第283話 ルーのプリマ・デビュー 夜の部 その3

 バレエ『ドン・キホーテ』の簡単なあらすじ。


 アロンソ・キハーナは騎士物語を読みすぎて、自分を騎士ドン・キホーテと思い込みます。

 そしてキューピットの矢に射抜かれて、幻の姫ドルシネアに恋をして出奔します。

 くっついていく従者のサンチョ・パンサ、迷惑ですね。

 町娘のキトリ床屋のバジルは恋人同士。

 今日もバルセロナの街でデートです。

 キトリの父ロレンツォ。

 娘を金持ちの貴族ガマーシュと結婚させようとします。

 もちろんキトリはお断り。

 そこに現れたドン・キホーテはキトリをドルシネア姫と思い込みます。

 恋人にベタベタされてお冠のバジル。許嫁に近寄れないガマーシュ。

 サンチョ・パンサはパンを盗んで食べだすし、騒ぎにまぎれてキトリとバジルは駆け落ちします。


 ここまでが一幕。


 二幕では二人を追いかける一行。

 ジプシーの野営地に隠れる二人。

 追いついたドン・キホーテはジプシーらの人形芝居を現実と区別がつかず、風車を悪魔と勘違いして戦いを挑み、跳ね飛ばされて気絶してしまいます。

 そして気を失ったドン・キホーテは、夢の中で憧れのドルシネア姫に出会うのです。

 その後バジルの偽装自殺やらでハッピーエンドになるのが二幕。

 三幕はキトリとバジルの結婚式です。



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・常識をもって書き込みましょう


04:

 スレ立てありがとうございます。


05:

 愛称の件、あちこちのスレで撒いてきた。

 今夜のカーテンコールで使ってくれるといいな。


06:

 そう言えば山口波音なおとの正体がわかったって ?


07:

 プロフィールが一枚追加されたって、他スレで報告があったのよ。

 今日はパンフレット買わなくても無料配布されるらしい。

 明日からはパンフについてくるんですって。


08:

 山口波音なおと、十八才。高校三年。

 バレエ歴二年。

 オープンクラスで基礎を学ぶ。

 昨年度の高校の文化祭では演出、振付を担当。

 その手腕はプロからも認められ、「白貴族・都立高校バージョン」として本年度の公演に正式採用される。

 また高校生とは思えない演技力に芸能界からも勧誘があったが、本公演でダンスール男性舞踊手としてデビューを果たした。

 

09:

 すごい。

 たった二年で ?


10:白き翼

 めちゃくちゃ努力家なんですよ、アルって奴は。

 なんでも手を抜かないっていうか、やって当たり前だと思ってるから、絶対弱音を吐かないんです。いや、しなくちゃいけないことをしてるんだから、辛いとか感じていないっていうのが正しいかも。


11:

 なあに、その品行方正で勤勉を絵に描いたような理想的な男子高校生は。


12:白き翼

 それがアルです。

 でもつまらない奴じゃないです。頭も固くないし。

 受験勉強と文化祭の練習の合間に、こんなことしてるとは思わなかった。


13:

 興味深い報告をありがとう。

 でもその辺にしておこうか。

 個人情報だから、今はパンフの報告くらいに収めておこう。

 昼の部に行った人。

 佐藤・・・ルーちゃんの方を知りたい。


14:

 佐藤めぐみ、十七才。高校三年。

 バレエ歴十五年。

 両親の転勤に伴い全国の教室を回る。

 十二才から当バレエ団付属に所属。

 二年前から頭角を現す。

 昨年度イギリスでの短期留学中、キトリで初めて舞台に立った。


15:

 謎な子よね。

 満を持してって感じでのデビュー。


16:

 そういえばそろそろ二幕が終わるころじゃない ?


17:

 報告が楽しみ !



「やってくれたわね、佐藤さん」

「ちゃんと予告はしておきましたよ」


 少し顔を引きつらせて百合子先生が睨みつける。


「バレエはスポーツじゃないのよ。荒業連発すれば良いってもんじゃないの。全体のバランスはどうなるの」

「先に仕掛けたのは先生たちですよ。若者が調子に乗ってやりすぎちゃったくらいの大人な態度で流してください」


 先生ははぁぁっとため息をつきながら頭をふる。


「今まで猫被ってたってことね。知ってたらもっと別な演出を考えられたのに」

「やだなあ。お遊びでいろいろ試してただけです。それをお舞台でもやるってだけですよ。明後日の演出はこれから先生が考えて下さい。大人でしょう ? 」


 さすがに兄様たちの妹としてやられっぱなしっていうわけにはいかない。

 一矢報いておかなければ割が合わない。


「三幕、楽しみにしておいてください。それと最終公演の一幕、今日と違いますから。不安でしたらリハよろしく」

「・・・オケの指揮者先生、顔を青くしていたけれど」

「メッセージカードを送っておきました。あちらもプロなんですからなんとかしてくださるんじゃないですか。じゃ、着替えてきますので、お後よろしくお願いします」


 笑顔で心の中でざまぁと唱える私。

 先生とスタッフの皆さん、顔色が悪いままだ。

 スタッフさんの間から「めぐみ、恐ろしい子」と言う声が聞こえた。

 知ったことか。



 二幕終わってのオーケストラ指揮者の控室。

 渡されたメッセージカードを前に男は冷や汗をかいていた。

 バレエやオペラの指揮者として順調にやってきた自負はある。

 何があるかわからない本番。

 踊り手の体調やちょっとしたズレ。

 急な出来事に臨機応変に対応してきた。

 一幕はよかった。

 ところどころおかしな雰囲気ではあったが昼の部と同様に進行していった。

 だが、二幕が始まると様子が激変する。


「なんだよ、あの子たちは」


 予想以上に飛ぶ。

 飛んでる時間が長いので、音の長さを調節しなければならない。

 できますよね。大丈夫ですよね。

 そんな挑戦的な踊りだった。

 そして今。

 彼のところに届いたカードにはこう書かれていた。


 三幕も飛びます。回ります。

 よろしくお願いします。

 ばぁい キトリ & バジル


「誰か、このメッセージカードを楽団員の控室に届けてくれませんか」


 一体何が起きるのかわからない三幕。

 この恐怖は共有すべきだ。

 うん、やはり心構えは必要だな。

 あの規格外のお子様たちの挑戦。

受け止めてみせようじゃないか。

 三幕の始まりまで後五分。

 彼は一度緩めたタイをしっかりと結び直した。 



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21:

 ねえ、二幕の報告が来ないんだけど。


22:

 もうすぐ休憩終わる。

 電波障害かな ?


23:

 他スレも沈黙してる。

 何があったのかしら。

  

24:

 トラブルかなにかかな。

 楽しみにしてるんだけど。



「やってくれたわね、あなたたち」

「先生、そのセリフ二度目です」


 夜の部が終わった。

 数度のアンコールに応えて緞帳が降りる。

 ブラボーとブラヴァの声の中に「めぐみちゃん」と呼ぶ声が聞こえる。

 なぜか中に「ルーちゃん」「アルくん」が混じってる。

 アルの高校の人たちかな。

 花束贈呈ではギルマスの送ってくれた一輪の薔薇が渡された。

 観客からどよめきが湧いて、再び拍手と歓声が会場を包んだ。

 成功だ。


「やりすぎだわ。あれではこれからもあのレベルを求められてしまう」

「いいんじゃないですか、お祭だし」

「ばかっ、ここ数年はドンキはやれないってことよ ! 」

「私たちのせいじゃないでーす。騙した先生たちが悪いんでーす」


 ねーっとアルを見上げると、彼もスカッとした顔をしている。

 なにをネタに脅迫されたかはともかく、アルもいろいろ思うところがあったんだろう。


「明後日の一幕、あれを試したいわ」

「あれ ? いいね。僕も試したいのがあるんだ、ほら、あそこ・・・」

「待て待て待て待て待ちなさいっ ! 」


 先生が待ったをかける。


「その斬新なアイデアは明日話し合いましょう。勝手に決めないように。それと、山口くん ! 」

「なんでしょう」

「バジルが死んだふりから起き上がるところ。あれ、駄目。封印しなさい」

「えー、結婚を許されて空にも上る気持ちを表現したんですが」

「・・・山口くん。あれが定番になったら、バジル役やる人がいなくなるわよ。頼むから止めて。普通に生き返りなさい、普通に」


 楽屋に面会の人が集まり始めているとお世話係のお姉さまが呼びに来た。

 頭を抱えたままの先生を放置して、私たちは手をつないで楽屋に急ぐ。

 久しぶりの充実感。

 今日もいい一日だった。 


 そして先生も含めて、私たちはカメラが回っているのをすっかり忘れていた。

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