第2話 クロい花


「いやー、助かりました茜さん!女子の人数足りなかったんだよねー」

「私合コンとか初めてなんだけど…ホントに大丈夫なの?」


私は今、紗希の車に乗っていた。否、いた。


数分前、自宅アパートのベランダ。

合コンという自分に馴染みのない言葉が友人から飛び出た衝撃に硬直していた私のもとに、返信が来ないことを心配したのか、紗希から着信があった。

『茜ー?どしたー?』

『…うん、大丈夫大丈夫。問題ない。』

『もしかして茜、飲み会とか苦手?』

『いや、苦手とかそういうのじゃなくて…』

合コンと聞くと、どうしても「男が美女を、女がイケメンを奪い合う、一世一代のバトルロワイヤルッ!!」みたいな、のドロドロした場を想像してしまうのだ。

そう伝えると、紗希は一拍おいてから、

『…ぶっ…ぶぅっっははは!!何ソレ??考えすぎだって茜!ホントに私と同じ大学生?』

『違うの?』

『違う違う。全然違う。誰もそんないきなりカレカノゲット出来るなんて思ってないから。ただ大人が、お喋りしながら一緒にご飯食べて飲むだけだよ』

『でも私にはちょっと…』

早くないかな?と言いかけたところで紗希が、

『それにほら、何食べると思う?』

『…何食べるの?』

『焼肉、だよ…?』

ゴクリと唾を飲み込む。

『しかも無料タダで…!!』

無料タダ、ですと…?』

独り暮らしを始めて早半年、これまでの質素な食事を思い出してみる。スーパーのタイムセールを狙い、荒れ狂う主婦の波をかき分けてゲットした激安幕の内弁当。ケーキ屋さんでバイトした時のまかないとして出てきた、アン●ンマンがデザインされたちっちゃなケーキ。置いてあるものは全てコンプリートした、ドラッグストアのカップラーメン。(…あれ、私、ほとんど自炊してない…??)今更ながらその事実に気付く。だが今はそんなことはどうでも良い。半年間ひもじい思いを我慢してきたこともまた事実なのだ。一度贅沢したところでバチが当たる訳でもないだろう。

「行く!紗希、焼肉行こう!!」


――――そして、今に至る。

紗希の車に、紗希の言葉にのせられて、

先程までの興奮は何処へやら、今は不安感の方が勝っていた。

「大丈夫って、何が?」

紗希が不思議そうに尋ねる。

「自分で言うのも何だけど…私、華がないじゃん?」

昼間より明るい、夜の繁華街。そこを横目で見ながら、気落ちした声で呟く。

「ないの?自信」

「ないよ。全然ない」

今度は右横で運転している紗希を見やる。淡い栗色に染められたロングヘアー。毛先にかけてほわりとパーマがかけられている。日焼けなど知らないと主張する白い肌。長い睫毛。細い首筋。その下の豊かな膨らみ。横縞の、抜け感のあるカットソーにスリムパンツといういでたちだが、きっと紗希なら暖色のワンピース等もよく似合うだろう。何もかもが自分とは正反対で困る。

自分の胸にそっと手をあてる。やはり期待していた感触は得られなかった。これは壁―――断崖絶壁とも云える。胸の内で膨らむのは劣等感、絶望感。

「巨乳はいいよなあ…すぐ男が寄ってくるから」

ボソッと愚痴る。

「…オイ、貴様、今何て言った?」

紗希の目元に血管が浮き出ているが、負ける訳にはいかない。

「お前の胸は男ホイホイかよって言ったんだよこの爆乳女ァ!!!」

「ぬぁにぃいい!?この壁パイ女ぁ!!巨乳なのも困りものなんだぞオラぁ!!動く度にもげそうになるこの痛みが、お前に分かるかあぁぁ!!?!」

「それならもげ!!もいでオラにそのパイを分けてくれ!!(切望)」


不毛な争いをしている間に、繁華街の外れにあるコインパーキングに着いた。車を降り、二人で通りの喧騒に混じる。今夜は近くで花火大会が開かれていて、普段よりも倍近く賑わっていた。ぱぁぁん…と花火の爆発する音。同時に沸き起こる歓声。自分の前をスタスタと迷いなく歩く紗希。不意にその足が止まる。急に止まるから、思いきりぶつかりそうになってしまった。

「…紗希?」

浴衣姿の女の子と男の子が、楽しそうに笑いながら二人のすぐ隣を追い越していく。

紗希は真夏の夜空に広がる色とりどりの花火を自身の大きな瞳に映すと、

「確かに茜がイマイチパッとしないのは分かるけどさ」

「パッとしない…」

いきなりでかい火花が飛んできた。

「だけど私はなんとなくそんな茜が好きだよ、だから一緒にいるんだし」

「パッとしない私が好き…って、どうしたいきなり」

いつもより不自然に浮かれた紗希の様子に、何だか不安になる。

紗希は私を振り向いて薄桃色の唇からフフッと笑みをこぼし、

「女はパイでは決まらない!でしょ?」

「当たり前だ爆乳野郎」




   *    *    * 




「はい、ここね」

「ほへーっ」

今私の目の前には、繁華街の一角にある、思っていたよりもずっとこじんまりとした居酒屋があった。頭上の一枚板看板には『はなまる』と黒く筆字体が彫られていて、小さいながらも高級感を漂わせている。

