第371話 閑話・『脱走中・その裏で起きていた衝撃の事実』・前編

『脱走中』


 とある国に捕らわれた捕虜が自由を求めて収容所から脱走する。

 それを追うキャプターというアンドロイドがいる。

 制限時間内に逃げ切れば最高四百万円の賞金をゲット。

 十年続く人気シリーズだが、今回は芸能人枠とは別に一般人が四名参加している。

 捕獲されればそれまでの賞金はゼロになるのだが、今回は彼らがそれまでに獲得した賞金は、すべて医療従事者団体に寄付される。

 テーマパークを貸し切って行われる今回は、日本ありアジアあり欧米ありの各エリアでのイベントをクリアするという三時間スペシャル・・・になるはずだった。



『脱走中・特別編』

ナレーション ( 以降『ナ』 ) :

「シリーズ初、一人の脱落者も出なかった今回の『脱走中』。

 その裏で何が行われていたか。

 これは番組スタッフの悪夢の記録である。

 その破滅の予兆は一般人への説明会から始まっていた」


 別々に案内される二組。

 それぞれの名前と職業が紹介される。

 一組は美麗な海上自衛官。

 もう一組は昨年デビューしたバレエダンサー。


『ナ』 : 「彼らを見た女性スタッフたちは、これはいけると考えた。それがすべての災厄のはじまりだったとも知らず。彼らのコードネームは長男、次男、三男、そして姫。

 スタッフが思いついたのは大ヒット乙女ゲーム『エリカノーマ・ネクストジェネレーション』の再現」


 執事服に着替えた三人。

 そこに姫が駆け込んでくる。


姫 : 「事故に巻き込まれたって聞いて・・・何ですか、その服装は」

長 : 「笑いたければ笑っていいぞ」

姫 : 「笑いませんけど、髪の毛ボサボサで違和感ありまくりです、エイヴァン兄様」


 急いで整髪料で髪を整える三兄弟。

 場面は変わって優雅にお茶を飲む四人。

 近くには執事喫茶の従業員が一人立っている。


『ナ』 : 「スタッフ本部の後ろ。そこはギリギリ立ち入り禁止エリアの外。ルール違反ではない。そしてこの時スタッフは彼らが知り合いであったことを初めて知った。しかも望んだとおりの設定で」


 姫は手に持った扇子を開いたり閉じたりしている。

 が、それは普通の扇子ではありえない音をたてている。


姫 : 「当家喫茶秘蔵の一品だそうですよ。鉄扇ですけどステンレスも使っているのかしら。それほど重くないです、兄様」

長 : 「お前にぴったりだな。借りてもいいか」

「ど、どうぞお持ちください」

 

『ナ』 : 「扇子で口を隠し優雅に笑う姫。しかしそれ以外の三名は苦虫を噛み潰したような顔をしている」


長 : 「突然のスプリンクラーの故障。テーマパーク内で一つだけ開店準備をしていた執事喫茶。サイズがぴったりのなんちゃって執事服。おまけにルーに用意されたのはゲームのヒロインの冒険者装束にそっくりだ」

三 : 「兄さんたち、あの乙女ゲームをご存じなんですか ? 」

長 : 「・・・退勤時とかにやってきて『このセリフ言ってくれ』とか『このポーズとってくれ』とか言う女性たちがいるんだ。調べてみれば人気のゲームのキャラクター。がっくりきたぞ」

次 : 「俺のところにはアンシアを紹介しろって部下がなあ。知り合いでもなく存在すらしない人間をどう紹介しろって言うんだ ? あと呑み屋で『アンシアは俺の嫁 ! 』と叫ぶのは止めて欲しい」


『ナ』 : 「・・・長男と次男、それなりに迷惑を被っているようだ」


姫 : 「つまりスタッフさんたちは、私たちにゲームの登場人物になって欲しいって思ってるんですよね ? 」


『ナ』 : 「姫、図星である」


姫 : 「なら、私たちはその期待に応えないと」


 控えた執事喫茶の従業員は黙って新たな紅茶の支度をする。

 尊大な態度の長男と次男。控えめな笑顔を浮かべる三男。

 姫の言葉に顔つきがかわる。


姫 : 「私たちは芸人さんや俳優さんのように番組を盛り上げることができないでしょう ? ならせめてスタッフさんに喜んでもらったほうが良いと思うんですけど」

三 : 「それはそうかもしれないけど・・・」

姫 : 「ルールを守りながら、ちょっとそれらしいお芝居をすればいいだけじゃないですか」


『ナ』 : 「姫が番組スタッフの意図を正しく理解してくれているとスタッフは胸をなで下ろすが、続く姫の言葉に嫌な予感に襲われた」


姫 : 「禁止されているもの以外は、何をしたって良いってことですよね、兄様たち」


 姫の無邪気な笑顔に兄たちは顔を見合わせるが、妹が何を考えているかわかったのか笑顔になる。


長 : 「確かに。ここまでお膳立てしてくれたスタッフの為にも番組の為にも乗ってやるべきだろう」

次 :「木の上と閉じられたドアの向こうに隠れてはいけなかった」

三 : 「基本逃げるだけだけど、襲われたら怪我をさせない程度の反撃はオッケーでしたね、兄さんたち」


『ナ』 : 「ルールを確認する四兄妹。間違ってはいない。が、なにやら悪だくみをしているような雰囲気に、スタッフ一同に不安が広がる」


姫 : 「私はゲームはしていないんですけど、クラスのお友達から大体のことは聞いてます。『白貴族』のヒロインみたいな感じでいいんでしょう ? 」

長 : 「お前の役は冒険者でもあるんだから、時々は素に戻ってもいいからな」

三 : 「僕は文化祭で執事役をやっていますから大丈夫です」

次 : 「基本ルーに会ったときだけ執事として接するということでいきましょう、兄さん」


『ナ』 : 「作戦会議は終わったようだ」


姫 : 「えっと、最初はこんなふうだったかしら」


『ナ』 : 「姫の背筋がピンと伸びる。手にしていた鉄扇をカチリと閉じたとき、そこには先ほどまでの愛され妹キャラはいなかった。気品と威厳を兼ね備えた生まれながらの貴族令嬢。これがバレリーナの本気の演技力と言うものか」


姫 : 「これより脱走者の救出作戦を開始いたします。皆さん、覚悟はよろしくて ? 」


 三人が黙って頷く。

 姫は彼らの前にスッと何かを差し出す。

 

『ナ』 : 「それはキャプター用の予備のサングラス。

 一体いつ手に入れたのだろう」


姫 : 「心置きなく、やっておしまいなさい」

長 : 「御意」

次 : 「御心のままに」

三 : 「お任せを」


『ナ』 : 「サングラスをかけた三兄弟は優雅に一礼すると散っていった。キャプターの集団の中、追われることなくまるでそこにキャプターしかいないかのように」


姫 : 「それではスタッフの皆様、ごきげんよう」


『ナ』 : 「その一言を残し、姫もまた姿を消した。撮影班はしばらく彼らの行方を掴めなかった。が、その姿は意外な場所で発見される」


「ちょっ、なんであんなところにっ ?! 」

「ドローン出せ、ドローン ! 」

「嘘だろ、なんて卑劣なことを ! 」


『ナ』 : 「続きはCMの後で」

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