第286話 納得力の必要性
「ルーの魔力になにかしたのか」
『何もしておらぬよ。我らはな』
桃色ウサギはニヤリと笑った。
ディートリッヒは
「胡散臭さを出しているようだが、目が楽しそうだ」
『まあ、楽しいは楽しい。ハール以来の縁者だからな。まず我らは何もしていない。それは事実だ』
北はもらった焼き菓子をかりっとかじる。
『うむ、久しぶりの
「・・・体がないから食べられなかったのか」
『まあな。それとハールの奴はミルクと魚ばかりよこしおった。猫なのだから猫らしい物を食せとな。ネコ科は肉食なのだと言っても絶対譲らなかった。意外と頭が固くてな』
ピョコピョコと歩いてエイヴァンのコップを持ちあげると、器用にゴクゴクと茶を飲み干す。
『さて、娘の魔力で祠がしばらく維持されると言ったが、それは娘が祠を守ろうとしているからだ。だが、それも長くは続かん。なぜなら祠はハールの力で存在するからだ。その力が完全に消えた時、大崩壊は起こる』
「ルーの力では守りきれないということか」
『違う。娘は消えようとしているハールの力を引き留めている。さすが我らが見込んだだけのことはある。だがそれにも限界がある』
別の菓子も食したいとウサギが強請るので、エイヴァンは今度は
『ほう、これはハールが
「・・・茶はいるか」
『うむ、今度は砂糖を少し入れてくれ』
入れ直された茶で喉を潤し、北は続ける。
『大崩壊は必ず起きる。その後で祠を再建しようとしたら、娘の力が必要だ。もちろん時間はかかる。ハールは十年ほどかかった』
「十年も ?! 」
『だが、娘ならその半分で終わらせられよう。なにしろ魔力の量が東西の小童どもと同じくらいあるからな。そしてハールの作ったひな型がある』
あいつ、そんなに魔力があったのか。
ディートリッヒがボソッと言う。
『実際扱えているのは三割くらいだ。そして
・・・増幅器 ?
「・・・待ってくれ。ルーは今までだっておかしな魔法を作り出してきた。それがもっと変な魔法を使えるようになったということか」
『おい、赤いの。その解釈は間違い・・・ではないが。少し違うぞ。変な魔法を使えるようになったのではない。仕える魔力の幅が増えたと言っておる。これはそこの英雄も同じだ』
「私 ? 私がなぜ」
突然話を振られたギルマスがキョトンと自分を指さす。
「お主の魔力も多い。だが、ある時から使い勝手がよくなっただろう。思い出せ』
「・・・それは、多分、
『その通り。あれと絆して、お主の使える魔力の幅が増えたのよ。人間もエルフも、魔力は持っている全てを使うことはない。体や心に支障をきたさないよう、無意識に半分以下に抑えておる。大抵の者は二割程度が上限だ』
「十パーセント神話か」
『十パーセント神話』。
それは人間は脳の機能の十パーセントしか使っていないという説。
大分長い間信じられていたが、現在では否定されている。
『脳の話ではない。魔力だ。扱いきれぬ魔力ほど厄介なものはない。本能で知っているからこそ使わずにいるのだ』
「そう言えばルーは最初の頃ずいぶんと魔法を暴走させていた。あれも関係があるのか」
『まあ、絆こそしていなかったが、我らの影響は受けていたからな。だからこそ小童共と絆するまで待っていたのだ。ある程度自由に魔力行使できるようになるまでな』
後はきっかけ、はずみ、想い、そんなものか。
ウサギはさて次は、と今度はサンドウィッチに手を伸ばす。
『我らはなあ、待っていたのよ。もう何百年もあの二人が現れるのを。ハールの残した年が近づくにつれ、今年はどうか、来年こそはとな。小僧が現れたとき、本物かどうか疑った。ハールと共に見た魂と少し違っていたのでな』
『だが、娘が現れた時に、こやつがそうだったかとわかった。なぜだと思う ? 』
テーブルを見るといつの間にか大熊猫がクッキーを頬張っている。
「
『なあ、何故だと思う ? 』
