第179話 後始末は迅速に

 武闘會の翌日。

 ギルマスから例の瓦版が届けられた。

 どうせ手加減してもらったとか、女相手に本気は出せないとか、優勝をお金で買った八百長試合とか書かれているとは思ったけれど、実際はさらに酷い記事だったらしい。

 それで兄様たちには「心を無にして」大量にコピペするように言われて、その酷い瓦版を参加した貴族の御家庭と騎士団、王宮の各省庁へとこっそり届けておいた。

 もちろん皇帝陛下にもお届けした。

 あれを読んで真剣に戦った選手と関係者がどう思うか、この後が見物みものだと兄様たちは笑う。

 

 とりあえず昨日の会場でのことの報告をもらう。

 例の瓦版屋はもちろん、あの時の一群れも何人か来ていたようだ。

 ゴール男爵のところのアレも令嬢のファウスティンさんについて来ていた。

 当然一般市民に変装したダルヴィマール騎士団がご帰宅までばっちり確認している。


「彼らはゴール男爵所有の孤児院出身者です。それぞれ職を持ってはいますが、合間合間を見てあのように集まっているようです。とても結束が固い」

「特に男爵の母親が孤児たちを良く世話をしているようで、おばば様と呼んで慕っているそうです。ご令嬢も幼いころからご一緒に通われていたとか」


 騎士団の報告は対象が絞られてきた為少しずつ細かい物になっていく。

 あの瓦版を買っていく常連客もリストアップ済みだ。

 元寄子貴族が多くて笑った。

 もちろん伯爵家は少なく、多くは男爵家だった。

 ここまでで出てきているキーワードは、『ゴール男爵』『瓦版』『呪い』『カウント王国』だ。

 ところがこれと私、ダルヴィマール侯爵家、宰相と繋がるものが見つからない。

 ネット上でのベナンダンティの分科会でも答えが出ないままだ。

 そして呪いを掛けた張本人は今だ特定できていない。


「エリアデル公爵夫人は単なる媒体だと思っていいだろう」

宗秩省そうちつしょう総裁夫人として旗頭はたがしらに丁度良かったというところですね、兄さん」

「そのために半年もの時間をかけて媒体に育てたというのですか。では誰がという話にはなりませんか、スケルシュさん。カークスさん」


 私がずっと気にかかっていたところ。

 媒体にする方法は何か。

 誰がそれをできるのか。 

 半年もの期間、傍にいられるのは誰か。


「お嬢様、この件はエリアデル公爵家には知られないようにしなければなりません。どこに内通者がいるのかわからない。とにかく内密に。当家の者にも出来る限り知られないように進めましょう」


