思い出のハンバーグ

かこ

第1話

 久しぶりにハンバーグが食べたくなって冷蔵庫の中をのぞいていた時でした。五十年以上前のことをふと思い出したのです。

 「あの肉料理は美味かったな」と突然父が私に向かって言いました。その頃は結婚式の日取りも決まり、我が家の食卓の場は、祖母と母と私の女性陣で花嫁衣装のベールの長さや、お色直しの色のことなどの話題でいつも盛り上がっていました。その合間に突然割り込んできた父の言葉が、「肉料理」だったのです。

 「え? いつの? どこの?」と、何のことやら分からず話のコシを折られてムッとしながら聞き返す私に、父は少し恥ずかしそうな顔をしながら、「ハン・・何とか言ったな。いつだったかお前が初めて作ってくれたものだよ」と言うのです。

 私はそれまで家事どころかお米も一度も洗ったことがないという箱入り娘でありましたが、さすがに結婚するにあたり、少しは料理の勉強でもと『ハンバーグのケチャップ煮込み』なるものを作ってみたことがあったのです。その頃は「デミグラスソース」なんて格好良いものではありませんでしたから・・・。

 我が家は、祖母や母が作る料理は年令的に和食が多く、肉料理と言えばすき焼きが中心だったこともあり、西洋料理などは程遠い存在でした。しかし、いくら家事はしていなくても煮込みハンバーグなんて簡単に誰にでもできるものだからと挑戦してみたのです。思いのほか美味しくできて、みんなに大喜びしてもらったことがあったのでした。

「あぁ ハンバーグのことね。また作ってあげようか」と言うと、ほっとしたように「お~ できるか」と、とても嬉しそうな顔をしたのです。何だか父の顔がとても可愛く見えました。きっと私たちがあまりにも結婚式の話ばかりをするので、いたたまれなくなって出た言葉なのかもしれませんね。これがどこにでもある定番の父親の気持ちなのでしょうか。それともそれは考えすぎで、もう一度食べたかっただけなのでしょうか。どちらにしても残り少なくなった家族団らんの日を気持ちに残しておきたかったのでしょうね。

それからハンバーグ尽くしの一週間であったにもかかわらず、父は嬉しそうに食べ続けてくれました。他の料理を作った記憶がないので、きっとそれで私の手料理は終わったのかもしれません。親からすれば不安材料一杯だったでしょうが、未来の夫は「何も出来なくてもいいよ」なんて言ってくれていたものですから、私はとても気が楽でした。

しかし、祖母や両親、そして夫に対してもっともっと手料理を作ってあげていたら、みんなの「嬉しそうな顔」をたくさん思い出すことが出来たのにと、今この年になってようやく反省しているのです。料理は家族の絆を結ぶ唯一のものだとよく聞きますがそのとおりかもしれませんね。

天国でみんなに会えたらあの特製の『煮込みハンバーグ』をもう一度作ってあげようと思っているのです。今は冷凍食品が主流ですが、その時はちゃんとひき肉を買ってきて一から作りますよ。待っててくださいね。



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