第187話 動き出す色々
夜会の翌日。
午後、昨日の各種族の代表と例の獣人の方がダルヴィマール侯爵邸を訪ねてきた。
「皆さんの仰る通り、訪問団のほぼ全員が呪いにかかっていました。昨夜のうちに解呪しております」
「体調はいかがですか。お辛いところなどありませんか」
西の方々は私たちよりも体力的に上だ。
私もディードリッヒ兄様も、解呪の後は二日ほど体調が戻らなかった。
だが皆さんピンピンしている。
私を襲った獣人のヒディオンさんは、あの後各種腕立て伏せ合計八百回やったという。
「お嬢様、ヒルデブランドのギルドマスターが到着されました」
セバスチャンさんが私の応接室に案内したと教えてくれる。
それを合図に私たちは二階へと移動した。
◎
「ギルマス、御足労いただきありがとうございます」
「やあ、頑張っているようだね、みんな」
いつもと変わらぬギルマスの穏やかな笑みに心が和む。
兄様たちがお客様を部屋に招き入れる。
するとエルフのお方がポカンっと立ち尽くしている。
「どうぞ、おかけになって」
「マルウィン殿・・・」
エルフのお方がギルマスに駆け寄り両手を握る。
「マルウィン殿、こんなところでお会いできるとは。覚えておいでですか。アマドールです」
「アマ・・・ああ、カスバート殿のご子息の。立派になられた。見違えたよ」
獣人のお方とドワーフのお方も同じように順にギルマスと握手している。
ヒディオンさんも興奮して目をキラキラしている。
「私は現役の一時期、西の大陸で修行していたことがあるんだよ。カスバート殿はエルフの国の重鎮でね。随分世話になった。この年になってご子息にお会いできるとは思わなかったよ」
「そうだったんですか。よかったですね、懐かしいお方に再会出来て」
ギルマス、皆さんの様子を見るとあちらでも随分活躍したんですね。
「ところでエイヴァン、昨日のうちにレポートを届けてくれてありがとう。あれで大体の動きが見えてきた」
「ヒディオン殿が王都までの旅の様子を詳しく話してくださいましたから。近衛の方からも報告がありましたし」
チラッと見るとヒディオンさんが顔を引きつらせている。
「午前中に王宮で御前と話をしてきた。報告しよう。みんな座って。三人は服を変えなさい」
お澄ましなしで話そうというのだろうが、私は着替えちゃダメだって。
「また無詠唱魔法か・・・」
「こんなに簡単に使える物なのか」
冒険者姿に変わった兄様たちに西の方々が難しい顔を顔をする。
その魔法を作ったのは私なんですが。
「ルーは防音と遮蔽の魔法を。情報は洩らしたくない」
そうだった。
どこに
ここも一枚板ではないのだ。
私は自分を中心に魔力を広げる。
イノシシ退治までは魔力がどういうものかわからなかったけど、今はその流れや広がりを感じることができる。
部屋を内側からラップをかけるように覆っていく。
これで外からは音が聞こえず、窓や鍵穴からは中が見えない。
「どうしてルチア姫まで無詠唱魔法を・・・」
「あの、そんなに難しくはないですよ。詠唱魔法のほうがずっと難しいし」
「お姉さま、それ間違った認識です」
アンシアちゃんが突っ込んでくれる。
「詠唱で魔法の内容と魔力の方向性を確定しないと、変に暴走してしまうことがあるんです。だから詠唱の暗記はとても大事なんです」
「でも長すぎるわ。内容と方向ならもっと短くてもいいんじゃない ? そうだ。アンシアちゃん、詠唱の簡略化とかできないかしら。せっかくの魔法の才能よ。使わなきゃもったいないわ」
王立魔法学園のテキストは見たことないけれど、多分詠唱には法則があって、それが解れば短くすることは可能かもしれない。
「ルー、なかなかいい考えだね。でも今はこちらの問題に集中してくれるかな ?」
しまった。
つい自分の興味を優先しちゃった。
「では全員座って。説明しよう」
ギルマスに言われて全員座る。
日本人の感覚では広い部屋だが、さすがに十人は多すぎる。
「まずは西の方々にはこちらの問題に巻き込んでしまったことをお詫びしたい」
「皆さんのせいではありません。簡単に呪いに罹ってしまった我らにも隙があったのです」
「今回のことは全てこちらから出たこと。巻き込んでしまい申し訳ない。切りかかったことは不問にするし、こちらで出来ることは精一杯させていただく。陛下からはそうお言葉をお預かりしてきたよ」
「勿体ないことです」
長い航海の末やっとこちらに着いたのに、いきなり呪いをかけられて
西の方々にはこちらこそ申し訳ない気持ちで一杯だ。
「まず、今回の件、カウント王国は関わっていない。あちらは我が国に借りがあるからね」
「借りですか」
「義に厚い国だ。たかだか一貴族を相手に呪いなんてかける国ではないよ。大体一国がその気になったらこんなお粗末なことはしない。それとカウント王国の名前が出た段階で御前が確認を取っている」
確かに。
言われてみれば呪いだの瓦版だのちゃちいことしかされていない。
結構迷惑ではあるけれど。
