第188話 西のお方にはこれで納得していただいて
エリアデル公爵夫人が拘束された。
寝耳に水と言うか、青天の
「エリアデル公爵夫人というと
獣人のお方が訊ねる。
「私たちが聞いていたのは、貴族の秩序を守るご主人を手伝って、問題の令嬢に苦言を呈する賢夫人ということです」
問題の令嬢。
私なんだけどね。
「苦言と言うか苦言と言えないこともないと言うか」
彼女に言われたあれこれを思い出すと心が痛い。
だけど、『公爵夫人派』のお嬢さんたちからはもっと酷いことを言われてるし。
むしろ今はそっちのほうがきつい。
私はいじめられっ子だった小学生時代のあれやこれやにまだ縛られている。
兄様たちやアルが勇気をくれるから、ね。
「公爵夫人にくっついているうちに、彼女たちも多少の呪いの影響を受けていると考えてもいいと思う。すでに
「総裁閣下はご自分の奥様を捕えてどうなさるおつもりでしょうか」
ディードリッヒ兄様がギルマスに聞く。
「いや、夫人を捕えたのは第五騎士団だ。今月の王都警備担当だよ」
「王都 ? 王宮警備ではないんですか」
そうだよとギルマスが頷く。
「彼女の罪名は誘拐と成りすましだ。本物の公爵夫人を攫って入れ替わったとされている」
「偽物ですか」
「昨夜のうちに貴人塔に侍女とともに収監された。自分が公爵夫人だと言い張っているから、何かしらの魔法か暗示が使われたのではないかと疑われているよ」
今わかっているのはこれだけだとギルマスは閉める。
「よろしいのでしょうか。部外者の我々にそこまで教えても」
「あなたたちは無関係なのに巻き込まれ利用された。ならば何があったのかを知る権利がある。そうだね、みんな ?」
ギルマスの言葉に全員頷く。
利用されてポイっなんて、とんでもない。
片棒を担がされたなら、もう片方を担いでいた人たちのことは知りたいよね。
「ただ、
西のお方は不思議な顔をする。
「彼らが元は冒険者であったのはどなたもご存知ですが、今も冒険者をしていることは屋敷の者もしりません。屋敷内や王宮に内通者がいたとしたら、そこからこちらの動きがわかってしまうかもしれません。どうぞご内密に」
「承知いたしました。この件について口にいたしますまい」
兄様たちが侍従姿に戻る。
西のエルフのお方がホウッとため息をつく。
「素晴らしい。エルフの古老も無詠唱魔法を操りますが、何かしらの言葉が必要です。声もなく一瞬で発動させるとは。ぜひその方法を教えていただきたいものです」
「いや、それは無理・・・」
「原理が解っていればお教えすることもできますが、魔法とはこういうものと思って使っていますから、これをどうお教えすればよいかわからないのです」
エルフのお方がめちゃくちゃガッカリして肩を落とした。
残念だけどこればかりはどうしようもないのだ。
わかっていればまずアンシアちゃんに教えている。
「あのっ、俺っ、マルウィン殿に稽古をつけて欲しいです。親父から素晴らしい腕だったと聞いていて」
「あー、それも無理かな」
昔、後進育成に力を入れすぎて、業務が疎かになったギルマスが多かったそうだ。負担は当然サブギルマスにかかって、ギルマスに昇格する前に体や心を壊して退職する者続出。
「以来ギルドマスターは対番と係累以外を相手にしてはいけない決まりなんだ。申し訳ないね」
ヒディオンさんがこれまたガックリする。
お詫びになんでもと言った手前、お断りばかりでは申し訳ない。
「あの、直接ギルマスがお稽古をつけることは出来ませんが、かわりにスケルシュさんではいかがでしょうか。それとギルマスの訓練を見学していただくのは ? 見取り稽古でも十分お勉強になるかと」
「そうだね。それでいいかな ?」
獣人の若様の顔が引きつっている。
「おや、私ではご不満ですか ?」
「と、とんでもないっ ! ぜひご指導賜りますようお願い申し上げますっ !」
エイヴァン兄様がニッコリ笑うと、ヒディオンさんは即座に起立して頭を下げる。
昨日どんなお世話をしたんだろう、兄様は。
◎
西の方々が帰られて、残った私たちはお茶を淹れ直して一息つく。
「エリアデル公爵夫人ですが、本当に偽物だったのですか ?」
「いや、本人だよ。私も面通しをさせてもらったが、間違いない」
ただ何度も呪い返しを受けて、魂レベルで疲弊しきっているという。
「ギルマスはそういうものを見ることが出来るのですか」
「現役の時はできなかったよ。ギルド職員になって、たくさんの冒険者たちを観察するようになってからなんとなく見えるようになった。ただこれほどはっきり見えたのは初めてだよ。今まではなんとなく疲れているようだとか、幸せそうだとか、そんなレベルだったからね」
日本人ならわかるだろう。
いや、わかりませんから、ギルマス。
現役引退してから天眼開いちゃうって、ある意味すごいんですが。
「まず、なぜ成りすましの別人としたか。これは皇帝陛下の思し召しだよ」
以前にもその力を使って犯罪行為で財力を蓄えた者もいるという。
よってその地位に着いた人は爵位と身分を放棄し,清廉潔白、公平な立場を保たなければならない。
