第369話 ルーのいる世界

「ヒロイン、鬼畜過ぎっ ! 」


 さて、そう叫んだマール君。

 今日は一体何度地面に沈んだでしょうか ?


「海よりも深く空よりも広いお優しい心をお持ちのお姉さまに向かってなんて言いようなの ?! 」

「優しかったらこんな変な輪っか着けねー、イタイタイタイタイ ! 」


 パブロフとリアルな痛み入りました。

 にしても私が鬼畜 ?

 ひどいわ。

 ちゃんとわかってもらわないと。


「マール君、その痛みはあなたが言葉遣いや礼儀作法に気を付けていれば出ないのよ。これからしっかりと勉強すればいいの。もう必要ないと判断されたら自然に外れるようにしてあるから」

「・・・ありがとうございます」

「それと侍従がサークレットをつけているのはおかしいから、私たち係累以外には見えないようにしておくわね」

「え、俺、侍従になるの ? 冒険者じゃなくて ? イテッ ! 」


 ギルマスがフウっとため息をついて、手でエイヴァン兄様に説明を促す。

 あ、ギルマスったら兄様に丸投げした ?


「マール、俺たち五人は一つの冒険者パーティだ。アンシアの対番のお前も当然新メンバーとして加入してもらう。そしてゲームで知っての通り、俺たちは普段はルチア姫の近侍として働いている。その流れでお前も侍従仕事をすることは決定済みだ」

「・・・ ! 俺も攻略対象になるのか、んですか」

「なるか、阿呆。現実を見ろ」


 いい加減ゲームから離れろと兄様がマール君の額を指で突っつく。

 おや、デコピンではないのですね。

 私とアンシアちゃん相手の時と違って優しいですね、エイヴァン兄様。 


「とにかく時間がない。チュートリアルと同時進行で侍従教育もやる。冒険者クラスは春までに最低ランクの『』になればいい。さすがに最優秀新人賞は無理だが、実力だけはつけさせてやる。いや、つけないと生き残れない」


 死なない程度には手加減するから覚悟はしておけ。

 そうエイヴァン兄様に言われて、マール君は自分の身に何が起きつつあるのかちょっとだけ理解したのか顔色が悪い。

 少し安心させてあげようかな。


「あのね、そのサークレットに青い宝石がついているんだけど、あなたの教育が進めば少しずつ色が薄れていくの」

「・・・」

「頑張り具合が解るから、指針にしてね。それと、ギルマスと二人だけの時は普通にお話して大丈夫だから。それを励みに頑張って」


 そう教えてあげたらマール君の顔がパアッと明るくなった。

 うんうん、ギルマスが大好きなんだね。



 その日はもうチュートリアルを始めるには遅いだろうということで、一行は領館、ダルヴィマール侯爵家本邸にやってきた。

 ルーとアンシアと別れた男性組は、いつも通り侍従服に着替える。

 マールはと言うと磨き上げる必要はなしと判断され、着替えて髪を整えるだけですんだ。

 ギルマスは前侯爵に挨拶と報告に出向いている。


「さてこの後ご老公様にご挨拶をしてから教育係のセシリア様とモーリス様に引き合わせる」

「・・・はい」


 初めて着る侍従服に居心地悪そうにモジモジするマール。

 そんな後輩にアルは優しく声をかける。


「心配いらないよ。お二人とも厳しくてもとても優しい方だから。ここでしっかりマナーを身につけておけば、高校生になってからバイトに出た時に役に立つよ。それに仕える相手がルーだから、他の貴族令嬢よりずっと楽だと思うよ」

「それはちょっと違うぞ」


 白手袋をはめながらディードリッヒが否定する。


「アルとアンシアはルチア姫教徒だからな。難癖つけられても無理難題押し付けられても口答え一つしない。二人を基準にするとエラい目にあうぞ」


 吐き捨てるように言うディードリッヒにエイヴァンも頷く。


「お前はヒロインは鬼畜と言ったが、ルーくらい心優しい女はいないぞ ? 」

「あれ、エイヴァン兄さん、珍しくルーを褒めますね」

「まあ、事実ではあるからな、アル」


 ただし、と長男は続ける。


「あれくらい情け容赦のない女もいない。しかも悪意なく善意の塊でいろいろとやらかす。その証拠がお前のサークレットだ」


 無理なく敬語とか学べるといいね。

 いろんな所作とか身に着けられればいいね。

 人には言われなくても自分から動けるといいね。

 それだけであっという間に新しい魔法道具を作り出す。

 おまけに後付けオッケー。


「ゲームの中にもあっただろう、聖水を飲むというシーンが」

「公爵夫人に化けた奴がヒロインたちに呪いをかけたってやつだった、ですか ? 」


 いつもキリッとしている攻略対象が弱って苦しんでいる姿がたまらないとクラスの女子が騒いでた。

 確か彼らを助けたのが古い知識を持つギルマス、じーちゃんだったのをマールは思い出した。


「聖水は無味無臭。あいつは俺たちが厭きないようにと色んな味をつけた。コーラとかメロンとか」

「だがその中にたった一本、ドリアン味ってやつがあってなあ」


 あの腐ったような甘ったるすぎる地獄のような後味。

 そして花に抜けるガソリンのような香り。

 あれを思い出して長男と次男はその端正な顔を歪める。

 自分たちは一口で諦めたが、アンシアは「せっかくのお姉さまのお気持ちです ! 」と飲み切ったらしい。

 当然アルも。

 

「ディー兄さん。不味かろうが苦しかろうが、ルーの作ったものを飲まないなんて選択肢はありませんよ」」


 ある意味究極の愛と言えなくはないかもしれない。

 が、これはこれで面倒なヤツじゃないか ? 


「ルーが幸せだったら問題なし ! 」

 

 そう言い切るこの兄貴分。

 ゲームには出てきてないはずだ。


「よし、準備が出来たらご老公様にお目通りするぞ」


 三人の兄に促されて立ち上がる。

 新人ベナンダンティ、マールの初日は最初から波乱万丈だった。

 そしてそれに続く日々もまた山あり谷ありであるのをまだ彼は知らない。

 

 ちなみにマールのルーの呼び方は『姫』になった。


「よし、これなら言い間違いはないな」

「間違いなくこのパーティの『姫』ですからね」

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