第191話 この子どこの子 かわいい子

 昨日の今日だが、お父様と朝議に出席する。

 昨日の宗秩省そうちつしょう呼び出しについて抗議するためだ。

 とは言ってもあの総裁は朝議には出席しない。

 他の省庁とナアナアにならない為だそうだ。

 ちゃんと来ていたなら昨日の内に邪悪なドラゴンの子供とやらに会ってたはずなのにね。

 今日の桑楡そうゆは首に真っ赤な天鵞絨ビロードのリボンを結んでいる。

 可愛らしさと無害さをアピールできるようにと、侍女長のメラニアさんが選んでくれた。

 真っ白な桑楡そうゆにとてもよく似合う。

 メラニアさん、グッジョブ !

 

「それはおかしい。彼はそんな人間ではない」


 昨日の呼び出しについて最初に疑問を呈したのは今上陛下だった。


「彼はどんな些細なことにもあらゆる手段を使って、誰も口を挟むことが出来ない実証をもって事に当たる男だ。たった一枚の瓦版で呼び出しなどありえない」


 それは私たちも思っていた。

 おかしい

 以前お会いした時と雰囲気がまるで違っていた。

 あんなに攻撃的ではなかった。

 一体何があったのだろう。 

 あれやこれやありすぎて、ただの女子高生の頭ではフル回転してもとても正解にたどり着けない。

 人生経験も洞察力も、基本的に引き出しが少ないうえに中身が足りない。


「歯がゆい・・・」


 つい俯いてしまう。

 貴婦人ならいつも顔を上げていなくてはいけないのに。

 もっと強くなりたい。

 もっと器を満たしたい。

 もっと考える力が欲しい。


「失礼いたします。王宮魔法師団の団長が到着いたしました」

「入れ」


 王宮侍従に案内されて入ってきたのは、おじいちゃま先生と同じ年頃のもじゃもじゃ頭の男性だった。


「お呼びと伺いましたが、いかなるご用でございましょうか」


 金の縁取りのある黒いローブ姿の老人は陛下に頭を下げる。


「よい。顔を上げよ、エテルヴォルド卿」


 用意された椅子に座る魔法師団の団長様。

 陛下のお声を待つ。


「問うが、従魔契約についてはどれくらいわかっておるのか」

「珍しいことをお訊ねになる。まず、従魔契約というものは存在いたしません」

「ほう ?」


 オホンと咳をして団長様は続ける。


「基本、従魔にするというのは魔物の心を無理矢理こちらに向けるということです。対等な立場での契約ではなく、一方的な従属魔法でございます」


 どういう事だと部屋の中がざわざわする。

 元々は家畜を扱う魔法だったが、いつからか魔物や犬、猫などを懐かせるために使われるようになったと団長様は説明してくれる。


「禁忌とされるのは、一部の者が人間に対して使い始めたからでございます。特に男女関係が多かったそうでございますが、同じように政敵を標的にする者もいたと聞き及んでおります」

「相手の意思を自分に都合の良いように変えたと言うことか」

「左様でございます。また身近な者を暗殺者に仕立て上げたこともあったそうでございます」


 頭の中でピンっと何かが鳴った。

 エイヴァン兄様の合図だ。


『ルー、聞こえるか、ルー』

『はい、兄様。聞こえてます』

『索敵しろ。この部屋の中と扉の外の警備だけでいい』


 私は頭の中でこの付近の図面を広げる。

 親指と人差し指でこの部屋を広げるイメージをする。

 そして索敵魔法。

 部屋の中に青い点が広がった。

 敵である赤い点はない。


『大丈夫です、兄様。オールクリア。この部屋とドアの外には敵はいません』

『では安心して桑楡そうゆを出せるな』


 陛下への団長様の説明は終わったようだ。


「つまり今現在でその魔法を使うことが出来る者はいないということだな」

「魔法との相性もございますが、それなりの魔法量が必要でございます。使えるだけの魔力を持つ者は我が団にはおりません。昨年の王立魔法学園の主席卒業者であればあるいは、とは思いますが」


