第184話 黒船、襲来 !

『天は二物を与えずというが、本当にそうなのだろうか。

 ルチア姫の侍従の一人は刺繍の名人として知られていたが、剣の腕も一流だということは武道會で証明された。

 そして先日、素晴らしき踊り手でもあることが発覚した。

 ルチア姫を天敵とする某公爵夫人。

 ダンスの相手をしてもらえなくなった夫人は、こともあろうにルチア姫の侍従を相手に選んだ。

 侍従が宮廷舞踊を踊ることなど出来るだろうか。

 姫の評判を落とそうとする目的であったのは明らかである』


 どこの瓦版も似たような感じで記事は始まる。

 そしてディードリッヒ兄様が主を貶めようとする相手にもいかに礼儀正しかったか。

 素晴らしく慈愛に満ちた踊りだったか。

 他のカップルがその場で別れたのに、兄様だけが相手を席まで送り届けたことも書かれていた。

 まことの紳士は身分、生まれではないとも。

 

「思い出してもウットリしてしまいます。素晴らしい踊りでした」

「父はお前も私と踊りたいのかい、とか聞いてきますのよ。あの踊りを見たらそう思いますわよね」

「紳士とはカークスさんのような人を言うのでしょうね。私なら足を引っかけて転ばせてますよ」


 ここしばらく、ディードリッヒ兄様は表に出てこないようにしている。

 どうして連れて来ないのかと責められたけれど、悪目立ちはしたくない。

 そしてまだ呪いの影響で体調が戻らないと言うこともある。

 日頃聖水を飲んではいたけれど、手袋越しとはいえ接触してしまったからか最後の手の甲へのキスが悪かったのか。

 私の時よりも治りが遅い。

 エリアデル公爵夫人を通じてどれだけの呪いを送り込んできたのか。

 どれほど私が憎いのだろうか。

 相手も理由もわからない分、不気味で恐ろしい。


 さて、今日は新成人を集めた勉強会。

 数日後に控えた友好の儀についての説明がされた。

 初めて出会う異形の方々について、理解を深め友好を図るための第一歩だそうだ。

 と言うのもご婦人は彼らに近づこうとしないのだ。

 やはり見た目が違うと普通に振る舞うのは難しいらしい。

 毎年こうやって事前勉強をしているのだが、やはり夜会で彼らと交流するのは殿方ばかり。

 どうしてもご婦人方が怖がって近寄らないという図式が出来上がり、もっと親しくお付き合いして欲しい王宮側として頭の痛い問題になっているのだそうだ。


「ルチア様は恐ろしくは思われませんの ?」

「西の方々を、ですか ? なぜでしょう」


 だってねえ、とお嬢様方は顔を見合わせる。


「エルフのお方はともかく、ドワーフの方はとてもお強くて、握手で手を握りつぶされてしまうと聞きますわ」

「獣人の方はさらに強くて、人など平気で引き裂けると伺っております」

「もしご機嫌を悪くされたら、どんな目にあうか」


 色々と教えて下さるけれど、どれもご親族からの伝聞でしかないようだ。

 怯えた様子で壁際でヒソヒソする。

 これでは友好なんて築けやしないだろう。

 宰相令嬢である私に求められるのは、積極的な交流かな ?


わたくし、実はとても楽しみにしておりますのよ」

「まあ、ルチア様、なぜですの ?」

「おとぎ話でしか知らなかった方々にお会いできますのよ。特にエルフのお方は長寿でいらっしゃるとか。はるか昔のお話を伺えるのではないかしら」


 そう言うとお嬢様方はブルブルと首を振る。


「あちらの大陸には素晴らしい業物があると本で読みましたわ。ドワーフのお方の鍛治仕事についても興味がありますの」

「そう言えば父がそのようなことを話しておりましたわ」


 伯爵令嬢の言葉にまわりのお嬢様方も頷く。


「それに獣人のお方。両親も公爵家のお姉さま方も、お会いしてからのお楽しみ、なんて仰ってナイショになさるのです。気にするなというほうが無理ですわ」

「そ、そうですわね」


 私は楽しみでたまらないという気持ちを隠せずにいるかのように振る舞う。

 

「それに恐ろしいと言っても、今までそのような事件は起こっていないのでしょう ? 遠い大陸から危険も顧みずわざわざ来て下さるのですもの。きっと優秀な素晴らしいお方ばかりですわ。どんなお話を伺えるかとても楽しみです」


 わたくしのような小娘がお近づきになれるかわかりませんけど、と続ける。


「さようでございますよ、お嬢様方」


 いつの間にか外務省のスタッフさんが後ろにいた。


「毎年こちらに来て下さる方は若手の中でも特に秀でた方ばかり。違う文化を学び取り込もうととても熱心なのです。ルチア姫のおっしゃる通り、今までそのような事故も事件も起きておりません。噂などに惑わされることなく、我が国の貴族令嬢としてしっかり歓迎しおもてなしをしてくださいね」


