第259話 あ ~ それ秘密だったのに・・・

 英雄マルウィンとその係累に会いたい。


 謁見の間がざわつく。

 ギルマスが活動していたのは六十年も前だ。

 覚えている人は少ないはずだ。

 今まで会ったギルマスを知っている人は、シジル地区とグランドギルドのギルマスだけだ。

 後はシジル地区のお年寄り。

 地元でも忘れられた人を、北の大陸の人がなんで知っているんだろう。


「英雄マルウィン。随分と懐かしい名前だ。子供の頃、寝物語でよく聞いた」


 面倒くさいので侍従さんの声は省略。


「しかし何故、彼を探す。また四海の王とは何者であるか」

「四海の王とは東西南北の海の司と契約した者。そしてその者がいればこの世は平定されると聞き及びます」

「四海の王か。して英雄マルウィンはどのような関係が ? 」


 エルヒディオ王子の話はこうだ。


 祖父王の時代から北の大陸では大型の魔物が跋扈するようになった。

 その中でも一番危険な魔物。

 屋敷よりも大きく、素早く、一晩で村一つを壊滅させた。

 それを南から来た冒険者が楽々と討伐していったという。

 その後はしばらく平和な時代が続いた。

 だが父王の世代になってから、また大型が増え始めた。

 西の大陸やヴァルル帝国と違い、北の大陸には魔法を使えるものがほとんどいない。

 小さな村はすでにいくつか大型に滅ぼされている。

 人々は王都近くに避難してきている。

 時間は多く残されていない。


「その巨大な魔物を退治したのが英雄マルウィンです。そして歴史書から我らは彼が一番四海の王に近いと判断したのです。彼は今どこにいるのでしょうか」


 あなた方が王都で最初に泊まった家です。


「最後の竜をほふりし者。英雄マルウィンが西の海の司と契約したことは我が国ではよく知られています。そしてかの魔物を倒すことが出来たのはその力を借りたからだと。契約は子に引き継がれることがあるとも伝わっています。我らは彼かその係累に四海の王となってもらいたいのです。そうなれば我が国が救われる可能性もあります」


 あちゃ~。

 顔には出さないけれど、陛下とお父様の目に光がない。

 来るべき大崩壊に向けての避難防衛マニュアル。

 それが出来上がった時点で発表するはずだったのに、予定が大きく狂ってしまった。

 兄様たち、せっかくみことのりの文面を考えていたのに。


「なるほど。委細承知した。残念ながら英雄マルウィンは子供の絵本に出てくるような存在。すでに鬼籍に入っている可能性のほうが高い」


 いえ、生きてます。

 陛下もちょくちょく会ってらっしゃるじゃないですか。

 知ってておっしゃってますね ?


「だがどこかに記録が残っているかもしれぬ。各町村に触れを出そう。時間はかかるかもしれぬが、それまで王城でゆるりと過ごすがよかろう」


 今夜歓迎の夜会を開くことを宣言し、謁見は終わった。

 これで王子一行は帝国の正式な客になる。

 それとともにラーレさんの特別扱いも終わる。

 判ってくれていると良いんだけど。



「王子一行は表の離宮に。あの娘は侍女たちの住まいに移した。今日からは専属侍女は付かないと聞いて驚いていたそうだ」

「うーん、やはりまだ自分が平民だと理解していないようですね。よく教え込むよう通達をだしましょう」


 久しぶりに集まったひきこもり部屋のメンバー。

 ギルマスは来ていない。

 王子一行に会いたくないそうだ。

 なんでかと思っていたけれど、謁見での話で納得が行った。

 若い頃あっちでなにかやらかしたんだな ?


「それで秘密のはずの四方よもの王がバレましたが、陛下、どうなさいますか」

「そうだなあ。君はどう思う ? 」


 いきなり私に話を振られる。


「君が一番四方よもの王に近いからね。彼らの話を聞いてどう感じたかい」


 どうと言われても。

 北の大陸では魔物が増えている。

 これから先さらに増えていくことが考えられる。

 それを防ぐには四海の王を立てること。

 そこで一番有力候補のギルマスを探しにやってきた。


「わざわざ難破する覚悟で来られたのです。北の大陸の被害は甚大なのでしょう。あやふやな伝承でも四海の王に縋るしかないと。気持ちはわかります。でも・・・」


 ひっかかることがある。

 始祖陛下は言った。

 ご自分が亡くなってもその力が帝国を守るように。

 つまり祠の力は始祖陛下の力。

 みんなの力は関係ないということだ。

 では、なぜ四海の王がいれば世の中が平和になると考えのだろう。

 そして彼らは契約と言った。

 四海の王になるためには契約が必要だと思っている。

 これは東雲しののめ桑楡そうゆが否定している。

 

「なんだか、あの人たちは四方よもの王を手段の一つと考えているような気がします」

「単なる『物』と考えているということか」


 そこまでは言わないけれど、それがあれば問題解決くらいの感じ ?

