したりはしないでくれますか?」
「当然だ。
よし!そうと決まればこれから一緒に頑張ろう篠田くん♪じゃ改めて乾杯〜」
「……んーそれはもうちょっと信頼関係出来上がってから……」
「おい!ってマジで面白いな君」
結局なんだか押し切られるような形で、俺はこの「属性:男前」な先輩を助っ人につけることになったのだった。
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