第381話 マール君の大、大、大冒険 ! ・ 冒険のおわり

 明けましておめでとうございます。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 目指せ、年度内完結 !


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「そもそもおかしいだろう。まだ『春の除目じもく』の発表時期じゃない」


 エイ兄さんの言葉に俺は思い出した。

 色々教わった中に宮中行事というのがあって、春と秋の二回、除目じもくと言う人事異動が発表される。

 問題を起こした貴族家の降格だったり、ぎゃくに昇格だったり。

 そう言えば前回の『春の除目じもく』では、子爵、男爵は年に二回の大夜会以外は王城への出入り禁止が決まったって。

 もちろん仕事をしている人は別だけど、その人たちも立ち入り区域が制限されてる。

 それもこれもウチの姫に盛大に虐めやら苛がらせやら陰口を利いたからだ。

 全部の低位貴族がそうだったわけではないけれど、あそこは良くてこっちはダメって分けるのが面倒くさいって皇帝陛下の鶴の一声だったそうだ。

 姫への虐めは暗躍した秘密結社が画策したらしいけど、尻馬に乗ってやらかしたところは降格されたそうだ。

 犯罪を犯したわけじゃないから、降格と言っても席次が下がるだけ。

 反省してきちんと仕事をすればそのうち浮かぶ瀬もあり。

 そんな感じでまとまったらしい。


 えっと除目じもくのことだっけ。

 確か発表は大夜会の一週間前。

 異議申し立ては三日以内。

 この時期にはみんな王都に集まっているから、それだけの短期間でも問題なし。

 あれ、大夜会までまだ二週間あるぞ ?


「いつもより一週間以上も早い発表。申し立ての出来ないのを見越してか ? それよりも何故当事者の俺たちが知らないんだ」

「・・・兄さん。宗秩そうちつ省は暮れのうちに内示を出します。相談がかりの俺が知らないはずがありません。つまり・・・」


 嵌められた。


「多分そうだと思うわよ。あなたたちが自分から近侍を外れるはずがないもの」

「外堀どころか内堀まで埋められて、天守閣まであと一歩ってとこかしらね、ナラ」

「落城は目前。ここから情勢をひっくり返すのは難しいわね。だから、婚約解消、よろしくね」

「「誰がよろしくするか ! 」」


 ナラさんたちはこうなった経緯を丁寧に説明してくれた。

 姫や兄さんたちへの褒賞の件はもちろんあったけど、それとは別に色々と前倒しにしたらしい。

 ディー兄さんは宗秩そうちつ省相談がかりで、前総裁のエリアデル公爵からの信頼も高く、拉致監禁されていた公爵夫人救出に尽力したとかで、跡継ぎのいない公爵家を継いで欲しいという要望が以前から出されていた。

 びっくりしたのはアル兄さんがグレイス公爵家の養子になって、女侯爵になる姫に婿入りすることがすでに決まっていたこと。

 だけどそれは兄さんがあっち現実世界の大学を卒業して医師免許を取得してからのはずだった。

 つまり六年後。

 で、エイ兄さん。

 宰相補佐で『魔王』の二つ名を持つ兄さんを養子にしようという勇気ある家は流石になかった。

 なら貴族にして家の一軒も持たせればいいじゃないと言ったのは皇后陛下。

 すでに屋敷と召使の選定に入っているとか。


「・・・余計なことをしやがって。その情報はどこからだ ! 」

「王城の庭園管理部造園課のお庭番の皆さんよ」

「そっちも掌握していたのか ! 」


 ナラさん、企画立案の才能が一部の特殊職の皆さんに気に入られ、『暗闇参謀』の二つ名をもらっていると聞いた。

 その流れでダルヴィマール侯爵夫人、お方様の私兵になっているお庭番が情報を持ってきてくれるようになったんだとか。

 さすがエイ兄さんのお嫁さんだ。

 いや、今は婚約解消の真っ最中だっけ。

 

「か、カチコミかける ! 」


 それまで黙って様子を見ていた姫が、突然大きな声を出した。

 カチコミ ?

 なに、それ。


「お嬢様、そんな汚い言葉を口にしてはなりません ! 」

「セバスチャンさん、じゃあなんて言えば良いの ?! 私の大事な仲間を取り上げようって言うのよ ! どんな手を使ってでも取り消しさせるわ ! もし言うことを聞かないなら・・・」


 姫がクルっと身をひるがえすと、見慣れた冒険者姿にな。

 

「王城、炎上させる ! 」


 物理的な意味で。

 うわぁぁぁっ ! 姫、本気だっ !

