第192話 私、色々と考えてみる
いつものひきこもり部屋。
「かなり容疑者が絞られてきましたね」
机の上に並べられたリスト。
私とディードリッヒ兄様が罹った呪いの大元。
あまりに膨大な人数に心が折れかかったが、今は三分の一程度になっている。
「これも陛下がお庭番を動かすことをお許しくださったからです。我々だけではこうはいきません」
「いや、ダルヴィマール騎士団が丁寧な名簿を作ってくれていたからだよ。聞きこみだけでよくあれだけ調べたね」
そうなのだ。
私が解呪された日、呪いの塊は二つに分かれていった。
片方はエリアデル公爵邸に入って行くのを、張り込みの騎士様が目撃した。
ただ、もう片方は漠然とした方向だけしかわからず、誰が犯人かわからずにいた。
その日から社交界に出なくなった人を中心に探りを入れていたが、社交自粛週間に突入したのと、基本貴族は健康状態を公にしないので捜査が難航していた。
「ペラペラしゃべるのは低位貴族の召使ばかり。高位貴族の内情は聞きこみだけではどうしても限りがある。優秀なお庭番がいて助かりました」
ディードリッヒ兄様から出た塊の片方は、貴族街の低位貴族が多く住むエリアに向かった。
その中から翌日までに確実に全員健康である家を外し、体調不良の家族のいる家、動向の掴めない家族のいる家などがリストに残された。
「それでもまだ二桁か。先は長いね」
「まったくです。しかしここまできましたから、もうひと頑張りというところでしょうか」
ラノベだとあっと言う間に黒幕を突き止めて盛り上がっておしまいなのだが、さすがに
しかもこちらには防犯カメラなんて物はないし、情報屋なんていう人もいない。
「陛下には我が家の騒ぎに手を貸していただき、どれだけ有難く思いあげておりますことか」
「君と私の仲じゃないか。それにこれはもうダルヴィマール侯爵家だけの問題ではないよ。他大陸の者を巻き込んでしまった。そろそろ誰を怒らせているかわからせてもいいんじゃないかい ?」
頭を下げるお父様に気にするなと皇帝陛下がヒラヒラと手をふる。
「にしても、なんとも判断に困る事案だね。組織立っているのに、やり方が幼稚。その割に使うのは呪いやら従属魔法やらの禁忌のもの。そんな手が使えるなら、とっくの昔にこの国を乗っ取れるだろうに。何がしたいのかさっぱりわからない」
何か見落としているのではないか。
それとも明後日の方向に目をむけているのか。
相手の望みがなんなのか。
それがわかればもう少し対処の方法があるというのに。
「それはそうと、昨日
唐突な陛下のお言葉に私はポカンとしてしまう。
ハッとして兄様たちを見ると、やはり今初めて聞いたという顔をしている。
顔色を変えないところを見ると、お父様はご存知なのだろう。
宰相だから知っていて当然か。
「当たり前だろう。呪いだか魔法だかに罹っているかもしれない高官を放置できるものか。奥方誘拐で心身ともに疲れてしまって倒れたことにした」
皇帝陛下、お仕事早いです。
「君が遅いんだよ。調査なんて時間がかかって当然だけれど、出来ることはとっととやってしまわないと。索敵魔法なんて素敵なものが使えるんだから、どんどん敵意のある人間を見つけたらいいんだ。手っ取り早いだろう」
わかってるんだけど、わかってはいるんだけどね。
仲良しだと思っていた友達に陰で酷いこと言われてたことのある人間としては、同じ経験をもう一度するかもしれないと思うと二の足踏んでしまう。
自分でも甘いって思うんだけれど。
「私って、面倒くさい人間かな」
「うん、かなりね」
独り言を聞き逃さなかった皇帝陛下の言葉が、グサッグサッと心に突き刺さる。
「悪いことは言わないから、出来るだけ早くやりなさい。それだけ騎士団やお庭番、君の仲間の負担と危険が減るんだ。この部屋では命令するつもりはないけれど、あまり長引くなら正式に命令書を出すよ」
陛下はやっぱり陛下だ。
懐が深くお優しい。
だけど国と国民が一番というところはお譲りにならない。
だから、ご自分の国民を危険に陥れる存在は許さないし、それを炙り出す手段を持っていながら使おうとしない私のことは面白くないと感じておいでだろう。
私はこの国の国民になったのだから、陛下の御意志には従わなければならない
それは十分理解しているつもりだ。
それでも躊躇してしまうのは、多分私がまだ
でもお父様やお母様、アンシアちゃんはそうじゃない。
一連の騒ぎに巻き込まれて命を落とすことだってあり得る。
それでもいいの、私 ?
戸惑っている間にそんなことになっていいの ?