 そう説明されるとお嬢様方も少しは近づいてもいいかしらという雰囲気になってくる。


「私、ルチア様のお傍におりますわ」

「私も。何かありましたら近侍の皆さんが守ってくださるわね」

「ご一緒してくださいませね、ルチア様」

「私はスケルシュさんのお隣にいるわ」

「あら、じゃあ、私はカジマヤー君ね」


 スタッフさんを見ると、目がお願いしますよと言っている。

 仕方がない。

 ここはルチア姐さんに任せてもらいましょうか。

 ちゃんとお嬢様方があちらの方々と交流できるようがんばっちゃいますよ。

 でも、アルの隣は私のものだもん。



 そしてディードリッヒ兄様が元気になった翌日。

 西の大陸の方々が王都に到着した。

 前日に手前の村に一泊して、お昼少し前に華々しく目抜き通りをパレードして王宮に入る。

 そのまま大謁見の間で友好の儀を終える。

 そして夕方から夜会になる。


「普通はその日は休んで翌日から行事だと思うのですけれど」


 広間の左右に分かれて貴族の方々が並ぶ。

 私もお母様やご老公様と一緒に玉座近くに立つ。

 後ろには兄様たちが控えている。

 皇帝陛下の鶴の一声とは言え、侍従職が正式な式典に参加などあり得ない。

 しかしここのところの活躍で、兄様たちは準貴族扱いになっている。

 召使は他家の者でも呼び捨てなのだが、兄様たちだけは『さん』『殿』、人によっては『様』付けだ。

 アンシアちゃんに至っては次期公爵夫人扱いだ。

 本人は当分そんなことは考えたくないって言ってるけど、周りはそうは思っていない。

 近侍全員が特別扱い。

 見事なまでの下剋上

 だが、それに文句をつけるのは『公爵夫人派』と呼ばれる人たちだ。 

 少数派だけど。

 サイレントではないマイノリティだ。 


「昔はそうだったのよ、ルチアちゃん。色々面倒な行事が一杯あったの。でも獣人のお方はせっかちさんが多くてね。儀典的なものは早く終わらせたいとのことで、随分前から初日で全部終わらせることになったの」

「せっかちというか、面倒なことは鼻をつまんで通り過ぎたい感が見えていますが」


 その通りよとお母様が笑う。


「滞在日数は限られているから、出来るだけの知識や技術を詰め込みたいんですって。こちらからの使節団もあちらでは同じようにしているわ。決して表面的な交流ではないってことなのよ」

「では今日の夜会が数少ない公式行事ということになりますね」


 後は何か通達はなかったと思うけど。


「ええ、公式には後は帰国前の夜会と出立の儀だけね。もちろん個人的なお誘いなどはあるけれど、皆さん何かを学びにいらしているのだから、それを邪魔するのはいただけないわね。もちろん宰相家である我が家には一度いらしていただくけれど」

「では楽しんでいただけるようおもてなしを考えなければいけませんね」

「我が家には毎年お越し頂いているから資料はあるわよ。そうね。今年はルチアちゃんに任せましょうか。まだ日にちはあるから、喜んでいただけるよう考えてごらんなさい」


 おしゃべりしている間に、西の方々が入場される。

 先頭はエルフの方々。

 続いてドワーフのお方。

 最後に獣人のお方。


 ・・・。

 あれ ?

 なんか凄い違和感がある。

 思わず振り向いて兄様たちに同意を求める。


「・・・」


 兄様たちがわかるよと言うように頷く。

 だってねえ、思ってたんと違う。

 エルフの皆さん、美しい。

 男女の性別がわからないくらい美しい。

 ただね、エルフだってわかる、あれがない。

 そう、耳が尖ってなかった。

 エルフなら尖った大きな耳があるって思ってたけど、普通に『耳』だった。

 そしてドワーフのお方。

 お姉さま方の仰る通り、筋肉マシマシだけど普通の人だった。

 そして獣人のお方。

 ・・・。

 どこが獣 ?

 ラノベとかでの耳とか、尻尾とか、牙とか、肉球とか全然ないよ。

 ただの『人』だよ。

 モフモフを期待した私の気持ちはどこに向けたらいいんだろう。

 このガッカリ感。

 なんか、終わった ?

 それが伝わったのか、お母様がドンマイみたいにトントンと扇子で肩を叩いてくる。

 そうか、これがお姉さま方のいう『出会ってからのお楽しみ』か。


 なんてやってるうちに『友好の儀』が終わり、西の方々が退出される。

 行きと同じに下がられていく方々に頭を下げる。

 と、獣人のお方が、いきなり剣を抜き私たちに切りかかった。

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