第280話 ルーのプリマ・デビュー 昼の部

 バタバタとしながらも、ついに私の舞台の日が来た。


「本当は一日一緒にいたいんだけど、午前中は予備校があって。夕方も文化祭の練習があるんだ。昼の部を見たらすぐ移動しなくちゃいけないから、今日は会いにいけない。ごめんね。がんばってね」


 アルが朝食の時に申し訳なさそうに言う。

 ずっと一緒だったから、本当は側にいてほしかった。

 でも、それは私のわがままだ。



 私たちが目を覚ました日。

 解散前にギルマスが二人きりで話したいと言った。

 どんなお話があるのかわかっている。

 できれば避けて通りたいけれど、先達の意見は聞いておきたかった。


四方よもの王になったこと、おめでとうと言っていいのかな」

「・・・多分、良いんだと思います」


 ギルマスの目は悲しげだ。

 そうだろう。

 そう 思われても仕方がない。


「私が選んだんです。考えなしだったとは思いますし、彼らの想いに引きずられたとはわかっています。でも、最終的には私が決めたことです」

「・・・。私が桑楡そうゆに紹介しなければよかったね。許しておくれ」

「北と南は千年前にハル兄様から聞いていたんですから、いつか必ず出会っていました。ギルマスは謝らないでください」

 

 辛そうなギルマスに精一杯の笑顔を向ける。


「アルの告白にシラを切ったと聞いたよ。よかったのかい」

「他に選択肢がありませんでした。アルの幸せを思えばあれでよかったんです」


 胸がチクチクする。

 ハル兄様からの手紙。

 あれを受け取った時から、悩んで悩んで悩みまくって、そうして出した結論と選択だ。


「アルのことが嫌い、ってことではないよね」

「嫌いなわけ、ないじゃないですか。でも、ギルマスならわかるでしょう ? 私じゃ、駄目だって」

「後悔、していないかい」

「しまくってます。後悔の連続です。これから、一生、後悔しつづけると思います」


 一生。

 そう、一生だ。

 我慢していたのに、気が付いたら泣いていた。


「ルー、君が思うよりずっとアルは強い。振られてなお変わらない態度を取れる男はいないよ。誰だって一歩引いてしまう。それなのに彼は変わらず君の側にいる。あれだけ器の大きな人物に私は会ったことがない」

「でも・・・」

「あきらめるのはまだ早い。君たちはまだ若い。これから先、別の道も見えてくる」

「・・・ギルマス」

「一人じゃないんだ。仲間がいる。新しく二人も増えた。心を強く持つんだ。私は最後まで応援しているからね」


 ギルマスは優しく励ましてくれる。

 でも、私には今見える未来が変わるとは思えない。


 そうやって時間が過ぎて、開演五分前のベルがなった。



【岸真理子記念バレエ団】ここは岸真理子記念バレエ団のファンが集うスレです【集まれ】

団員さんの情報から、押しに団員さん自慢まで、みんな集まれ!


・団員さんを貶めるような発言は禁止です。

・常識をもって書き込みましょう


281:

 一幕終わったから報告。


282:

 どうだった ? 

 期待どおり ? 期待外れ ?



283:

 天使がいた !

 かわいいは正義。

 マジ、正義 !


284:

 顔が良いのはわかった。

 チラシには写真なかったから。


285:

 自分、一押しです。

 ホント、こんな逸材良くぞ隠してたって感じです。

 手足長い。

 頭小さい。

 顔、かわいいしキレイ。


286:

 おちつけ。

 まずはテクニックから報告せよ。


287:

 聞いていたとおり体幹が半端ない。

 空まで突き破りそうなバットマンに、ペアテの迫力。

 ああ、なんで夜の部も買わなかったんだろう。

 まだ空席あったのに。


288:

 あのバランス感覚って、どうやったら身につくのかな。

 息するの忘れてた。

 ハートぶち抜かれた感じ。


289:

 そんなすごいの ?


290:

 見たらわかるさ。

 迷わず逝けよ。


291:

 バレエは総合芸術。

 演技と表現力がなければ評価できない。


292:

 キトリそのものだった。

 バジルとの掛け合い最高。

 お腹抱えて笑った。

 小笠原さん、あんな演技も出来るんだ。


293:

 真面目な役が多かったもんね。

 そうそう。かわいい町娘役がピッタリ。

 表情がまた魅力的。

 拗ねたところとか。

 大人の女っていうより少女。年相応って感じね。


294:

 とにかく元気一杯でかわいらしい。


295:

 ねえ、町娘はともかく、次はドルシネア姫よ。

 大丈夫かな。


296:

 キトリのヴァリエーションは小学生だって踊れる。

 だけど姫はね。


297:

 踊り分けできるのかな。

 心配になってきた。


298:

 あれ、押しの五十嵐さんがキャスティングされなくてふて腐れてたんじゃなかった ?