悠長にお姫様ごっこをやっている場合じゃない。
わかっているのに一歩が踏み出せない。
自分が傷つかないために。
私は、馬鹿な子供だ。
◎
なんて悩んで自分に苛ついていたら、
他校の先生に思いっきり喧嘩をふっかけてしまったのだ。
それは伸び伸びになっていた短期留学の選考面接。
三人の枠に十人が候補として選ばれている。
面接は個別に行われたのだが、先に入った生徒の様子がおかしい。
涙ぐんでいたり、顔を真っ赤にしたりして出てくるのだ。
「佐藤さん、どうぞ」
「はい」
六番目に呼ばれた私は膝を折って挨拶し、指定された椅子に座る。
面接は英語の先生と英会話のアメリカ人の先生。
そしてもう一人、構内では見たことのない外国人がいた。
襟首の伸びたピタピタTシャツを着たむさくるしい男だ。
無精ひげが見苦しい。
「こちらは短期留学でお世話になる学校の先生です。この方の質問に答えて下さい」
は ?
ちょっと待って。
今年の留学先はイギリスだよ。
この七十年代からきたヤンキーみたいなのが留学先の先生 ?
この暑いのにスリーピース着たアメリカ人の先生の方が、よっぽどジェントルマンに見えるんですが。
国籍、偽ってない ?
『やあ、よろしくね、お嬢ちゃん』
ヘラヘラと話しかけてくるヤンキー。
イギリス人だけどヤンキーでいいや。
質疑応答はサクサク進む。
まずは家族の事、趣味の事。
そんな感じで進んでいったのに、いつからか変な方向に質問が変わる。
彼氏はいるのか。
デートはどこに行くか。
キスしたことがあるか。
体の関係があるか。
私が呆然として答えられないでいると、
『あれ、答えられないってことは経験があるのかな ? それとも僕の言っていることが聞き取れないのかな ?』
ああ、そうか。
これがみんなの態度がおかしかった原因か。
つまり煽ってるってことね。
なるほど。
わかった。
よろしい。
では戦争だ。
エイヴァン兄様、御降臨下さい。
「 ???????? 」
教室にきれいな音が響き渡った。
私はこのヤンキーの左頬に気持ちのよい一発をお見舞いした。
そんな目にあうと思わなかっただろうヤンキーは、張り倒された勢いで飛んでいく。
「短期留学を辞退いたします !」
先生方が目を丸くしている。
『このような下品な会話がまかり通る学校では、学ぶことなど一つもございません。私は今ある環境で己を高めていきとうございます』
ヤンキーは立ち上がると机をまたいで私の手を掴む。
それをクルッと引き剥がして床に転がす。
立ち上がろうとするヤンキーの胸をグッと右足で踏みつける。
ああ、なんで今ヒールのある靴を履いていないのだろう。
上履きのバレーシューズでは破壊力が半減だ。
ここで『威圧』を使う。
アルは
だから、私の出来る最大級をヤンキーにぶつける。
『女性の体に許可なく触れるとは、どのような躾をされてきたのでございましょうね。一度お家に帰ってお母様から色々ご指導いただいた方がよろしゅうございますよ』
ヤンキーの顔が瞬く間に白くなる。
「それではお時間いただきありがとうございました。ごめん遊ばせ」
ニッコリ笑って膝を折る。
そのまま私は家路についたのだった。
◎
停学になるかもしれない。
海の向こうからわざわざ来日した他校の先生を、張り手かましたうえに転がして踏みつけたんだもん。
いや、もしかしたら退学かも。
とにかく私の留学はなくなった。
帰る前に残った四人に酷いことを聞かれるかもしれないけれど、無視して回答拒否したらいいとアドバイスしておいた。
ああ、明日登校するのが怖い。
「ルー ? 具合でも悪いの ?」
アルが心配そうに聞いてくる。
「さっきからずっと百面相しているよ」
「う、ん。なんでもない。ありがとう」
今日は久しぶりの冒険者稼業だった。
このところ増えた大型魔物を一頭狩ってきた。
アンシアちゃんがいないから四人での討伐だったけど、連携も悪くなかったはずだ。
もう誰も驚かなくなったから、大通りを堂々と獲物を浮かせながら歩く。
頭の上にはモモちゃん。
大熊猫のリンリンが成長したので、パーティに復帰した。
もうモモちゃんが傍にいなくても大丈夫らしい。
しーちゃんと
あの二匹はルチア姫とセットだから、冒険者している時は一緒にいるわけにはいかないのだ。
「あーなんかムシャクシャするっ !」
勢いで索敵魔法を展開する。
全方位は面倒なので前方の人たちだけにして、赤いマーカーの人たちをサクサクと盗撮していく。
これだと敵と、ただ怖がってる人と、冒険者を下に見ている人の区別がつかない。
やる以前の問題として、索敵魔法はザルだ。
区別がつくよう改良しようと決意した。
やる事ってけっこう一杯あるよ。
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