第281話 ルーのプリマ・デビュー 夜の部 その1

「佐藤様に花束をお届けにまいりました」


 花屋さんが幾つ目かの花束を届けに来てくれた。

 私のお世話役についてくれたお姉さまが、花束からカードを抜いて裏に花の種類を書いていく。

 配達票から後でお礼状を送る為だ。

 もらいっぱなしのところも多いけど、岸真理子記念バレエ団では義務だ。

 定型文の印刷されたはがきに、あて先と一筆添えるよう指導されている。

 私もいつも通りお手伝いしようと思ったら「あなたはお舞台のことだけ考えていればいいの」と断られた。


「ねえ、ちょっと ! 」


 そんな作業中のお姉さまが注目を求める。


「見て ! こんなのが来たわ ! 」


 お姉さまの手には一輪のの薔薇。


「大先生が亡くなってから届かなくなったって聞いてるけど、まさかめぐちゃんに贈られるなんて」

「すごい。これは快挙だよ」


 団員の方々がワイワイと集まってくる。

 メッセージカードには『素晴らしいキトリでした。応援しています』とだけあり、差出人は書かれていない。

 でも、私にはわかる。

 来て下さったんですね、ギルマス。

 アルには会えなかったけど、たくさんの元気と勇気をもらった。

 夜の部もがんばろう。



【岸真理子記念バレエ団】ここは岸真理子記念バレエ団のファンが集うスレです【集まれ】

団員さんの情報から、押しに団員さん自慢まで、みんな集まれ!


・団員さんを貶めるような発言は禁止です。

・常識をもって書き込みましょう


681:

 盛り上がった昼の部。

 他スレで炎上したって ?


682:

 佐藤キトリがめっちゃ叩かれてたの。

 随分酷いこと書かれててね。 

 それに乗っかったバカどもがいて佐藤祭りになっちゃった。


683:

 ペアテやフェッテがグズグズだとか、リフトで落ちそうになったとか、手離しが出来なくて繋いだままだったとか。


684:

 ひでぇ。

 噓八百じゃんか。


685:

 ちょっと抗議に行ってくる。

 どこのスレ ?


686:

 あ、大丈夫。

 もう鎮火したから。


687:

 もう ?

 いつもだったら一週間以上続くのに。


688:

 叩いてた奴が自爆したんだよ。

 女子高生が大人ぶった演技してって。

 あのバジルとのからみ。


689:

 あれって大人のっていうより、等身大の女子高生だったわよね。

 あんなの今までやった人いないわよ。

 叩くんなら子供っぽ過ぎるでしょう。


690:

 そうそう。

 それで実際見た人がおかしいぞって言いだして。

 お前本当は見てないだろう。バジルとのからみ、正確に書いてみろって。

 で、今まで黙ってた人たちに叩かれまくって退場。

 今は別な良い意味で燃え上がってる。


691:

 あれに文句つけるって、どこかの回し者じゃない ?


692:

 それ、言われてた。 

 昼の部開演ギリギリまで悪口が蔓延してたしね。


693:

 出る杭は打たれるもんだし。

 私たちみたいなただのバレエ好きは、上手い子が出てくるのは大歓迎。

 コンクールのジュニア部門から見守りたいのはたしかだけど、こんな風にセンセーショナルな登場も嫌いじゃない。

 それに舞台でも可愛かったけど、素顔もめちゃくちゃ可愛い。

 元気一杯のキトリと反対で、慎ましやかな大和撫子ってかんじ。

 一緒に写真撮らせてもらった。


694:

 うおぉぉぉぉっ ! 何それ !

 終演後の楽屋詣でに付き合ってくれたの ?

 疲れてるだろうと思って、俺は遠慮したんだけど。


 695:

 テレビクルー入ってたわよ。

 ドキュメンタリー撮ってるんだって。

 みんな、テレビで彼女を見れるわよ。


696:

 女神、降臨 !