「総裁夫人が問題を起こしたとなると、当然夫である総裁は辞任。だが、今の貴族社会には現総裁の代わりが出来る人材がいないんだ」
「こんなに大勢の方がいるのに ?」
「それだけの事が出来る人物はどうしても見つからない。後数十年すれば宰相を辞した後で御前が引き受けられるかもしれないが。だから陛下におかせられては、ここは入れ替わった別人が行ったことということで収めたいとの仰せだよ。実際夫人は利用されただけだからね」
夫人は専属の侍女と共に塔にいることになっているが、実際は違う。
選りすぐりの王宮侍女が世話をし、専属侍女は別の場所に押し込められ接触が出来ないようにしている。
「グレイス公爵夫人が総裁に渡した聖水が、いつの間にかただの水にすり替えられていた。そして半年もかけて呪いの種を植え付けられるのは誰か。いつも傍にいる侍女しか思い浮かばなかったと総帥が言っていた。だから専属の三名を引きはがした」
「その三名の出自は・・・」
「調査中だよ。ただ年齢も雇われた時期もバラバラ。どこに共通点があるやら。お庭番が動いているが、今日明日ではわからないだろうね」
ギルマスはテーブルの上の紙の束をパラパラとめくる。
「しかし、良くこれだけの写真を集めたね。時間がかかったろう」
「はい。兄様たちが写真魔法を覚えてくれたから何とかなりました。私一人では無理でした」
それはゴール男爵のあの侍従をはじめとする彼らのアジトに集まっている者たちの顔写真。
公開記者会見の後、少しずつ集めてきた。
そして今日、西の方々に確かめたところ、帝国からの迎えの中に数名が混じっているのがわかった。
王都近くの庵で『偽・魔のみを切る剣』を渡した男。
それは
汚い修道士の服装をしていたが、顔を隠すわけでもなく正々堂々渡してきたと言う。
なんでまたすぐバレる変装を。
◎
王都の城下町。
一人暮らしの小さな屋敷にギルマスは帰宅する。
「ただいま」
応えはない。
と思ったら、低音ヴォイスが彼を迎えた。
『ようやく帰ったか、マルウィン』
「おや、しーちゃん。来ていましたか」
ダルヴィマール侯爵家を辞する時にもらった食材やお惣菜をキッチンのテーブルにおく。
軽く手と顔を洗う。
『お主までしーちゃん呼ばわりか。ちゃんと
「いやいや、特別扱いしたらバレますよ、ルーに。いいのですか ?」
『う、それはっ !』
小さなピヨコが慌てたようにテーブルの上を走り回る。
『それにしても穢れが見えるようになったなど、取って付けたような口から出まかせを』
「嘘も方便です。実際は西海の力ですがね。それらしく説明しないと納得してもらえませんからね」
ボンッと二十センチほどの黄金龍が現れた。
「やあ、西海の。世話になったね」
『つまらん。つまらんぞ、主』
『何故こいつは名前をもらっている。お主、我らに名前はくれなかったというに』
ギルマスは困ったように笑う。
「世俗の垢などいらぬと言ったのは君たちだろう ? 何を言っているのかな。欲しいと言ってくれたら、もちろん一番の名前を考えたよ」
『ふんっ、どうせドラゴンだからドラちゃんとか、キングじゃないからギ〇ラとかだろうが』
『金色だからキンちゃんもお断りじゃ。あの娘ならもう少し
黄金の八頭龍はギャウギャウとそれぞれの意見を言う。
「私の出番はもうすぐ終わるよ。君たちは行きたいところに行けばいいよ。契約だの盟約だのしていないのだから。君たちと過ごすには、私たちの人生は短すぎるんだよ。もうたくさんの思い出をもらった。そろそろ次のパートナーを探してもいいんじゃないかい ?」
黄金龍とピヨコは顔を見合わす。
『我らを見捨てるのか ?』
「違うよ」
魔法冷蔵庫に日持ちしないものをしまい、今日食べるものをテーブルに並べる。
「君たちの行く末が知りたいんだ。私の後、君たちが幸せに過ごしてくれるか、それだけが心残りなんだ。だからそれが知れれば、少しは心置きなく逝けると思うよ」
『短命の者に置いていかれるのは慣れておる』
『この嘘つきめ。心残りは他にもあろうに』
八つの頭がギルマスを詰る。
「『我が人生に一点の悔いなし』なんて、言える人は幸せだね。いくつになっても大切なものが現れる。後悔ばかりの人生だよ。せめて今の関わりは大事にしたいんだ」
お前は馬鹿かとピヨコがギルマスの頭をつつく。
『お主が望むならそうしようよ。今のお主が大切なのは係累だけだろう。陰ながら守ればよいのか ? それともお主と同様に付き合って欲しいのか?』
「出来れば後者で頼みたいな」
机の上が一瞬光り、それが消えると八頭龍の頭が一つになった。
『まずはここから始めるか。慣れてきたら一つずつ増やせばよかろう』
「いや、そういう問題ではない気がする・・・よ ?」
翌日。早朝ダルヴィマール侯爵家の屋敷の玄関扉の内側に、蓋つきの籠が置かれているのが発見される。
蓋の上には『大人しい良い子です。可愛がってください』と書かれたメモが置いてあった。
そして中身を見た侍女は、盛大な悲鳴をあげるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます