第228話 行け 旅に 今こそ

 シジル地区のお祭は楽しかった。

 屋台あり、ゲームあり。

 アンシアちゃんおススメのクレープ屋台。

 なんと私たちが来るまで開店していなかった。


「毎年一番乗りだったからね。絶対姫様を連れてきてくれると信じていたんだよ。姫様がおいでになるまで売り切れないようにしないとってね」


 屋台のおばさんはクレープ生地をグルンとかき回す。


「お嬢様、クレープはご存知ですか」

「ええ、大好き。アンシアちゃんは何が好き ? 」

「りんごジャムが好きです。お嬢様は ? 」


 アルとあちこち行ったけど、クレープ屋さんに行ったことはない。学院祭で食べたのって言えば・・・。


「チョコバナナかしら」

「ちょこばなな ? 」


 あれ、こっちにはないのかな ?

 美味しいんだけどな。


「お嬢様、バナナは故郷近くの国の特産品ですから、こちらの大陸では知られていないのではありませんか ? 」


 ディードリッヒ兄様がさり気なく牽制してくる。

 わかっているだろうが、お取り寄せするなよ。

 余計なことをして目立つなよ。

 わかってますとも、兄様。

 でもね、桑楡そうゆが一緒に歩いているだけで、十分目立ってると思うのよ。


『娘ぇ、助けよっ ! このわらわ共を何とかせよ ! 』


 叫び声で気が付けば、桑楡そうゆが二つ三つくらいの子供たちのおもちゃになっている。

 このくらいの子って犬猫の扱いが乱暴だもんね。

 大人が怖がって近づかないのに、子供たちは平気で桑楡そうゆの羽根を広げたり手を引っ張ったりしている。

 親は止めたいのに怖くて近づけないでいる。


「あらあら、ダメよ、そんなに乱暴に扱っては」

「ネコちゃん、さわる」


 どう見ても猫じゃないんだけどな。


「小さい子には優しくしましょうね。ほら、こんなふうに」


 桑楡そうゆの頭をゆっくり撫でて見せる。


「ここを撫で撫でするのも嬉しいのよ」


 小さい子の手を取って、一緒に喉の下を撫でる。

 桑楡そうゆはゴロゴロと気持ちよさそうな声をたてる。

 

『助かった。我はその辺で休む。子供らは適当に散らせ』


 そういうと桑楡そうゆはフワッと飛び上がると私の周りをクルクル回ってからどこかへ飛んでいった。


「ネコちゃん、行っちゃった」

「追いかけまわしてはダメよ。好きなところに行かせてあげましょうね」


「お嬢様、お待たせしました。一番人気のいちごシャムとあたしのおすすめりんごジャムです」

「まあ、おいしそう ! 」


 お皿に乗ったそれをパクッと一口食べる。


「お嬢様、今椅子をご用意しますから」

「何を言ってるの、アンシアちゃん。屋台の物は立っていただくから美味しいのよ」

「おお、ルチア姫様、よくわかってらっしゃる ! 」


 私たちを取り囲んでいた街の人たちがワッと笑う。


「故郷のお祭にも屋台はありましたもの。小さい頃おこづかいを握って買い食いしたものですわ。ね、カジマヤー君」

「ええ、りんご飴、タコヤキ、やきそば」

「金魚すくいにバクダン」

「お好み焼きと綿菓子と」

「飴細工には見入ってしまったわ。懐かしい。もう、見られないけれど」


 こちらにはない技術。

 あ、でも調べて教えてあげれば、シジル地区の特産になるかしら。

 