 ルーのデビュー。

 昼の部を見た。

 悔しいな。

 小笠原さんはしっかりとルーをサポートしてくれているんだけど、やっぱり足らない。

 ダイブからのリフト。

 僕との時に比べて随分近い位置から飛んでいる。

 僕ならもっと遠くから飛び込んできても、しっかりとワンハンドリフトにもっていける。

 ホールドのピルエットだって、もう数回多く回せる。

 お客さんは盛り上がっているけれど、あれじゃあルーの魅力の三分の二も伝わらない。

 僕だったら、僕なら、僕がバジルなら。


「それで、話ってなにかしら」


 目が覚めた日。

 ルーがギルマスと話があるというので、その間に御前とお方様と話す。

 今日は兄さんたちには遠慮してもらった。

 自分の気持ちをお二人に聞いてもらいたかった。


「グレイス公爵家との養子縁組ですが、今はお断りさせていただきたいのです」

「あら、あの子と結婚したくないのかしら」

「したいです。でも、今は遠慮させてください」


 お方様はおもしろそうな目で僕を見る。

 さあ、話してご覧なさい。

 そう言っているようだ。


「本当に結婚したいと思ったら、自分でお願いに行きます。でも、それは今じゃありません。大崩壊が収まって、ルーと二人もっと話し合ってからにしたいんです」

「大崩壊の後は帝国崩壊、それでもいいのかしら。養子どころか結婚も出来ないわよ」

「そんなことにはなりません。大崩壊は必ず食い止めます」


 座りなさい、とお方様は扇子で椅子を示す。


「なんでまた、そんなふうに考えたのかしら。好きな子と結婚できるのよ。感謝しつつ乗ればいいではないの」

「好きな子、だからです」


 僕は出陣式からのルーの変化を思う。

 あの日から、ルーははっきりと変わった。

 僕たちから少し距離を置いているようだった。

 表面的には今まで通りなのに、なにか悩んでいるような、悲しんでいるような様子だった。

 兄さんたちもアンシアも気が付いていない。

 ギルマスは、多分気づいている。


「ルーはなにか隠している。僕にはわかります。それを話してくれるまで、長い時間がかかるかもしれません。でも、待ちたい。ルーが僕を信頼してくれるまで、待ちたいんです」

「あの子は優良物件よ。立場が立場だからまわりに殿方は近寄らない。でも、知ってた ? ルチアに恋している子は何人もいるの。このどさくさに紛れて口説こうとする者も出るでしょうね。それでもいいの ? 」


 ああ、さすが百合子先生のお母さんだ。

 僕を脅して楽しんでいる。

 僕たちはどうしてこの親子に敵わないんだろう。


「彼女は決して口説かれない。口説かれたとしても断るでしょう。他の男にほだされるくらいなら、僕のところにくるはずです」

「あら、随分と自信があるのね」


 コロコロと笑うお方様。

 けれどただ面白がっているだけじゃない。

 

「わかって下さい。告白を、プロポーズをお膳立てされるなんて、男として屈辱でしかありません。彼女が受け入れてくれたら、僕は自分でグレイス公爵家に行きます。そして自分の言葉で、ルーに求婚します」

「・・・あの子はそれを受け入れるかしら」

「わかりません。彼女が何を悩んでいるのか。ルーを苦しめているのが何なのか。でも、僕はそれを祓いたい。それが出来ないのなら、せめて傍で支えたい。時間をください。決してダルヴィマール侯爵家に迷惑をかけることはありません。どうぞ、僕に時間をください」


 御前がお方様の肩を抱き寄せる。


「人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死ぬそうだよ。年長者は若者の恋を応援するくらいしかできない」

「でも、あなた」

「侯爵家を守ることも大切だ。けれど、もっと大切なことがあるだろう。見守ろう。僕たちもそうやって支えられてきただろう ? 」


 僕は、時間をもらえた。



【岸真理子記念バレエ団】ここは岸真理子記念バレエ団のファンが集うスレです【集まれ】

団員さんの情報から、押しに団員さん自慢まで、みんな集まれ!


・団員さんを貶めるような発言は禁止です。

・常識をもって書き込みましょう


804:

 夜の部、よろしく


805:

 なんか凄いことになった。


806:

 びっくりした。

 まだびっくりしている。


807:

 また何か凄いことがあったんだ。


808:

 他のスレでも報告があると思うけど、一幕終了後の場内放送を再現する。


「ご来場の皆様にご案内いたします。

 本日のバジル役、神谷雄一に代わりまして、山口波音なおとが演じております。

 変更のお知らせが遅れましたこと、お詫びいたします。

 繰り返しお知らせいたします。

 本日のバジルは、神谷雄一から山口波音なおとに変更になりました」

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