第242話 春の大夜会の続き

「ご覧になって。ルチア姫よ」

「今日はすみれ色のドレスね。素敵だわ」

「さきほどのカウント王国風のドレスもよかったけれど、やはり我が国のドレスが一番お似合いね」


 陛下の乾杯の合図の後の盛り上がりが治まった頃、私たちは春の大夜会の会場に入っていった。

 いつも通り低位貴族のいる入り口近くでは気配を隠し、伯爵家の皆さんあたりからあちらこちらに笑顔を振りまく。

 目立たない予定が近衛騎士団からの緊急指名依頼での不審者役。

 ついノリノリで受けてしまった。

 悪役らしく髪は縦ロールにし、カウント王国でもらったドレスに黒のローブ。

 楽しかった。

 今はちゃんとエンパイアドレスに着替えている。

 髪はせっかく巻いたので、ドレスにあうようにコンパクトにまとめて肩より上のポニーテール風にしてある。


「久しぶりね、ルチアさん。また綺麗になったかしら」

「恐れ入ります」


 私が皇后陛下のお言葉にお答えすると周りでざわめきが起きる。

 本来両陛下に直答じきとうは許されない。

 これは示し合わせての会話だ。


「アンシアの見習姿を楽しみにしていた者も多いと思うわ。残念だけれど、一人前の侍女になったことは喜ばなければね」

「ありがとうございます。今まで以上に精進いたします」


 アンシアの言葉にさらにざわつく。


「スケルシュもカークスも元気そうね。でも、見知らぬ者がいるけれど、新しい近侍かしら。それならば控室に置いてきなさい。表に出ることは許しません」

「いやですわ、陛下。陛下もご存知よりの者ですのに。冬の間にお忘れですの ? 」

「何の話だ ? 」


 皇帝陛下がさりげなく会話に入ってくる。


「ルチアさんが見慣れぬ近侍を連れているのですわ、お上。王宮内の出入りを許されたのは四人ですのに」

「もちろんあの四人であれば王宮内を自由に歩いてよい。余が直々に許したのだから。だが、そちらの赤髪の侍従よ。そなたは何故ルチア姫について来ている。く召使の控室に戻るが良いぞ」


 陛下が厳しい顔で叱責する。


「ほら、またあの方よ」

「両陛下の覚えめでたいのを良いことにやりたい放題」

「これだからよそ者は」


 私たちがいるのは大広間の真ん中の中位貴族のエリア。

 両陛下は伯爵クラスと寄子である低位貴族のご令嬢に声をかけに来ていた。

 低位のご令嬢がお声がけしていただく最初で最後のチャンスなんだよね。

 私も伯爵家のお友達と再会の挨拶をしている。

 で、先程の声は当然低位貴族方面からの発言だ。

 結構距離はあるのだけれど、私の館内放送魔法でこちらの会話は聞こえているはずだ。

 絶対なにか言われてるはずだから、逆に礼儀知らずを誘き出してしまおうという作戦。

 うまい具合に引っ掛かったな。


「む、姫よ。何故そんなに嬉しそうなのだ ? 」

「ですけれど、陛下。陛下まで屋敷の者と同じようなことを仰せですもの」

「同じことだと ? 」


 私は仕込んでいた侍従さんからリンゴとお魚用ナイフを受け取り、それを黙ってアルに渡す。

 アルはそれを恭しく受け取ると、あの夕食会でのようにきれいな飾り切りを作って見せた。

 周りから驚きの声が上がるとともに、え、まさか、もしかしてという声が聞こえる。


「まあ、まあっ ! あなた、まさか、もしかして ?! 」

「なんと、そなた、カジマヤーかっ ?! 」


 盛大に驚いていただきありがとうございます、陛下。


「ちょっと、リンゴの君が、そんなっ ! 」

「私の癒しがっ ! 」

「美少年が美青年になってしまったわっ ! 」

「ああ、耐えられない・・・」


 あ、数人気絶されてしまった。

 アルって出来る大人の兄様たちと違って、穏やかで前に出ないタイプで人気があったんだよね。

 うちの息子もあんな素直な優しい子だったらよかったのにって。

 ある意味理想の息子タイプだったから。

 

「驚いたわ。男の子はなんと早く成長することでしょう」

「芝居の為に別の侍従を連れてきたと思っていたが、まさかのカジマヤーだったとは。そうか、そなたも今年で十八。いつまでも少年のままではおらぬよな」


 そう、私たちは今年高校三年生。

 大人へまた少し近づいた。

 こちらでは一層の活躍を求められている。

 その為のこのお芝居なのだ。


「皇帝陛下、各国の大使がご挨拶をと」


 お父様が数名の殿方を連れてくる。


「皇帝陛下にはご機嫌麗しく」

「おお、よく来てくれた。今年も貴国との交友を楽しみにしているぞ」


 帝国国民と違い、大使方は他国の代表なので直答じきとうを許されている。

 ほとんどが去年からの方だが、新人さんも見受けられる。


「よい機会だ。この二人を紹介しておこう。来なさい」


 兄様たちが陛下の横に立つ。

 侍従姿の登場に対し閣下たちは一瞬ムッとした表情をする。

 が、即座にそれを隠して不思議そうな顔をしてみせる。


「ルチア姫の近侍ですな。存じておりますとも」

「うむ。こちらが宰相補佐のスケルシュ卿。そして宗秩省そうちつしょう相談がかりのカークス卿だ。姫の近侍としての仕事を優先するため常駐ではないが、どちらも重要な立場を担っている」