 当家の。

 そうだ。

 私の情報を瓦版屋に流した者がいる。

 流せる者がいる。

 故意か偶然か、情報を狙われてか。

 出入りする者にも気をつけなければ。

 動いてくれている騎士様や侍女さんたちにも釘を刺しておく。

 このくらいなら良いだろう。

 この人なら大丈夫だろう。

 そう思う人ほど言ってはいけない。

 特に気を付けなければいけないのは、長く勤めている人だと兄様たちは言う。

 それはネットでも議論されていたことだ。

 呪いをかけるほど恨まれているのなら、数年単位で潜伏しているかもしれない。

 それは宗秩省そうちつしょう総裁家も同じだ。

 そう言われれば、どんな人たちも疑わなければいけない。

 正直うんざりだ。



「え、あたしが一位ですか ?」


 アンシアちゃんがびっくりおめめで聞き返した。

 そう、例の「イケメン・コンテスト」。

 アンシアちゃんが一位を獲得していた。

 やはり一人で十一人抜きしたのが強かったらしい。

 元々この大会で一番活躍した人という趣旨だったので、これは当然と言っていいだろう。

 ちなみに、参加者にも投票権がある。

 自分のチームに投票してはいけないなんて決まりは設けなかったから、私もアンシアちゃんに投票した。

 わかってくれている人が多くて嬉しい。

 二位はアルだった。

 四人抜きはもちろん、なぜか女性票が多かった。

 兄様たちは「そうだよな」「あれを言われたらな」と納得しているが、その納得のしどころがよくわからない。

 三位はディードリッヒ兄様。

 これはわかる。

 貴婦人刺繍の会の皆さんの団体票だ。

 前からファンは多かったし、女々しい趣味を持つ奴だと思われていたところでの実力披露。

 刺繍が苦手なご令嬢への丁寧な指導で有名だったが、そこに男らしさが加わっての入賞だ。

 入賞ならずだが、四位はなぜか「魔王とヒヨコ」だった。

 宰相執務室での厳しい指導と試合での容赦なさ、それにヒヨコのしーちゃんとのふれあいのギャップでキュンときた可愛いの大好きな皆さんの心を打ったらしい。

 私はというと主催者側ということで無効票扱いだ。

 一票くらいは入っていたらいいなとは思ったけど。

 アンシアちゃんは副将の食堂パスポートは辞退するそうだ。


「大体王宮へは食事時は外して出かけてますしね」


 お屋敷のごはんが美味しいし、ということらしい。

 アルとディードリッヒ兄様の分のお食事券は、庶民向けのお店を選んでみんなで行こうということになった。

 楽しみだ。

 この大会ではアルは「リンゴのきみ」、エイヴァン兄様が「魔王」の二つ名があったことが判明した。。

 後はディードリッヒ兄様だけど、めんどくさい物はいらんとあまり気にしていないみたいだ。だけど刺繍の会の皆さんにつけられるのは時間の問題だと思う。

 私は二つ名が多すぎるので切り捨てたい。

 特に『二代目』。



「ごきげんよう、おじいちゃまたち」

「おお、待っておったぞ、嬢ちゃんとその一味」


 今日は『黄金の黄昏ゴールデン・ダスク騎士団』の隊舎にやってきた。

 先日コテンパンにしてしまったので、一応ご機嫌伺いだ。

 お土産はヒルデブランド名物の栗ようかん。

 これもヒルデブランド名産の緑茶と一緒だ。


「優勝おめでとう。なかなかに強くて驚いたわい」

「恐れ入ります。でもおじいちゃまたちも強かったですよ。一撃一撃が

重くって。でもそれでわたくしには有利に運びました」

「それだっ !」


 ずいっと顔を出す大柄なおじいちゃま騎士様。


「あの、どちら様でしょうか」

「貴様の対戦相手だ。忘れたか」


 対戦相手って、確かカイゼル髭が立派な・・・。


「剃ったんですか」

「片方だけ生やしておいてどうする」

「若々しくてお似合いですよ」

「貴様に言われたくはない。いや、先程の貴様に有利とはどういう意味だ。躱される度に変に体がぐらついた理由も知りたい」


 あはは、そこか。

 ちょっと説明がめんどくさいかな。

 アンシアちゃんに爪楊枝を二本持ってきてもらう。

 剣の代わりだ。


「こう上段から振り下ろされた剣は、普通こんな感じでうけますよね」


 爪楊枝で振り下ろされた剣を下で受けるをやって見せる。


わたくしは一度もそのような受けはしなかったのにお気づきですか」

「む、言われてみればそうだな」

「一番最後の剣はこう振り下ろされて・・・」


 爪楊枝でえいっと真似る。


「この時さきほどのように受けるのが普通なんですけれど、こう振り下ろされた剣を上からこうすると・・・」


 クルッと回って楊枝が落ちる。


「相手の力を行きたい方向に行かせてあげるだけなんです。本当はいろいろ難しいお話もあるんですけれど、簡単に言うとこんな感じになります」

「つまり相手の力が強ければ強いほど良いと」

「そうです。よろけたのは躱され方がいつもと違ったからだと思いますよ」


 そうそうそんな感じで納得して。


「護身術の応用なんです。それを剣技に利用しただけです。でなければわたくしのようなか弱い小娘がまともに戦えはしませんから」

「か弱い ? か弱いのか ?」

「か弱いです」


 そこは信じてもらいたい。

 力って点ではアンシアちゃんの方がまだ上だし。

 小手先の技で乗り切っているという自信はある。

 もっと精進しなくっちゃ。

 カイゼルおじいちゃまが爪楊枝を使って試合の時の動きをああじゃないこうじゃないと考察している。

 おひげ、反り落としちゃって悪かったな。

 あの怒りよう、すごく大事だったんだよね。

 なんとかできないかな。


「いけません、お嬢様、」


 エイヴァン兄様がニッコリ笑って私を見下ろしてくる。


「え、わたくしまだ何も・・・」

「何を考えておいでかよく理解しております。お止め下さい」


 ディードリッヒ兄様も一緒になって見下ろしてくる。

 張り付いた笑顔で目は笑っていない。

 背後におどろおどろしいナワアミの効果線が見えるようだ。

 

「「よろしいですね ?」」


 畳みかけるようにハモって脅される。

 なんでわかったんだろう、お髭をはやしてあげたいって思ったこと。


「ピーピー」

「あら、しーちゃん。いつの間に」


 どこからか小さなヒヨコが現れてテーブルの上をチョコチョコと歩き回っている。


「変ね。ついてきたのに気づかなかったわ。お部屋にいると思っていたのに」

「おお、あの時の勇敢なヒヨコ君か」

東雲しののめと申します。しーちゃんと呼んでいます」

東雲しののめ殿か。よろしくな。ビスケットはいかがかな」

「ピピーッ !」


 カイゼルおじいちゃまがビスケットを持ってきて、しーちゃんが食べやすいよう小さく砕く。

 しーちゃんは小さなお皿に乗っかってチュンチュンと啄む。


「そういえばおじいちゃま先生はどちらでしょう」

「サロンで若いのに授業をしておるぞ。それ、その甘いのを持って行ってやれ。頭を使うと甘い物が欲しくなる」


 みんなで移動しようとしたら兄様たちはここと引き留められた。

 剣技談義がしたいらしい。

 仕方がないのでアルとアンシアちゃんを連れてサロンへ移動する。



「いったか、お嬢は」

「引き留めるように言っておいたからしばらくは戻って来ぬよ」


 よし、座れと言われてエイヴァンとディードリッヒは無理矢理ソファに座らされる。


「例の瓦版は読んだ。配ったのはお前たちだというのはローエンドに聞いておる。心配するな、他の連中は知らん。別に話す必要もないからな」

「内容は腹立たしかったが、そちらは若い連中が叩きに行くだろう。それよりお前たち、カウント王国とお前たちの主との関係が知りたいのではないか」


 何故それを知っている ?

 いや、ローエンド師が話したのか ? 

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