「お嬢様、聞いたことのないものばかりで、同じ物はありませんけど、今日は楽しんで下さいね」

「姫様、焼き串はいかがですか。鶏を絞めて塩を振っただけなんですが、美味いですよ」

「まあ、似たようなお料理がありますわ。焼き鳥というのですけれど。ぜひいただきます」


 そうだ。

 ここにある食材であちら現実世界の料理が作れる。

 たしか商業ギルドに登録すれば、マネをすれば罰金と休業になるはずだ。

 シジル地区だからとお断りされるなら、侯爵家の名前で登録すればいい。

 よかった。

 私でもこの街に貢献することができる。

 なんだか力が湧いてきた。

 アンシアちゃんに案内されて、子供たちと一緒に屋台を巡る。

 輪投げやボール投げ、子供たちに「姫様、下手くそー」って笑われたり褒められたり。

 いつの間にか桑楡そうゆが戻って来て、あちこちの屋台でご馳走してもらっている。

 お代をお支払いしようとしたら断られたけど、正当な報酬は受け取らなくてはいけないと押し付けた。

 王都に来てこんなに楽しいって、第四騎士団への仕返しを抜いたら初めてかもしれない。


「お嬢様 ! 」


 振り向くとしーちゃん、いえ、東雲しののめを肩に乗せたエイヴァン兄様が走り寄ってきた。


「出し物の出演者がケガをしまして、一つあいてしまうそうです」

「空いてしまうとは ? 」

「お方様がお嬢様が代わりに踊ると仰られております」


 は ?