「・・・ルーに恋したから、かな ? 」
ギルマスの答えに、北と南はドッと笑った。
『驚いたぞ。あの小僧、娘を見た瞬間に魂の輝きが変わった』
『これが人の言う恋に落ちるということかと納得した』
『まこと、限りある生を持つ者の愛おしいことよ。それゆえ我らは絆することを止められないのだ』
笑いすぎた北はひっくり返り、食べ過ぎて膨れ上がったお腹のせいで元に戻れずにいる。
ディートリッヒは転がり落ちないよう、彼を自分の膝の上においた。
『さてさて、絆をせずとも我らの力は少しずつだが娘に流れていった。我らが望んだからだ。そしてその影響は係累であるお主たちにも出たはずだ。覚えがあろう ? 』
『小僧はあの娘を救おうと、
『お主ら二人は娘の理想の兄の姿に変わっていった』
兄たち二人はハッと顔を見合わせた。
「
「まさかルーの力がそんなことまでできるとは」
『違う違う。娘の力ではない』
まだ何か食べようと伸ばした北の手を、ディートリッヒはパシッと叩いた。
「それ以上食べると
「数百年振りなのだ。堪能させてくれ」
ディートリッヒは仕方ないとクッキーを半分に割り、これで最後と言い聞かせて渡した。
『赤と黒よ、お主ら、しすこんであろう』
「「はあっ ?! 」」
「英雄マルウィン、しすこんとはなんだ」
「それはですねえ、陛下」
違う、絶対にちがう! 誤解だっ !
必至で否定する二人を、北と南は鼻で笑った。
『ヒルデブランドの領館で磨きまくられたとき、娘がはしゃいで喜んでいただろう』
『そのとき、
「・・・」
思わなかった、はずだ。
いや、あの時、キラキラとした目で見上げられて、まあ悪い気分ではなかったのは確かだ。
感じてはいたが、二つの世界で外見が違って当然と思っていたのだが。
『
『小僧もまた娘のために成長しようと努力した。お主らと並び立ちたいと願ったが故の身体の成長だ。まったくお主ら、どれだけあの娘が好きなのだ』
それもこれも、お主らが娘の係累だからだ。
「つまり、全てはルーのせいか」
「アルがルーの対番にならなければ、こんな事態にはならなかったということですね、兄さん」
「こらこら、ルーに責任を押し付けるんじゃない、二人とも」
ギルマスに窘められるが、やはり彼女が諸悪の根源というイメージは捨てられない。
まさか
「まあ、職場での評価は上がったが」
「まわりの扱いもよくなったのは確かだし」
来年度のポスターのモデルにも選ばれてしまったし、とディートリッヒはウザそうに顔をしかめる。
『まあ、今日はこれくらいにしておこうか。年少組には話すなよ。特に娘は考えすぎる性質だ。あれらがいない時にまた話そう』
「ちょっと待ちなさい、
奥方が呼んでいると立ち去ろうとするウサギをギルマスが呼び止める。
「始祖陛下のスマホに下書きを残したというが、
『干渉 ? 出来るぞ。あれらは決まりきった法則で出来ているからな。そのあたりをつつけば造作もない』
「では、頼みたいことがあるんだが・・・」
ギルマスの穏やかな笑顔の裏に、兄たちは何やら黒い物を見る。
「何をなさるおつもりです、ギルマス」
「ふふ、夢とは儚いものなんだよ、エイヴァン」
「・・・」
「そしてね、ディートリッヒ。データは壊れるものなのさ」
◎
「チーフ、昨日の夜の部、データが消えてます ! 」
「は ? バックアップがあるだろう」
「そちらもないです」
「移した先のもです。おかしいなあ、昨日のうちに確認したんですけど」
新人公演の夜の部。
どんなに頑張っても復元できず、ドキュメンタリー班はパニックにおちいった。
放送は八月中。
消えてしまった枠をどうやって埋めるか。
バレエ団とも相談しなければ。
昨日で終わったはずの公演撮影。
スタッフたちの仕事は終わらない。
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