 兄様たちが軽く頭を下げる。

 あまり恭しくすると侍従のくせにと侮られる。

 小国の大使であれば立ち位置は同じなのだとわからせる為、軽く『威圧』を使う。

 大使たちは兄様たちがただ者ではないと信じたようだ。


「他の二人とルチア姫を加えた五名が、余の遊撃隊である。ただの貴族令嬢一行となめてかかると痛い目にあうぞ」

「・・・左様でございましたか。スケルシュ卿、カークス卿、どうぞご懇意に」


 侍従に頭を下げるのは嫌だろうに、欠片も見せずに頭を下げる大使たち。

 さすがである。

 ただしカウント王国の大使は別だ。

 この初冬の騒ぎをよく知っている。

 内密に私的にという要請を、国王陛下に無視された上に国家間機密の暴露に三貴婦人の追放と、帝国に負い目があるのだ。

 他国とは違い真摯に頭を下げる。

 うん、そうこなくちゃね。

 さて、ここまでの会話、全て大広間中にある程度聞こえるようにしてある。

 私たちを見る貴族たちの目が少し変わる。

 上位貴族の方々は納得したように。

 低位貴族の皆さんはしまった、やってしまったという陰口組と、昨年の騒ぎを共に乗り越えた人たちでは反応が違う。

 今年も一緒に仕事が出来ることを喜んでくれているようだ。

 

「ゴール男爵閣下、お久しぶりでございます」


 ある程度の交流を終えると、私たちは低位貴族の場に移動する。

 ゴール男爵ご一家は服喪中ではあるが、ぜひにと皇室から促されて参加している。

 まあ、私たちがお願いしたのだけれど。


「すぐにお伺いしたかったのですが、戻りましたのが一昨日で、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」

「そのような。こちらこそ無理なお願いをいたしました。姫自ら母の故郷へ赴いていただいたとか。感謝の言葉もございません」


 ゴール男爵は以前よりさらに一回りほっそりとされ、その立ち居振る舞いは高位貴族と同等になっていた。

 教えを受けたのがあの方なのだから当然だろう。

 だが、たかが男爵程度が高位貴族めかしてと、陰口を叩かれているのも聞いている。

 だからこの会話も周囲によく聞こえるようにしている。


「お母様は間違いなくご両親の元に戻られました。納骨にはわたくしも立ち会いました」

「さようでございますか」

「カウント王国国王陛下は、お母様、ランダール公爵令嬢エールランテ姫の名誉を回復し、救国の一族と公に宣言されました。家名は王子様のどなたかがお継ぎになるそうですわ。きっとこれでお母様もあちらで安心してお休みになられますことでございましょう」


 周りの低位貴族がギョッとする。

 他国の公爵家の係累がいることに驚いているのだろう。

 商人貴族と馬鹿にしていたゴール男爵の出自が、他国の王族だったというのも初耳の人ばかりだと思う。

 だがこれで男爵の立ち居振る舞いが美しいことも納得がいくだろう。

 男爵は商売を信頼できる部下に任せ、これからは貴族としての生活に注力することにしたそうだ。

 聞いた話では長らくの孤児たちへの助力が認められ、数年後には子爵へと陞爵しょうしゃくが決まっているそうだ。

 戦争などの目立った功績ではなく、市井への地味な活動が認められるのは良いことだと思う。

 やはり皇帝陛下は貴族だけでなく、国民全てに御心を向けて下さる。 

 それはこの国の民として誇るべきことではないだろうか。


 ゴール男爵とお話したついでに、我が家の寄子を外されたお嬢さんたちにも声をかける。

 親世代の事は私たちには関係ないこと。

 いつかまた、仲良く出来る日がくることを信じましょう。

 今は雌伏の時ですよ、と励ます。

 こうしておけば彼女たちを無下にする家もないだろう。

 時間は掛かっても、再び我が家の寄子に戻れるという希望があれば、静かに貴族としての矜持を崩すことなく過ごしてくれるはずだ。

 そして皇帝陛下から直属の遊撃隊とご紹介いただいたことで、去年よりは自由に過ごせると思う。

 今年は気楽に過ごせるといいな。

 兄様たちの数字持ちへのチャレンジもあるしね。

 さあ、明日からは冒険者として頑張っちゃうぞっと思ったけど、それは少し甘かったみたい。 

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