 アンシアちゃん、天才って言われてたもんね。

 振り返ると、絶対やらないと凄い勢いで首を横に振っている主席卒業者ご本人がいた。

 団長様は記録として残してはいるが、閲覧権限を持つのは団長様と副団長様の二人だけだと言う。

 多分他国でも同様だろうと。


「それで、そなたには従魔、心を操られている者がわかるか」

「それはなんとも。人の身ではせいぜい魔力が自然に流れているかどうか位でございますな」


 陛下がチラッと私の方をご覧になる。


「実は今、違法に従魔を持ったと疑われている者がいる。事実か否か、確かめる必要があるのだ」

「ほう、それはどなたでございましょうか」


 陛下がトントンと指でテーブルを叩く。

 ここに桑楡そうゆを出せとの仰せなのだ。


「エテルヴォルド卿、これから見るものは口外無用だ。口を閉ざせ」

「承知つかまつりました」


 団長様が恭しく頭を下げる。

 トップの皆さんの視線が痛い。

 アンシアちゃんから籠を受け取り、蓋を開ける。

 まずはしーちゃんが飛び出てくる。


「ヒヨコ ?」


 団長様が拍子抜けした顔をする。

 が、しーちゃんを見ている顔が強張って行く。


「これは・・・なんという・・・」

「すまんが、しーちゃんのことではない」

『吾はおまけかっ ! 皇帝までもがしーちゃん呼ばわりかっ !』


 しーちゃんが怒ったように羽をパタパタさせて走り回る。


「出てらっしゃい」 

「ミャウ」


 籠の中から小竜が私を見上げて、首だけ出して頬をペロリと舐める。

 その可愛らしさに思わず笑顔になる。


「団長様、わたくしの新しい家族の桑楡そうゆです」


 小竜をテーブルの上に出す。

 アンシアちゃんが籠を受け取り後ろに下がる。

 王宮魔法師団の団長様が固まった。



「急な呼び出し、すまない。アマドール殿」

「お呼びとあらば何処いずこへでも。皇帝陛下」


 友好団のエルフ族代表アマドール様が来られた。

 魔法師団の団長様が、エルフのお方であれば確実だとお呼びしたのだ。

 エルフ族というのは魔力の流れを見ることができるそうだ。

 私は自分の魔力を感じることは出来るけれど、見ることは出来ない。


「心を操られている魔物かどうかの判定ということでございましたが、早速お見せいただいてもよろしゅうございますか」

桑楡そうゆ、いらっしゃい」


 部屋の片隅でゴロゴロしている小竜を呼ぶ。

 桑楡そうゆはパタパタと小走りにやってきて、フワッと飛び上がると会議机に舞い降りた。


「昨日から我らの癒しになっている竜だ。従魔の疑いがかけられている。どうだろうか」


 魔法師団の団長様同様、エルフのお方が固まる。

 白い綺麗なお顔がさらに白くなっている。


「アマドール殿 ?」

「し、失礼いたしました。で、では拝見いたします」


 アマドール様が私と桑楡そうゆをじっと見る。

 何かしているのだろうけれど、私には何をしているのかわからない。

 しばらくしてホウッと大きく息を吐き深呼吸された。


「従属はありませんね。間違いなく自由な竜です。立派な、珍しい竜です」

 

 アマドール様は桑楡そうゆに深々と頭を下げる。


「たとえ幼くとも竜は竜。我らは頭を下げねばなりません」


 ごめん。

 かわいいかわいいしてた。


 桑楡そうゆがミャアミャアとクッキーをねだる。

 何故かお偉いさんたちが皆クッキーを持っている。

 しーちゃんがそのおこぼれをついばんでいる。


「他人の魔力を断りなく見るのは失礼極まりないこと。お許しいただいて拝見しましたが、ルチア姫はたぐいまれなる魔力の持ち主でいらっしゃる。魔力量はもちろん、自由で楽しく、とても優しく温かい。竜が懐くわけです。傍にいるだけで癒されるのでしょう」

「恐れ入ります。けれどそんなご大層な人間ではございませんわ」


 手放しの称賛に恥ずかしくて扇子で顔を隠す。

 その様子を陛下とお父様が面白そうに見ているのがわかる。


「ぜひ一度我が大陸にお越しいただきたい。魔法の発展に必ずよい実りをもたらすことでしょう。そしてこの小さな竜に会いたいと思う同胞も」

「機会がございましたら、ぜひ」


 リップサービスにはリップサービスでお返しする。

 とにかくこれで桑楡そうゆの従魔の疑いは晴れたわけだ。

 では、次に出てくるのは宗秩省そうちつしょう総裁の変化だ。


「先ほど言われた総裁閣下のお話ですが、お会いすればどのような状態かはわかります。ですが、繰り返し申し上げます。ご本人の許可なく魔力を見るのは、よほどのことがない限り致しかねます」

「無理と申すか」


 皇帝陛下の言葉にアマドール様が困ったような顔をされる。


「出来る出来ないの問題ではないのです。挨拶をしなければならないという決まりはございません。それと同じでございます。礼儀に反する行いと言えましょう」


 要するに他人の乗ってる体重計を後ろから覗き見るくらいしてはいけないことなのだろう。

 さすがにそれは無理強いできない。

 私だってしたくないし、されたくないし。  

 その後、この竜の子供がなぜ現れたかと言う話になったが、エルフのお方からは詮索しないほうが良いと言われた。


「古来から竜は必要な時に必要とされる場所に現れると言われております。今はあれこれ考えるより、敵対せず仲良く過ごすことをお勧めします」


 ちなみにこちらで討伐された最後の竜って、実は超大型の爬虫類だったと教えてもらった。

 随分と昔のことだから、間違って伝わったんじゃないかとのことだった。

 さすが長生きする種族は違う。

 そしてお歴々を交えて桑楡そうゆの扱いをどうするかを熱く語り合った。



 翌日、王宮に出入りを許されている瓦版工房の記事は桑楡そうゆ一色だった。


『西の大陸から皇帝陛下へ献上された竜が逃げ出した。ダルヴィマール侯爵家の敷地で保護されたが、侯爵令嬢ルチア姫に懐き離れようとしない。引き離すのも不憫との皇帝陛下の思し召しで、今後はルチア姫が育てることになった。街で見かけても怯えない様に』


 同じ内容を貴族街と城下町で、朝昼晩と伝令官が通告する。

 色々話し合ったけど、変に隠すよりも堂々と連れ歩いたほうがいいだろうということになったのだ。

 飼い主がルチア姫だから、それでみんな納得するだろうと。

 桑楡そうゆは晴れて私の竜になったのだけれど、なぜ私だと納得するんだろう。

 なんか一言もの申したいのだけれど。

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