 走りだそうとする姫を、間一髪アル兄さんがバックハグする。

 並んだ侍女の皆さんから黄色い声が上がった。


「馬車で行こう ? ちゃんとドレス姿で」

「アル・・・」

「ほら、城門の入出記録係の人が困るから、ね ? 」


 アル兄さんの説得で、姫は不貞腐れた顔でドレス姿に戻る。

 そんな姫をアル兄さんがやさしく馬車に乗せ、自分は元の御者席に戻る。


「ナラ、来い ! 」


 エイ兄さんがナラさんに向かって手を差し伸べる。

 ナラさんは仕方がないわねとその手を取って姫の馬車に向かった。


「フロー ! 」

「私は行かないわよ。ナラみたいに認められてるわけじゃないもの」

「当事者が行かないと話にならない。来てもらうぞ ! 」


 ディー兄さんはそう言うと婚約者のフロラシーさんを大根のようにヨイショと担ぎ上げた。



「ちょっと、降ろしなさいよ ! 」

「降ろしたら逃げるだろうがっ ! 話し合いには参加してもらうぞ ! 」


 ディー兄さんはそう言って婚約者を馬車に放り込んだ。

 で、俺は何したらいいんだろう。

 なんか言って欲しくてじーちゃんを見ると、もう乗ってきた馬に跨っている。


「ちょうど良いから私もご挨拶に行くよ」

「マール、あんたは留守番。まだ参内許可がおりてないから」


 アンシア姉さんはそう言って馬車に乗り込み、俺に扉を閉めろと促す。

 そして、姫たちを乗せた馬車は騎馬の兄さんたちに先導されて、元来た道をえらい勢いで戻っていった。


「な、え、待って、じーちゃん、俺、どうしたら・・・イテテテテッ ! 」


 久しぶりにきたパブロフの痛みに、頭を抱えてその場にしゃがみこむ。

 ちょっと待ってよ。

 俺、この後で姫の部屋で改めて挨拶して、自分の部屋に案内してもらって、いよいよ姫付きの侍従見習いの第一歩を始める筈、だったのに。


「なんです、マール ? また持病の偏頭痛ですか ? 」

「とは言え、お仕着せのままその無様な姿勢はいただけませんわね」


 失礼いたしましたと立ち上がりかけて、俺はその聞きなれた、近頃すっかり忘れ果てていた声に気が付いた。

 恐る恐るその声の方に顔を向ける。

 見たくないけど、見ないという選択肢はない。


「随分とゆっくり来ましたね。我々の方が二日も後に出たというのに」


 目が合った瞬間、条件反射で背筋を伸ばして侍従の姿勢を取る。

 目の前には領館にいるはずのセシリア様とモーリス様が微笑んでいた。


「やはり西の大陸に行くまでに、もう少し訓練をしておきたいと思いましてね。領館は特に問題はないので私とセシリアさんがやって来たのですよ」

「セバスチャンさんとメラニアさんにはお仕事がありますし、二人の手を煩わせるのも気が引けますからね。私たちが責任を持って教育しなければ」


 出港まで二か月ほどありますし、ギリギリまで頑張るのですよ。

 お二人はそう言っていつもの何を考えているかわからない笑顔を浮かべた。

 

「よ、よろしくお願いいたします」


 そう返す以外に俺に何が出来るって言うんだ ?

 じーちゃん、なんで俺一人こんな怖い魔窟に置いてったんだよ !

 俺一人でどうしろっていうんだよ !

 異世界に憧れてた正月頃までの俺。

 今なら引き返せって言うよ。

 異世界は絶対楽しい場所じゃない。

 魔物はいるし、おっかない侍女長と家令はいるし。

 中学生が命張って働かないと生きていけないし。


 異世界転生とか転移とかに憧れてるやつ。

 よく聞けよ。

 楽しく生きたかったら今の世界を大切にいろ。

 間違ってもトラック転生なんて考えるな。

 真面目に生きろ。

 

「マール、何を呆けているのです ? さ、早速始めますよ」


 涙目でセシリア様たちの後をついていく俺を、先輩たちはなぜか合掌で見送ってくれた。


 畜生 !

 異世界転移、するんじゃなかったっ !

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