第291話 思うことは色々あるのですけれど

「めぐみちゃん、焼肉は初めて ? ほら、お肉はサンチュ、このサニーレタスみたいな葉っぱに包んでいただくの。キチムやナムルを一緒に巻いてもおいしいのよ。お野菜も一緒に取れるでしょ ? 」


 アルご一家はガンガンと食べすすめる。

 私はその勢いについていけない。

 もともと外食の経験がほとんどないので、どう食べていいのかわからない。

 焼けたお肉をどんどん取り皿に入れてくれるが、疲れているわけでもないのに箸がすすまない。

 結果としてお肉よりもサラダや冷奴、ナムルやスープなどのサイドメニューばかり食べていたような気がする。

 アルのお母様は「疲れすぎて入らないのね」と言ってくれたけど、翌朝はお腹を鳴らして目が覚めた。



 祠の修復作業を三日ほど放置してしまったので、アルと二人で修理してまわる。

 思ったより破壊は進んでいない。

 よかった。

『大崩壊』の準備はまだ終わっていない。

 あと少し、後少しだけ、王都を守って下さい、ハル兄様。


「ルー、体調は大丈夫 ? 夕食はほとんど食べていなかったよね」

「大丈夫。なんだか胸が一杯でお箸がすすまなくて。お腹はペコペコだったんだけど」


 焼肉って豪快でびっくりしたのもあるかもって言ったら、アルが今度は二人でいこうかって言ってくれた。

 行事の打ち上げでよく行くんだって。


「みんなよく食べるから、高く見えても食べ放題の方がお得なんだよね」

「高校生だものね」


 でも本当はあちら現実世界でこれから起きる問題でいっぱいいっぱいだったんだ。

 何度か出たキーワード。

 訴訟問題と弁護士。

 出演料。

 うちあげ行きたかったなって思ってたけど、アルの話が終わるのを待っていたら、もし私たちだけで出かけたらどうなってただろうって気が付いた。

 多分そこにはバレエ団の顧問弁護士先生が待っていて、百合子先生とタッグを組んで丸め込みにかかったんじゃないかって。

 アルのご両親が家族で食事と言ったのも、きっとそういう状況にならないようにという配慮だったんだと思う。

 そう考えると、受験を理由にしばらくお稽古場に行かないのもありだろう。

 基本レッスンならどこかオープンクラスに通えばいいし。

 そんな感じで頭がグルグルして、アルに呼ばれたときにはすっかり食欲がなくなっていた。

 ごめん、アル。心配かけて。

 

 午前中の仕事を終えてギルドに戻る。

 今日は久しぶりにクラスチェックをしてもらうのだ。

『大崩壊』やらラーレさんのことやらでしばらく放置していたけれど、大型魔物の討伐が続いたので、少し期待してしまう。

 先に戻っていた兄様たちと合流して受付に行く。


「アンシアさん、こうに上がりました。そして他の皆さん、おめでとうございます! 恒河沙こうがしゃの誕生です ! 」


 その場にいた人たちから大歓声があがった。

 地を這うような声に開け放たれたドアの向こうで、一般市民の方々が何事かと足を止める姿が見える。


「数字持ちだ ! 数字持ちの誕生だ ! 」

「それも四人も ! これでこの国は安泰だ ! 」


 先輩冒険者の皆さんがおめでとうと握手を求めてくる。

 私も女性冒険者のお姉さま方から頭を撫でられたり抱きつかれたり。

 大騒ぎの中二階からグランドギルマスとギルマスが降りてきた。


「おめでとう、みんな。よくがんばったね」

「「はいっ ! 」」


 ギルマスの笑顔にヒルデブランドの面目躍如、少しはご恩を返せたかもと思う。


「見事、さすがヒルデブランドの冒険者だ。マルウィン様も鼻が高いでしょう」

「いやいや、この子たちの努力の結果だよ、クレメンス君」


 今年になって冒険者登録をした人たちが、グランドギルマスが敬語で話しかけているあのおっさんは誰だとコソコソと話している。

 去年の人たちは私たちとギルマスとの訓練を見ているから、引退した元優秀な冒険者でグランドギルマスの先輩ではないかと認識している。


「祝杯をあげたいところだけれど、もう発つのかい ? 」

「はい、そのような約束ですから」


 王城からは『ルーと素敵な仲間たち ( 仮 ) 』は王都から離れた場所で魔物の間引きをして欲しいという指名依頼が入っている。

 断る理由もなかったが、まずはしっかりクラス上げをある程度しておきたいと保留にさせてもらっていた。

 その代わり誰か一人でも数字持ちになれたら、その足で移動するようにと。

 

「せっかく祝い事が出来るのに、もう行っちまうのかい」

「マルカ姐さま」


『ギルドあるある隊』のマルカ姐さまが残念そうに近づいてきた。


「祝い酒くらいと思うけど、そんな場合でもないのかね」

「すまんな、マルカ。『大崩壊』が終わったら、ギルドを挙げて宴会しよう。その時は奢るぞ」


 祝われる側が金なんてだすもんじゃないよ、と姐さまはエイヴァン兄様の肩をチョンと指で弾く。


「また会おう。アンシアは置いていくから、面倒を見てやってくれ」

「ああ、この子は宰相様のところで雇われてたっけね。いいよ。あたしなんか腕では敵わないけど、女同士助け合わないとね」

「マルカ姐さま、アンシアちゃんをよろしくお願いしますね。姐さまがご一緒なら安心です」


 まかせときなとおとこらしく笑った姐さまは、アンシアちゃんの肩をグイッと引き寄せた。


「行っといで。五体無事で戻っといで。この子を泣かすんじゃないよ」

「ああ、またな」


 私たちは拍手やら口笛やらに送られて王都を後にした。



 と言う体で、シジル地区の冒険者ギルドから王都に入る。

 そして目立たないスキルを使いまくってダルヴィマール邸へ。

 めんどくさいんだけど、これも必要な隠蔽だ。

『大崩壊』の時に、ルチア姫一行が出ないという選択肢はない、

 そして『ルーと素敵な仲間たち ( 仮 ) 』が出ないと冒険者ギルドが叩かれる。

 だからアンシアちゃん以外は指名依頼で王都にはいないという状況を作らなければならない。

 あー、めんどくさい。

 にしてもそろそろ一人二役がバレてもいい頃じゃないだろうか。

 こちらにはない特殊メークで誤魔化しているのもあるけれど、同じようなメンバーでアンシアちゃんがいるって言うのに、どうしてみんな気づかないんだろうか。

 それに対するギルマスや兄様たちの答えはこうだ。


こっち夢の世界の人間、チョロすぎる」


 皇帝陛下やお父様はともかく、カウント王国の皆さんは残念だし、北の王子様もアレだしね。


「中世初期のヨーロッパと思えばいいよ。それでもヴァルル帝国はまだマシなんだよ。ベナンダンティが嵩上げしているからね」


 それだとベナンダンティがこの国を育てているみたいだって言ったら、ギルマスは「そうかもしれないね」と笑った。

 髪型と服装と態度を変えただけで別人認定って、確かにチョロいかも。

 そんなわけで私たちは明日からは、ルチア姫様ご一行として祠の修復にあたることになったいる。



 それから数日してからだった。

 城壁の上が慌ただしく動き出す。


「狼煙が上がった ! 」

「白い ! 最辺の砦だ ! 」

「王城に連絡を ! 『大崩壊』が始まるぞ ! 」 

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