…少し頭が痛むのは、つい先程紗希に側頭部をグリグリされたことだけが原因ではないだろう。

「…ホントにここであってる?」

「当たり前じゃん」

「やっぱ私にはまだ早いかなぁーってうぎゃぁー」

「ハイハイ、いつまでも私の後ろに隠れてないで挨拶くらいちゃんとしてよね」

紗希は嫌がる私を引きずって、居酒屋の引き戸を開けた。

「へい、らっしゃい。何名様でしょーか?」

すぐに自分と幾らも年が離れていなさそうな青年が厨房らしき所から出てきた。

「予約していた者です。四人で…」

それに紗希が応える。青年はニッコリ微笑み、

「二階のお席へどーぞ!」

と言って中年の男性客(女性も数人見受けられたが)で賑わう店の奥へと進み始めた。私達もそれに続く。

階段は長くはないが、狭くて急だった。そして二階は、一階とは異なりしんとしていた。個室になっているのだ。階下からガヤガヤと声が聞こえる。そして私達は、奥の個室に通された。

「どうぞごゆっくり」

青年は軽いお辞儀をして急ぎ足で去っていった。

「お疲れ様でーす、俊哉しゅんやセンパイ」

「おっ、紗希ー!久しぶりー!」

小部屋には、既に二人の男性が腰掛けていた。恐らく同じ年頃だろう。一人を紗希が『センパイ』と呼んでいるということはサークルか何かで一緒なのだろうか。

「合コン=男女がうじゃうじゃいる」という読みが外れて、私はホッとしながら紗希に次いで席に着いた。

「はいこちら、この前連れてくるって言ってた友達、茜」

いきなり紹介されて焦る私。

「あっ、茜、です。よろしくお願いします…」

たどたどしい自己紹介になってしまったが、「俊哉センパイ」と呼ばれたチャラ目な人は別段気にした風でもなく、

「よろしく。俺は俊哉。紗希とはテニスサークルで一緒なんだよな」

紗希がニコニコして頷く。

「んで、さっきから無口なコイツは、俺の学友の十士とうし

「…ども」

十士という人は、ペコリと頭を下げた。

「おい十士!もっと何か言えよ!紗希が可愛いコ連れてくるって楽しみにしてただろ!」

コイツそんなこと言ってやがったのか…目の前の二人に気づかれないように隣に冷ややかな視線を送るが、本人は涼しげな顔を崩さない。

「だってまだ何の話題も立ってないじゃないか!そういうのは俊哉の役割だろ」

十士は真面目そうな風貌の割にはよく喋るようだ。

「はいとりまお肉頼むよー」

二人の言い合い遮るように紗希がボタンを押して、店員をよんだ。



「へーっ、二人の学科は別なんですね」

紗希のサポートもあり、私は悪くはない程度に話に溶け込めていた。

俊哉、十士の二人は、学友というくらいだから同じ学科所属かと思っていたが、俊哉は保険体育学科、十士は生物学科に所属しているらしい。

「まあでも、お前らも別なんだろ?俺らと変わらないじゃん」

俊哉が肉巻きご飯を頬張りながら言う。そうだった、と私は納得した。紗希は保険体育学科、

「茜は文学学科だしね」

「ふーん、そうだったのかー」

大学という比較的開かれた場所では、他学科の人と親しくなることなど特に珍しいことでもないらしい。

「何で文学学科に入ろうと思ったんだ…」

不意に十士が口を開く。

…うわー、聞かれると思ったー。他学科の民(特に理系)に明かすと高確率で聞かれる「えっ、youは何故に(役に立たない)文学へ?(笑)」

しかし…理由を説明するのは時間がかかる…何より「それはだね、例えば『吾輩は猫である』を『私は猫です』に置き換えるとするだろう…?」とか言い始めたら「なんだコイツキモ」となるのは必至だ…

だから私は、予め用意してある答えを言った。

「…まあ私、馬鹿だから」

そして高級食材を頬張る。

「あーっ、牛タンうめーっ!!」

「この肉厚…!!噛めば噛むほど溢れる肉汁…!!たまらんわっ!!」

「ちょっと茜!もっと上品に上品に!」

にいとうまし~!!」

「いつの言葉だ…?」

「分からん…」

窓の外には、行き交う人の群れ。次々にあがる打ち上げ花火が、私達の横顔を何度も染めた。

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