第349話 ウェディングベルだって高砂だって持ってこーい !
アンシアちゃんはあと十年結婚できないと言う。
だからアルに治癒師の道を諦めてほしいって。
おかしいな。
アルの勉強とアンシアちゃんの結婚は関係ないと思うんだけど。
「アルもカジマヤー君も、もう立派に治癒師の仕事をしてるじゃない。なんで今更そんな勉強しなくちゃいけないのよ ! 」
「アンシア、わかってるだろ。僕たちの治癒魔法は中途半端なんだ」
「僕もアルも怪我なら治せる。でも病気や体調不良は無理なんだ。自己流だからか、そっち方面の才能が無いのかわからないけど」
「でもこのままじゃいけないと思う。正規の訓練を受けて、それでも病気が治せないなら、薬学のほうを習得したい。僕もカジマヤーも、小さいころから人の役に立つ人間になろうって約束してたんだ」
だから僕たちに構わずお嫁に行って。
そっくりな顔の二人に言われても、アンシアちゃんはだってお嬢様がとブツブツとつぶやく。
バルドリック様はショボンとした顔をしている。
でも、自分からこうして欲しいとは言わない。
多分アンシアちゃんの判断を待ってくれているのだろう。
身分から言ってゴリ押ししたってかまわないのに。
ここはやっぱり
「あのね、アンシアちゃん。
「お嬢様、でも」
「侍女のままだとお式には参列出来ないでしょう ? でも貴族夫人であればお友達として、ね ? 」
「駄目かしら」
「駄目だなんて、そんな、でもっ、お嬢様・・・ ! 」
「あー、感動的なところを悪いんだが、冒険者ギルドの責任者として一言良いかな ? 」
アルとアンシアちゃんのやり取りを聞いていたギルマスが、泥沼化しそうな中に割って入ってくれた。
「数字持ちの冒険者の誕生は数十年ぶり。どれだけ稀かわかるだろう ? 」
「・・・はい」
「位階が上がったばかりで目標達成したから引退しますと言われると、こちらとしても立場がないんだよ」
辞めると分かっている人物の位階をなぜ上げたとか。
言われてみれば、確かにそうだ。
いるよね、そういう人。
メダルとか取った後、もうやり切ったからって止めてしまう。
応援していた人、支援していた人からしたら、これからもっと活躍を期待していたのにって思うんじゃないか。
今のアンシアちゃんは今まさにその状態。
「何も結婚するなと言ってる訳じゃない。せめて後二年くらいは続けてもらえないかな」
「私としては結婚してからも続けてもらって構わないのですが」
「それは無理ですよ、近衛副団長」
結婚後も働いて良いというバルドリック様の申し出を、ギルマスはバッサリと切って捨てる。
「数字持ちは高位貴族と同等。それ故に王侯貴族と縁づくことは出来ません。貴族であれば貴族位の返還、平民が貴族と結婚しようとするならば冒険者資格を捨てなければなりません」
中立平等を保つ為の昔からの決まり。
縛りがきついぞ、数字持ち。
ちなみに数字持ちに無体を働いたり名誉を傷つけるようなことをすると、下手をすると周辺国から国交断絶を言い渡されたりするそうだ。
過去にそれをやった貴族のいた国は、一夜にして大使館と冒険者ギルドが撤収した。
ついでにその国から嫁いで来た貴族夫人は、離縁こそされなかったものの、蟄居させられたりどこかで療養させられたりで、表舞台には一切出してもらえなかったそうだ。
十年ほどしてギルドが正式に謝罪を受け入れるまで、物は売れない買わせてもらえない、物流はもちろん人的交流も途絶えてとんでもない騒ぎになったんだとか。
「それくらい数字持ちは貴重であり希少なのです。その実力ゆえにどの国、どの階級に対しても平等でなければならない。生まれ故郷や親族を優先することは許されないのです。当然ですが、貴族夫人との兼業はあり得ません」
そっか。
・・・
「週に何日か冒険者活動をして、冬は貴婦人教育を受けて、二年後に結婚式を挙げる。その辺りが落としどころではありませんか、宰相夫人」
「そうですわね。それに貴族の妻として侍女の仕事の実態を知っていれば、それだけ丁寧な指示が出せます。今までの経験は決して無駄にはなりませんよ」
ダルヴィマール侯爵家が責任を持って嫁入り支度を整える。
お母様はお任せくださいませと笑う。
謁見の間は再び大きな拍手と喝采に包まれた。
こうしてアンシアちゃんは次期公爵の婚約者と無事に受け入れられた。
◎
「久しぶりに楽しいひと時だったよ。やはり悲しみの後には喜びが必要だな」
「最初から最後まで全部こっそりご覧になっていたんですね、陛下も皇后さまも」
あの盛大な拍手の後、お二人とお父様は見つかる前に急いで退出していった。
そして急いでアンシアちゃんの婚約の手続きを進めてしまった。
それは今や
あ、前の総裁はあの騒ぎの後は体力が戻らなくて引退。
春の除目で別の方が就任している。
今は返納していた爵位と皇室預かりになっていた領地を返してもらって、地元で夫人と静かに暮らしているそうだ。
「これで後は王都の整備だけだな。ところでルー」
「なんでしょう、エイヴァン兄様」
「その、新しい神獣だがなあ」
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