第341話 近づきつつある終演
『眷族になったベナンダンティには私が全て伝えておいたぞ』
「いや、伝えておいたって、どうやって ! 」
白い世界での主導権を握っているエイヴァン兄様。
お父様や皇帝陛下、ギルマスもほとんど神様と会話をしていない。
なんでだろう ?
『後でまとめて説明するのも面倒だ。この世界での会話、全て聞かせてある』
「・・・全てとは、どこあたりからだ」
『一番最初からだな。迷子娘が混乱している様子も聞いているはずだ』
兄様たちの顔が少し青くなる。
「まさかと思うが、俺たちの結婚話も・・・」
『もちろん聞いている』
神様がそう言うと、白い世界にワッと歓声と拍手が鳴り響いた。
「おめでとー、ナラっ ! フロラシーっ ! 」
「やったわね。ベナンダンティで初めての偉業よ ! 」
「エイヴァン、年貢の納め時だな」
「人生の墓場へようこそ、ディードリッヒ ! 」
「ねーねー、お式はどこでやるの ? 王都 ? それともヒルデブランド ? 」
「行くからっ ! 休暇取って万難を排して行くからなっ ! 」
「ブーケトス、ブーケトス流行らせましょうよ ! そして最初のブーケはぜひとも私に ! 」
さっきまで神秘的な雰囲気だった白い世界が一気に騒がしくなった。
足を踏み鳴らす音や指笛。
結婚行進曲に高砂まで聞こえてくる。
いくらなんでも早すぎないかな。
『不思議だ。神が四柱も生まれたのだぞ。自分たちも数百年生きる体にかわったのだぞ。なぜ別の話題で盛り上がる』
『
『意に添わなければ、我ら四神獣とて邪魔者扱い』
『傲慢不遜な態度、どうぞお許しください』
四神獣たちが神様に頭を下げている、ように見える。
神様たちの困惑にみんなは気づかない。
ヒューヒューと兄様たちを揶揄っている。
『もうよかろう。そろそろ時間を動かすぞ』
大盛り上がりの声がピタリと止まった。
『我が子たちよ、新たに成ったこの世界、お前たちに任せた。よき時、良き人生を送れ』
では達者でな。
白い世界が段々と景色を帯びてくる。
少しずつ音が聞こえてくる。
「
「みんな、拍手と万歳三唱でお見送りしよう ! 」
「
「一生懸命生きていきます ! 」
「
「ばんざーいっ ! 」
「ばんざーいっ ! 」
なんだか疲れたような雰囲気が消えて、そうして私たちは王都に戻ってきた。
◎
貴族街の入り口付近。
一台の馬車を取り囲むように人々が集まっている。
小ぶりな馬車には銀色の眉月が。
宰相ダルヴィマール侯爵令嬢ルチア姫の印だ。
「ゆっくり。揺らさないように」
「できるだけクッションを当てるようにして」
布に包まれた小さな塊が馬車の中に運び込まれて行く。
それが完全に車内に消え、周りの者がホッとした時。
「ごめんなさい、通して ! お願い、通して ! 」
人垣をかき分けて銀髪の少女が走り出た。
「ルチアっ ! ルチア、大丈夫 ?! 」
「ルーお姉さまっ ! 」
「アンシアちゃん ! 」
馬車に乗り込もうとしていた冒険者姿の専属侍女が彼女の手を取る。
「ルチアが倒れたって聞いたの。私、心配で ! 」
「お怪我をされたのか。手当はお済みか」
「兄上 ! 」
魔王と呼ばれる侍従が黒髪の冒険者に駆け寄った。
よく見ると血縁者であることがわかる。
魔王の方が少し年下のように見えた。
「お怪我はありません。姫は数日前からそれはふさぎ込まれていて、『大崩壊』が収まったことで一気に心労がお出になったと思われます。我らがついていながら姫にご苦労をおかけしてしまいました」
「いや、思いつめる性質のお方だ。精一杯ご自分の出来ることをされたのだろう。お前が気に病むことはない」
お前も怪我をしてはいないかと労われた魔王は、いつもの冷静な表情を緩めて、照れたように少しだけ微笑んだ。
「スケルシュ兄様、ルチアは無事ですか」
「非常にお疲れだが、お休みになればすぐ良くなられる。我らがお傍についているから心配するな」
「お願いしますね。ルチアのこと、お願いしますね」
白銀の魔女と呼ばれる少女はそう言ってしゃくりあげる。
専属侍女を乗せてルチア姫の馬車が動き出した。
騎乗した侍従は挨拶を交わすとその後に続く。
後には冒険者二人と野次馬が残された。
「もういいかい。仕事に戻るよ」
優しい穏やかな声に皆が振り返ると、そこには真っ白な冒険者装束の壮年の男性が立っていた。
「取り零した魔物がいないか確かめよう。その後は街の被害状況を確認するよ。城壁の応急修理もしなければね」
「・・・はい」
「気にはなるだろうが、ルチア姫のことは彼らに任せなさい」
馬車の去った方向をいつまでも見ている少女冒険家に、英雄と呼ばれる男性はこちらにおいでと声をかける。
「ルチア姫がお元気になったときには全ての後片付けが終わっていて、
さっきまでメソメソしていた少女は、その言葉にハッと顔をあげた。
「はい、できます ! 」
元気よく返事をした少女たちが立ち去ったのを見送った者たちは、自分たちも遅れを取ってはならないと動き出した。
魔物の脅威の去った今、一刻も早く王都を復興させなければ。
『大崩壊』は三日目にして終演を迎えようとしていた。
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