ソーダとオレンジ
天野 樹
第1話 蝉の歌
ジージージージージージー…
遠くでセミが鳴いている。
「うーーーん…」
そこから射し込んだ西日が、8畳の私の巣いっぱいに広がり、オレンジ一色に染め上げていた。一瞬見とれたのも束の間、
「ふぇ…ふぇっっくしょん!!」
盛大なくしゃみをかます。
「うわ、さっむ…設定温度低すぎた…」
ベットから手を伸ばしリモコンを拾うと、設定温度は23度。またやってしまった。
「いや、悪いのは私じゃなくて、この異常な暑さだ!」
そのままエアコンの電源を切り、もう
何度目かも分からない言い訳を吐く。
8月も終わりに差し掛かっているというのに、ここ数日真夏日が続いていた。
大学の午前の講義を終えて帰ると、蒸し釜と化した室内を一刻も早く冷却すべく、毎度ついつい温度を下げすぎてしまうのだ。
私をまどろみへと
こんな生活ぶりを母さんに見られたら、きっと怒られちゃうな―――。
『こら、
『だって暑いんだもーん!27度じゃ、溶けるどころか蒸発して消えちゃうよ私?』
『27度で消えてしまうなんて情けない子ね…とにかく、温度の下げすぎは体のリズムが崩れて良くないの。分かった?』
『イエッサー、マム』
『これは絶対分かってないわね…』
二人のしょうもないやり取りを苦笑しながら聞き流す父さん。あの温かい空間が懐かしい。
独り暮らしを許してもらうために、心配性な母さんを説得するのは大変だった。『どうしても県外の大学じゃないと駄目なの?』
『どうして?この家が嫌なの?』
家が嫌?そんな訳がない。寧ろ大好きだ。ずっと居たいくらいだ。
『それならどうして?』
特に高レベルの大学を目指している訳ではない。行きたい科が近くにない訳ではない。それでは何故?何故私は独り暮らしをしてまでここを離れようとしているんだろう…。何と答えていいか分からず、私が口を閉ざしたままでいると、
『――まあ、茜には茜の考えがあるんだろう。私達はそれを、見守るだけでいいんじゃないかい?』
父さんが母さんに呼びかけるように言った。しかし母さんは納得の行かない様子のままだ。父さんは少し困ったように、しかしどこか強さを含んだ優しい声でまた言った。
『茜は、自分の好きなように生きてくれれば良いんだ。父さんも母さんも、それが一番の望みだよ』
あれから、母さんとは半分喧嘩別れみたいになってしまったけれど、きっと私を信じてくれている…そんな気がした。
物思いにふけっている間にかなりの時間が経っていたらしく、辺りはしぼみかけのアサガオみたいな、濃い紫色に変わっていた。
ジージージージージージー…
蝉はまだ鳴いている。ポケットからスマホを取り出し、電源ボタンを押すと画面には7時30分と表示されていた。小さくため息を吐く。
―――ご飯、何食べよう…。
そう思った矢先、手の中のスマホが震えた。ラインの通知がきたようだ。
茜⏩暇だよー!どしたの?
紗希は、同じ教育学部の学友だ。学科は違うが、私が見知らぬ土地での大学生活にあまり馴染めていなかったところに、フレンドリーな紗希が声をかけてくれた。紗希は元から近くに住んでいるらしく、安く買い物が出来る店など、役立つ情報を沢山教えてもらっていた。
紗希⏩それがですね茜さん、お願いがあるんですけれどもぉ~(о´∀`о)
茜⏩お願い?紗希がお願いなんて珍しいねぇー、何かな何かな??
紗希⏩今から、一緒に合コンに参加してほしいんですよぉー(^3^)/
・・・・・・・・・・・・。
合、コン、、、ですと???
不意に草むらから飛び出して来た「合コン」というパワーワードに、私の思考は機能不全に陥り、数十秒間ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
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