第318話 赤い狼煙の街

 城壁の上を暑い風が吹き抜けていく。

 王都はまだ夏だ。

 赤い狼煙が上がった後、今だに乗り切ったという二回目の報告がない。

 あれだけの魔物の数だ。

 二日やそこらで過ぎていくわけがないのは解っている。

 各街がとんでもないことになっているのもドローン魔法で知っている。

 でも私たちにできることはない。


 小芝居で睡眠時間を確保はした。

 夜間担当の魔法師団、西の大陸からの使節団のエルフの皆さん。

 彼らに支援魔法をかける事は出来るけど、それ以上は無理だ。

 だって、私たちベナンダンティは寝ないとあちら現実世界に戻れないのだから。

 兄様たちはお仕事があるし、私とアルは受験生だ。

 たとえお休みの日でも一日中寝ているわけにはいかない。

 そこはどうしても線引きしなくてはいけない。


「お嬢様、お茶をどうぞ」


 付き添ってくれているナラさんが私がお取り寄せしたターフパラソルのセットにお茶の用意をしてくれる。

 組み立て式のそれをテキパキと完成させる様子に、護衛役の近衛の皆さんが目をパチクリさせていた。


「イベントでは必要だから慣れてるわ。任せてね」


 夜明け前から日没まで城壁の上で待機だ。

 暇なので壁に手をついてバーレッスンをしたり体捌きをしたり。

 兄様たちも似たように暇なので空手の形を練習していると言う。

 空手はこちらではヒルデブランド体術と呼ばれていて、門外不出の秘技と噂されているらしい。

 本当は心得のある人が少ないだけで、特に隠しているわけではない。

 ヒルデブランド体術の中には柔道とかも含まれているらしい。

 これからは私の知ってる合気道も加えたいと言われているけれど、邪流とか亜流とか言われてるんだけどなあ、私の流派。

 だって合気道って形がメインで、戦うってないのよ。

 私の流派はばっちり短刀持って試合をしてる。

 だから亜流って言われてるんだけどね。

 お母様に叩きこまれたバレエはというと、兄様たちがしているのは体幹を鍛える訓練だと思われているらしい。

 変だな。

 私がやるとちゃんとダンスに見えるみたいなんだけど。

 後は受験勉強だ。

 小さい頃からの夢を叶えるために、使える時間はどんどん使わなきゃ。

 

