メリーさん

皆月潤

メリーさん

「もしもし、私メリーさん。今あなたの家の前にいるの。」


電話の主は楽しそうにコロコロと笑った。

電話番号を確認せずに出た事を後悔する。

相手にする必要なんかない。

そう思い、電話を切ろうと耳から離した瞬間、無機質な電子音が部屋にこぼれる。


「この車まだ乗ってたんだ。買い換えるって言ってから1年以上経つのにね。中に炭とか七輪が乗ってるけどバーベキューにでも行くの?」


慌ててカーテンを開けて駐車場を確認する。

外には人影は見当たらない。

再び電話を耳に当てると僕は震える声で問いかける。


「お前は誰だ?」


「もうすぐ分かると思うわ。また掛け直すから。」


ツーツーツー。

森閑とした部屋に不快な電子音が木霊した。

恐怖とも期待とも区別のつかない、形容しがたい感情が自分の中に渦巻いている。

ベッドに腰をかけながら、僕は真っ黒な携帯のディスプレイを見つめていた。


再び電話が鳴ったのは、それから数分後の事だった。


「もしもし、私メリーさん。今あなたの部屋にいるの。綺麗に片付いているから驚いちゃったわ。昔はあんなに掃除が苦手だったのに。それになんだか部屋の物がやけに少ないのね。まるで……」


”自殺しようとしてるみたい。”


その言葉を彼女が飲み込んだのが分かって、僕も何も言えずに言葉を飲み込む。

何も話せない僕の代わりにメリーさんが一人言葉を紡ぐ。


「殆ど物が無いのに私の写真は律儀に飾ってあるんだ。本当に昔から、女々しいというか、優しいというか……。そんな所が好きだったんだけどさ。」


喉から嗚咽が漏れ、視界が歪む。


「こんな事言ったらずるいかも知れないけど、一つだけお願いがあるの。私の事を忘れないで、でも私の所為で死ぬなんて言わないで。」


あっ、これじゃあお願い二つになっちゃうね。

そう言って彼女が笑った気がした。


背中に何かが寄りかかる。


「もしもし、私メリーさん。いつもあなたの側にいます。」


その音は確かな温度を持って僕の耳まで届いた。

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メリーさん 皆月潤 @refu

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