「西のお方の呪いの痕跡を見るに、ルーに対するものより一段落ちる物だと思う。媒介を使っていない」
「では穢れは直接術者に帰っていったということですか」
「王宮の馬丁が一人、昨日から体調を崩しているそうだ。港からの送迎係の一人だ」
ギルマスが王宮でお父様と情報の共有をしてきたところ、色々なことが一本につながっていったらしい。
例えば私が見つけた行方不明の予算の話。
これもどうやら同じカテゴリーに入るらしい。
随分前から王宮勤めの人たちの出自の再確認を始めていて、それはあと少しで終わるらしい。
また御前は我が家の使用人についても同じ指示を出していて、こちらもかなり進んでいるとのこと。
それと同時にゴール男爵の所有する孤児院についての調査も進んでいて、男爵が買い上げてからの孤児たちの行方を徹底調査させている。
国の力ってすごい。
「これもエイヴァンたちがダルヴィマール騎士団と近衛を上手く使っていたからだよ。後は『
「西の方々にかけられた呪いですけれど、なんでまた魔だけを切る剣なんて偽アイテムまで出してきたんでしょう。それと西のお方は何故こんな簡単に胡散臭いお話を信じてしまったんですか」
「いい質問だね、ルー」
呪いと魔法の違い。
魔法を使うには才能が必要だけど、呪いは特に修行などしなくても誰でも使える。
ただ物凄く手間がかかる。
「まずこちらの大陸についたところで、こちらの人間に帝国の様子を質問する。当然宰相家が養女を取った話になる。まずはここまでだ。次にその養女はどういう人物かとなるが、その辺で口を濁されたろう」
「ええ、それで問題のある女性ではないかと疑ったのです。ですが二日ほどは誰も教えてくれませんでした」
ドワーフの代表、レンフリュウさんがその通りですと答える。
「そのうちお互い気心が知れてきたところで、実は・・・と言う感じでルーの噂を少しだけ話してくれる。そんな感じで小出しにしていって、実際はどうだろう、噂を信じるのはどうだろうという疑問が出てきたところで瓦版だ」
「・・・仰る通りです。王都から届けられる瓦版の内容に驚きました。本当にこんな女性がいるのかと」
例のあの瓦版だ。
「ここまで来たら後は簡単だ。ルーがどれだけ酷い娘かは理解してもらった。次は実はルーは魔に侵されているだけで、それを祓えば元の優しい娘に戻ると吹き込む。魔のせいで自分ではどうしようもないことをさせられている。苦しむ少女を助けられたら」
「何故そこまでご存知なのです」
「まるっきり同じことを私がやったからさ」
ギルマスがサラッととんでもないことを言う。
「ただ私の時は本当に彼女は魔に侵されていたんだよ。他国の私が前面に出るわけにはいかないから、その国の若手冒険者を使わせてもらった。まっすぐな性格だったから呪いなんて使わなくてもよかったけれどね。さて、このあたりで仕上げに入る。呪いの種はもう植え付けてある。後は花を咲かせるだけだ。ルー、どうしたらいいと思う ?」
急に振られても困るんですが、ギルマス。
「そうですね。まず魔を祓うアイテムがあることを仄めかして、どこで手に入るかさり気なく教える、ですか ?」
「あたり。そしてそれらしい場所でそれを渡す。後は勝手に止めを刺してくれるというわけだ」
多分王都近くの神殿か教会で受け取ったのだろう。
この剣で少女を救ってくれと。
ヒディオンさんが顔を青くして俯いている。
「魔のみを切る剣は実在する。だが今はさる場所で厳重に保管されている。簡単には持ち出せないよ。少し考えればわかる筈だが、王都までの一か月、その判断が出来ないくらいに呪いに飲み込まれていたんだろう」
「そうです。私たちは少女を救い、これ以上の悪行をさせまいと、その気持ちに凝り固まっていました。今となっては何故そんな話を信じてしまったのか」
それが呪いというものだよ、とギルマスは言う。
そして、真面目な良い人ほどかかりやすいと。
人の心の優しさにつけこむ。
「知ってるかい。のろいとまじない。表裏一体なんだよ」
どちらも字は同じ。
『
人を憎むか、人を慈しむか。
思うという意味では同じなのに、その内容でまるで違う効果がある。
「私は、どうしてこれだけ憎まれたんでしょうか。どこかでそれだけ恨みを買うような行いをしたのでしょうか」
西のお方を人殺しにしてしまうくらいの
「ルー、それは違うよ。君は単なるシンボルに過ぎない。彼らが狙っているのは多分ダルヴィマール侯爵家の没落。だが、なぜそこまで宰相家を憎むのかがわからない」
「明日になればグランドギルドから調査結果が来る。他の資料と合わせて、黒幕を確定する。そろそろけじめをつけるぞ。長引かせても良いことはない」
エイヴァン兄様が決意をのべる。
みんなもそうだと言うように頷いている。
「そうだ。一つ動いたことがあるよ」
ギルマスが思い出したと言う。
「エリアデル公爵夫人が拘束されたよ」
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