 志望校の科目内容はそれほど難しい物ではない。

 MARCHレベルなので過去問ならば楽勝だ。

 だが、如何せん受験者が多過ぎる。

 少しでも気を抜けば不合格だ。

 基礎を丁寧に。

 とにかく丁寧に。

 そして応用を効かせる頭の柔軟さ。

 兄様たちからはたとえ不合格でも他の大学を目指せるようにと指導されている。

 なので時々様子を見に来る。

 昨日は王都外に放置された畑から、収穫しきれなかったものを浮遊魔法で城壁の上にあげたのを見つかって怒られた。

 だって勿体なかったんだもん。

 いくらダルヴィマール侯爵邸の畑があるって言ったって、王都の皆さん全員の分なんて賄いきれない。

 皇室の方々も騒ぎが収まるまではと、かなり質素な食事をなさっている。

 その上で誰よりも大きな笑顔で避難所を回って励ましている。

 やはり生まれついての皇族とは違うものだ。

 そんな訳で今はみんなで手分けして収穫して冒険者の袋に仕舞っている。

 数字持ちの袋の容量はコンテナ船並みだった。


 私は受験勉強の他にもう一つ考えなければならないことがある。

四方よもの王』についてだ。


 お母様たちからここが乙女ゲーム『エリカノーマ』の世界だと聞いた。

 頼まれて高いお金を出して買った二冊の関連書籍。

 放置するのも悔しいので、隅から隅まで読みまくった。

 そして読み終わって気が付いたのだ。

 あのゲームの中には、『四方よもの王』は登場しない。

 もちろん東西南北も。

 こんな重要なことなのに、最新作まで一切出てこないのだ。

 これは一体どういうことだろう。

 一度それを北と南に聞いてみたことがある。

 だが返ってきたのは『そうさのぅ』という一言だけだった。

 あなたたちはアルムのおんじか。

 何か隠しているか、それとも話すことができない理由でもあるのだろう。

 けれどなぜ『四方よもの王』が必要だったのか。

 それがわからない。

 こんなことなら先代の『四方よもの王』だったハル兄様からもっと聞いておけばよかった。

 そしてハル兄様、始祖陛下の当時の東の大陸。

 今は東の諸島群と呼ばれているが、あそこを沈めた時の言葉。

『これより先は中の大陸以外守護しない』

 それってつまり、本来はこの世界の全てを守るってはずだったってことだと思う。

 愚かな一人の為にヴァルル帝国だけの守護になったけど、本来の目的であれば、つまり『四方よもの王』とはこの世界の王だったはずなのだ。

 だとしたらゲームに出てこないはずはない。

 と言うことは、この世界を作った誰かと、この世界に介入した誰かがいるはずなんだ。

 では、なんのために『四方よもの王』なんて作ったのか。

 東西南北が存在したのか。

 仲良しこよしだけで本当にいいのか。

 兄様たちに聞いたら、それは『大崩壊』が終わってから考えたらいいと言われた。

 今はこちらに集中しろって。

 それはそうなんだけど、そんな偉そうな地位についた私がただ魔法を使って戦うしかないって、何か違和感しか感じない。




「第四波がきたぞっ ! 」

「左右はいいっ ! 正面だっ ! 正面に戦力をまわせっ ! 」


 第四騎士団が守る赤色の街。

 市民たちは街の奥に避難している。

『大崩壊』では魔物は通り過ぎるだけだという四神獣からの情報で、王都に向かう方角には街を迂回するよう二重の涙的型の防壁を作った。

 それは確かに有効ではあったが、それでもかなりの数の魔物がまっすぐに王都に向かおうとする。

 間引きどころではない。

 街を守るので精一杯だ。

 すでに警備隊の中には死者も出ている。

 第一波の小型の魔物はまだ楽勝だった。

 簡単な魔法と弓で倒せたし、防壁に沿って王都へと向かっていった。

 第二波は中型。

 第三波は大型。

 第四波は見たこともない超大型だ。

 一体こんな魔物がこの大陸のどこに生息していたのか。

 騎士も冒険者たちも見たことも聞いたこともない魔物に驚愕する。

 だが、たった一人。

 ベナンダンティのルウガは違った。


「こいつら、ギルマスの言ってたティラノじゃないか」


 かつて英雄マルウィンが北の大陸で倒したという最後の竜。

 超巨大な恐竜たちがノッシノッシと歩いて街に向かってくる。


「ステゴサウルスもどきにゴジラサウルスもどき。サイズこそ違うが映画とかで見たことあるやつばかり。お、あれはアンキロサウルス。実際に見られるとは思わなかった」

「ルウガ、集中しろ ! 気を抜くな ! 」

「おーい、みんな喜べ。プテラはいない。空からは襲ってこないぞー」


 幼稚園の頃に読みふけっていた恐竜図鑑。

 絶体絶命の危機だと言うのに、ルウガはワクワクする気持ちを押えられなかった。



「ナラさん」

「はい、お嬢様」


 ルチア姫はティーカップを静かに皿に戻す。


「撤収してください。最後の戦いが始まります」

「・・・承知いたしました。冒険者ギルドにも通達を出しましょう」


 何かが見えているかのように、ルチア姫が侍女に指示を出す。

 筆頭侍女は手早くテントセットを片付ける。


「御武運をお祈りしております」

「ええ、陽が落ちたら戻りますから、お夕食をお願いしますね」


 お昼を頂いている時間はなさそうです。

 そう言ってルチア姫の目が向ける方向を見れば、空の半分が茶色に染まっている。

 そして大地を震わせる轟が響く頃には、その正体が魔物の群れ。

 遥か地平の彼方まで続くそれがこれから自分たちが戦う相手だと理解した時、城壁で待機していた騎士たちは自分たちの甘さを理解するのだった。

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