わたくしが踊るのですか ? 」

「はい。ピアノが持ち出されておりまして、あちらこちらにお嬢様が踊るので集まるようにと」


 お母様、何をなさっているのかしら。

 エイヴァン兄様に促されて、広場に設えられたステージに向かう。


「お母様、何があったのですか」

「あら、ルチアちゃん。人気の出し物の子が足を挫いてしまったの。代わりに踊ってちょうだい。みんな楽しみにしているから」


 扇子をヒラヒラさせてお母様が言う。


「あの、なにを踊りましょう」

「今日のレッスンは済ませているのでしょう ? にぎやかしなら瀕死以外で。カジマヤー、弾けるかしら」


 アルがピアノを軽く確認する。

 ステージの隅のカーテンで囲われたスペースで、お着換え魔法で舞台衣装に着替える。

 最初は何がいいかな。

 まずエスメラルダ。

 いや、キトリがいいかな。

 後はコンクールでよく踊られる演目で。

 アルとはこれが踊れるとかあちら現実世界で話していたから大丈夫みたい。


「皆さん、集まって下さいな。わたくしの娘が踊ります。どうぞご覧になって下さいな」


 お母様が集まってくる人たちに言う。


「おひめさま、おどるの ? 」

「ええ、見ていてちょうだいね」


 広場に人が集まってくる。

 ギルマスがいる。

 ご老人たちがその周りにいる。

 アルに目で合図をして、扇子を手に曲か始まるのを待った。



 そのシーズンはあっという間に過ぎた。

 西のお方との合同訓練や、アンシアちゃんとエルフの皆さんで詠唱魔法の効率化の研究。

 アンシアちゃんの魔力はエルフの方々と比べても多い方らしく、使わないのはもったいないとお説教されていた。

 兄様たちの王宮での仕事も順調で、宗秩省そうちつしょうで働くディードリッヒ兄様は『公爵夫人派』の処分をとっとと決めてしまった。

 結果は来年の春の大夜会が終わるまでの蟄居。

 家に籠って出てくるなということだ。

 なぜこのような厳しい処分になったのか。

 それは彼女たち一人一人の言行禄つきで保護者に報告された。

 それを読んだ親族はやむなしと、再教育を誓ったという。

 この報告書は宗秩省そうちつしょうに保管されるので、婚約話が出た時に相手からの依頼があれば開示される。

 その結果どうなるかは、相手の心がどれだけ広いかにかかっているだろう。


 西の方々は秋風が吹く前にお帰りになった。

 例年よりも実りがあったと喜んでいただけた。

 必ずまたお会いしましょうと約束してお見送りした。

 そして仕舞いの大夜会が終わると、領地をもつ貴族たちはそれぞれの郷に戻って行く。

 その少し前、私はご老公様に呼ばれた。


「何か御用でしょうか、ご老公様」

「やれやれ、まだおじい様と呼んではくれぬか」

「自業自得と言うんですよ、それは」


 仕方ないのうと、ご老公様が宝石箱と俗に呼ばれる箱を出してきた。


「それは ? 」

「妻の遺品じゃ」


 蓋を開けて中を見せて下さる。

 そこには以前見せていただいた奥様の細密画ミニアチュール、硝子に閉じ込められた一房の髪、そして小さな筒が入っている。


「これをカウント王国の国王に届けてもらいたいのじゃ」


 ご老公様は蓋を閉じると箱を横におく。


「儂もそろそろ老い支度を済まさせねばならんでのう。心残りは少ない方が良い。妻を故郷に返してやりたい」

「・・・承知いたしました。大夜会の後に出発いたします」


 約束通り大夜会の数日後、私たちは屋敷を後にした


「お気をつけておいでくださいませ」

「春にお帰りになるのを楽しみにしております」

「道中ご無事で」


 早朝だというのに屋敷の皆さんが見送ってくれる。

 門の前でも騎士団の皆さんが並んでいる。

 今回は護衛はつかない。

 私たち五人での旅だ。

 大きくなりすぎたリンリンちゃんはお留守番。

 寂しそうにしているけれど、春まで皆さんに可愛がってもらおう。


 シジル地区の門をくぐり広場へと進む。

 アンシアちゃん家族とシジル地区のギルマスさんが待っている。

 シジル地区の冒険者ギルドは正式にグランドギルドの承認を受け、冒険者たちはグランドギルドで祠修理の説明などを行っている。

 春を待たずに人材が育ちそうだと喜んでいる。


「祠の管理はお庭番がやっていたんですが、やはり別の仕事をしながらというと手が足らないということで、十六年ほど前からこちらで専門で引き受けていたんですよ」


 打ち合わせの時にそう教えてもらった。

 清酒を卸していたのはお父様だった。

 ヒルデブランドでしか作られていないから当たり前か、

 お祭の時に『宰相閣下の振る舞い酒』って配られていた。

 それとシジル地区から王都の外への出入り口。

 王家の秘密の通路だそうだ。

 そこに冒険者ギルドを作って見つからないよう出入りしていたとか。

 謎もわかってしまえばそんな物なんだろう。


「そうそう、こちらをお受け取り下さいな」


 エイヴァン兄様に目配せすると、兄様が冒険者の袋から分厚い本を数冊ドンっとギルマスさんに渡す。

 よろけたところを慌てててサブギルマスさんが半分引き受ける。


「春にお渡しした本、とても喜んでいただけたと聞いています。こちらはその続きです。楽しんでいただければ嬉しいですわ」

「そ、それは、有難く頂戴いたします」


 ギルマスさんがパッと顔を輝かせる。

 アンシアちゃんが中毒患者の一人だと言っていたのは本当らしい。


「それでは皆さん、春までお元気で」

「おひめさま、またきてね」

「そーゆ、あそぼうね」


 馬車の窓から集まってくれた皆さんに手を振る。

 街の人たちの歓声に送られて私たちは王都を後にした。


「やあ、来たね」


 王都の南。

 ヒルデブランドとは反対側に伸びている道の端にその人が立っていた。


「ギルマス、お待たせしました」

 

 馬車を降りた私たちは冒険者姿に変身する。

 近くの木に馬が四頭繋がれている。

 兄様たちが馬車から馬を外して鞍をつける。


「えーと馬車どうしますか。乗って来てもいいって仰ってましたけど」

「そうだね。こうするのさ」


 ギルマスが馬車に手を伸ばす。

 すると馬車はパッと姿を消した。


「わっ、なんですかっ、今の ! 」

「君も持っているだろう、冒険者の袋。そこに収納しただけだよ」


 収納しただけって、ギルマスの袋はどれだけ大きいんだろう。

 確かクラスが上がればそれなりに容量が増えるって聞いているけれど。


「さすが無量大数。底がしれない」

「俺たちはあそこまで行けるだろうか」


 兄様たちがブツブツと呟いている。


「さすがにラノベみたいに家や風呂は持ってきていないよ。普通に野宿するからね」


 ギルマスがヒラリと馬に跨る。

 私たちもそれに続く。

 モモちゃんは私の前。

 しーちゃん、いけない、ちゃんと呼ぶって決めたんだっけ。

 東雲しののめは安定のエイヴァン兄様の肩の上にいる。

 桑楡そうゆはフワフワとその辺りを飛んでいる。


「さあ、支度が出来たら行こうか。『ルーと素敵な仲間たち ( 仮 ) 』」


 ギルマスの馬が歩き出す。

 兄様たちがそれに続く。


「ルー、行こう」

「うん、アル。行きましょう」


 大陸の西の彼方。

 はるかカウント王国に向かって、私たちは馬を進めた。


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これにて『王都 オーケン・アロンの陰謀 ? 』は終了です。

この後カウント王国での出来事とかルーのイギリス留学のお話の後で最終章になります。

眼底出血のせいで更新が遅れます事お許しください。

お読みいただきありがとうございました。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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