 そしてもう一つ気になるのは。


「私が四方よもの王になったとして、それでおわりでしょうか。四方よもの王になりました。はい、わかりました。帰りますってなるでしょうか」

『気分が悪い』


 ポンッとヒヨコが現れた。

 身内だけの時、東雲しののめはヒヨコ姿で現れることが多い。

 動きやすいし場所を取らないからだそうだ。


『我らは物ではないぞ。ただの虫よけ扱いされてはたまらぬ』

「もちろんよ。あなたたちはお友達よ。それを都合よく使おうなんて・・・あ・・・」


 四方よもの王になれば祠に力を入れることが出来る。

 北と南と絆することができれば。


「・・・ごめんなさい。私もあの人たちと同じだわ」


 彼らは四海の王を手に入れて国を守ろうとしている。

 私は四方よもの王になって国を守ろうとしている。

 二人を物扱いしているのは紛れもない私だ。


「なんて浅ましいのかしら」

『それはちがうぞ、娘』

「いいえ、同じよ。恥ずかしいわ」


 昨日モモちゃんとリンリンと遊んで少し上向きになった心が、また下方修正されてしまう。


「そうやって考え込むのはルーの悪い癖だぞ。手段があれば欲しいと思うのは人間ならあたりまえだ」

『奴らは他人の力を当てにしている。お主は自ら立ち向かおうとしている。その差は大きい。我らのことを知っていながら、なぜ己が王になろうとしないのか。人の手柄を横から持って行こうとするような輩、絆したいとは思わん』


 エイヴァン兄様がお茶請けのお煎餅を小さく砕く。


『む、甘くないクッキーか。面白い』


 魔法の粉と呼ばれる調味料を使った楕円形のスナック菓子は、お母様と皇后陛下のお気に入りなので、『お取り寄せ』して冒険者の袋に常備している。


「でも、北と南の方とも接触出来ていないし、避難計画も完成していないし、みんながちゃんとお仕事しているのに私だけ何も出来ていない」

『お主はそこにいるだけでよい。上に立つ者が動き回るとロクなことがない。周りの者を信じてどっしり構えておけ』


 そう言われればそうなんだけど、あれ ?


「ねえ、この頃桑楡そうゆを見ないんだけど、なにか知らない ? 」

『アレなら北の大陸に行っておる』


 小さな器に入った水を一口飲むと東雲しののめはプルっと羽根を震わせる。


『北の情勢を確かめに行ったのだ。なぜわざわざ王族がやってきたのかとな。先ほど四海の王の話も伝えておいた。しっかり見てくるだろう。あやつらが言うほど酷い状態なのか。鵜呑みには出来ぬからの』

「そう・・・ありがたいけど、いないと寂しいわ」

『我がおろう。桃色ウサギも白黒クマも。じきに戻る。我慢せよ」

「時間ですよ」


 ノックもせずに入ってきたのはお母様と皇后陛下だった。


「さあ、夜会の支度をしますよ。急がないと間に合わないわ」

「もうそんな時間ですか。まだ大分ありますが」

「お風呂に入って磨き上げるのよ。あのピンク頭に格の違いを見せつけてやりらないと」

「娘がまだ小さいから、ドレス選びしたくても出来なかったのよ。今日はあたしのプロデュースよ。ああ、楽しみ ! 」


 両腕を国一番の貴婦人たちに拘束されて、私はあっというまに部屋から連れ出される。

 後を追ってきたアンシアちゃんがお二人以上にやる気を見せている。

 私が解放されたのは、それから三時間も経ってからだった。



 ヴァルル帝国皇帝との謁見が叶った。

 殿下や側近の人たちはやっと一つ使命を終えたとホッとしている。

 私たちは今まで滞在していた部屋から離宮の一つへと移動になった。

 正式な客人なので、それなりの待遇なのだそうだ。

 なのに、私に与えられたのは使用人のフロアの小さな部屋だ。

 朝までは専属侍女がついていたというのに、これからは自分のことは自分でしなければならないらしい。

 離宮担当の侍女から説明を受ける。

 なんだか難しいことを言われたが、一番大切なのはもう王城へは入れないということだ。


「どんなに身分の高い貴族の方でも、王城で召使を連れて歩くことは許されません。あなたは貴族でも側近でもないのだから、殿下がご帰国なさるまでこの離宮の外へ出ることはできません。もちろん王都の視察についていくのはかまいません」


 なんで ?

 宰相家の侍従は王城で自由に動き回ってるじゃない。

 私の文句を侍女は鼻で笑う。

 

「あの方たちは特別です。皇帝陛下から直々のお許しがあるのです。優秀で陛下の覚えめでたい方々と自分を同列には考えないように」

「だって私は書記の仕事があるのに」

「これからは側近の方がされると伺っています。あなたは静かにこの離宮で過ごしてください。もちろん侍女の仕事は手伝ってもらいます」


 そんな。

 じゃあ、私はどうやってのし上がったらいいの。

 こんなところに閉じ込められたら、逃げられない。

 

「迎えに来たよ。夜会の会場に案内する」


 カジマヤー君が離宮にやってきた。

 そうだ。

 彼がいる。

 仲良しになってここから連れ出してもらえばいい。

 会場の大広間についた。

 もう大体の貴族が集まっているのか、かなりの人出だ。

 彼と仲良しだということをアピールするにはいい場面だ。


「カジマヤー君、あのね」


 彼の腕に縋りついた瞬間、私の手はピシリと叩かれた。

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