299:

 それとこれとは別。

 私はバレエ団のファンだもの。

 未熟なボッと出も応援します。

 見せてもらおうか。

 私の五十嵐さんを押しのけた実力とやらを。


300:

 黒い。黒いよ、あんた。


301:

 予鈴がなった。

 席に戻ります。

 しっかり見てきますから、待っててくださいね。



325:

 二幕終わった。

 かわいいは正義 !

 美しいも正義 !


326:

 それしか言えないの ?

 誰か真面目に報告してください。


327:

 い、いま見たことをありのままに話すぜ。

 奇跡だ。奇跡が起きた !


328:

 落ち着いてってば。


329:

 サブいぼ湧いた。

 あれ、同じ子だとは思えない。

 別の人が踊ってるんじゃない ?


330:

 だから早く報告。

 休憩時間二十分しかないんだから。


331:

 はっきり言うと、信じられないことが起こった。


332:

 それはわかったから。


333:

 もうね、キトリが消えてドルシネア姫が現れた。


334:

 ・・・全然わからない。

 二幕にドルシネア姫が出るのは当たり前じゃない。


335:

 つまり言いたいのは、気品あふれる姫君しかいなかった。

 全然、まるっきり別人。

 キトリ引きずる人も少なくないけど、彼女は完璧に踊り分けていた。

 ホールが凄いことになってる。


336:

 キトリ → ドルシネア姫 → キトリ。

 これがびっくりするくらい簡単に切り替えられてた。

 別の人が踊っているって言われたら信じちゃう。

 あの子、本当に舞台経験なかったの ?

 普通の新人公演じゃないわよ、これ。


337:

 次の三幕、楽しみ。

 佐藤キトリ、がんばれ。



350:

 はあぁぁぁっ !

 すごいもの見せてもらった。

 プリマ誕生に立ち会っちゃった。


351:

 マジで涙が止まらない。

 感動なんて言葉じゃ表現できない。


352:

 ・・・もう言い返す気にもなれない。

 でも、聞きたい。

 早く感想を聞かせて。


353:

 おまつり。

 あのハードな三幕を一気に駆け抜けた。

 あれに文句つけられる人がいたらお会いしたい。

 噂だけで批判していた奴ら、恥を知れ。


354:

 確かに実績のない女子高生をいきなり主役にするなんてって思ってたのは事実。

 なにか親とか親戚とかたくさん寄付してたのかなって。

 でもあれを見せつけられたら、ごめんなさい、私が悪うございましたと頭を下げちゃう。

 何度だって下げちゃう。


355:

 話題作りの人寄せパンダって言われてましたよね。

 岸バレエ、ついにとち狂ったかって。


356:

 悔しかった。

 佐藤キトリを恨んだ。

 でも昼の部終わったら、いい意味での話題作りだってわかる。

 これはとっとと表に出したいでしょう。


357:

 はっきり言おう。

 小笠原バジル、挫けるな。

 佐藤キトリに食われてる。


358:

 夜の部に行きます。

 楽しみになってきました。

 バジル、神谷さんでしたね。



 無事に終わった昼の部。

 アルのご家族が来て下さった。

 ちなみに私の両親は出航中でこれなかった。

 急いでお化粧を落として楽な服に着替える。

 バレエの舞台化粧は間近で見るとかなりエグいのだ。

 昔よりは随分シンプルになったと言われるけれど、やはりこの顔を見られるのは恥ずかしい。


「来たぞ、お嬢」

「おじいちゃま先生、お兄様方」


 バレエ公演に墨染と剃髪はかなり異質な存在だ。

 否が応でも目立っている。

 ドキュメンタリー撮影班もしっかりチェック。

 どこかで使えないか考えているのだろう。


「バレエは初めて見たが、面白いものだな。歌舞伎や文楽とはまた違った魅力がある。お嬢の踊り、素晴らしかったぞ」

「ありがとうございます。おじいちゃま先生」

「この年になって新しいものに出会えるとは。お嬢のお陰で儂の世界がまた広がる」

 

 おじいちゃま先生は小さな花かごを置いて帰った。

 道端に咲く花を寄せ植えにしたもの。

 華やかではないけれど、とても可愛らしい。

 きっと今の私にこれ以上ふさわしい花はない。


「サインお願いします」

「写真、いいですか」

「素晴らしかったです。夜もがんばってください」

「応援してます」


 たくさんの人が楽屋にやってきた。

 皆さん褒めて下さるけれど、それにふさわしい踊りだっただろうか。

 夜の部に向けて気を引きしめなければ。

 こんな時、アルに手を繋いでもらえたら。

 ・・・。

 吹っ切ったはずなのに、私はまだアルに依存している。

 バカだな。

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