第136話 近衛騎士団はゴロツキの集団ではなかったはず・・・です

 春の大夜会の翌々日、宗秩省そうちつしょう総裁が直々に侯爵家にやってきて今回の処分をについて説明してくれた。

 要するに誰に対しても言ってはいけないことがある。その譲れない一線を甚だしく越えてしまった低位貴族の奥様たちがいらしたということらしい。

 どの家が叱責されたかは教えてもらえなかった。

 そしてその内容も。

 中には今年の成人令嬢のお母様もいたらしく、これから一人前の貴族として歩み始めるご令嬢が傷つかないようにとの配慮らしい。

 ただし記録には残るので、今後結婚を考えるときに調べればわかってしまう。

 昨日一昨日はかなりの来客があったそうだが、全てセバスチャンさんが対応し、私やお方様が表に出ることはなかった。

 宗秩省そうちつしょうの叱責を受けたお家からの謝罪とか、お茶会や夜会へのお誘いとか。

 低位貴族の方々、お詫びに来ちゃだめでしょう。

 せっかくお役所がナイショにしてくれたのが台無しだ。

 謝罪は受け取るけれど、お詫びの品は受け取らないことにした。

 セバスチャンさんから「お嬢様は何もご存知ではないので」と説明してもらった。

 招待状をお方様と整理する。

 横でアンシアちゃんが依子貴族からのお祝いの贈り物をリストにしている。

 シジル地区の冒険者ギルドで臨時職員をしていたからか、事務仕事が結構上手だと褒められていた。

 

「せっかくの夜会のお誘いだけど、出席は無理ね。わたくしがお断りのお手紙を書きましょう」


 王宮での成人の儀が終わった後、各家でのお披露目の会が開かれるが、それが終わるまで夜の催しには出られない。

 男爵家、子爵家は合同で、伯爵家以上はそれぞれのお家で。

 お披露目は下位の方から始まるので、ダルヴィマール侯爵家でのお披露目は一番最後。

 十日くらい後になるそうだ。


「伯爵家からもいくつかお誘いが来ているわ。せっかくだから出ましょう。同じ成人というお家なら同期だからという理由をつけられるわね」


 お披露目の回はお昼過ぎに始まるので、こちらは出られるらしい。

 通常下位貴族のお披露目の会には依子貴族でなければ出ないらしいが、私の場合間諜スパイとしての仕事があるから、知り合いはたくさん作っておきたいところだ。

 理由としては、お方様の言う通りマメルダさんの件で一緒に頑張った仲間だから、でいいかな ?

 カードにまたお会いしたいとか、お話しましょうとか書いたしね。

 私は約束を守る女です。


「自分のお披露目が済んでいない娘は保護者同伴が原則だから、当日はわたくしが付き添うわ。もちろんあなたの近侍達もね。皇帝陛下直々に王宮への同道を許されたのだから、みんな興味を持っていると思うの。アンシアともう一人が会場入りして、残りは控室にいてもらいましょう。召使仲間からの情報も大切よ」

「伯爵家同士ですから、呼ばれる方も同じ方が多いかも。会場入りする侍従は毎回変えた方がいいでしょうか。この間は見られなかったけどって思っていただけるかもしれません」

「それはいい考えね」


 お方様とのおしゃべりは楽しい。

 お友達とお話しているみたい。

 女の子の友達がいなかった私に足らなかった部分が埋められていくような、そんな不思議な感じがする。

 ねえ、三人もお母様がいる私って、めちゃくちゃついているんじゃない ?



 翌日、私は近衛騎士団の隊舎に来ていた。

 返り討ちにして牢屋に放り込んだことへのお詫びだ。

 柿の種を山のように用意した。

 今ヒルデブランドでは柿の種の量産が始まっている。

 醤油味、梅しそ味、わさび味の三種類だ。

 もちろんそれっぽいもので、本物とは味も形もあの完成された域には程遠いんだけど、落花生と合わせると素朴な感じがたまらないのだ。

 ヒルデブランドの特産品の一つになりそうだ。

 ただ作れる量には限りがあるので、しばらくは少しずつの提供になると思う。

 今日持って行くのは私が『お取り寄せ』したもの。 

 しっかり宣伝しないと。


「いや、美味い。今まで食べたことのない味です」


 団長であるグレイス公爵様は、お渡しするとすぐにパクパクと食べ始めた。

 なんだか可愛らしい方だ。

 好き勝手する面倒くささはご老公様と似てるかな。


「ここが我が近衛騎士団の訓練場です」


 案内されたのはサッカー場くらいの広い空間。

 あちらこちらで自主訓練と思しき騎士様がいる。

 私たちに気が付くと手を止めて礼をする。

 それを公爵様が制して訓練に戻らせる。


「いかがですかな、男臭くて申し訳ないのですが」

「良い土です。踏み固められて石のよう。きっとたくさんの方がここで鍛錬されたのでしょうね」

「ほう、そこに目をつけられましたか」


 しばし他愛のない会話を続けていると、公爵様が秘書官の方に呼ばれてその場を離れられた。

 それでは私たちもそろそろ失礼しようと出口に向かおうとすると、何故か周りを大勢の騎士様に囲まれていた。



 グレイス副団長は焦っていた。

 大夜会での余興の練習で事務仕事が滞っていた。

 遅れを取り戻そうと必死で書類を片付けていたら、去年入団したばかりの騎士見習いが駆け込んできた。

 そして今、その見習いと二人で走っている。


「それで、御一行は無事なのだな !」

「わかりません。僕はとにかく早くお知らせしなくてはと。まさかあの人数で丸腰のご令嬢方を囲むなんて」

「団長は ?」

「見て見ぬふりです !」


 訓練場は入り切れなかったのか入り口に騎士たちが溜まっている。


「どけっ ! 通せっ !」


 訓練場周囲の階段席には湿布や傷薬を塗る騎士が大勢いる。

 そして二十名ほどの騎士に囲まれて、三人の侍従と見習いメイド、そしてルチア姫が背中合わせに立っている。


「一体、何がどうなっているんだ」


 その辺の若い騎士を捕まえて問い詰める。

 大夜会の余興。

 成人令嬢を人質にするだけの簡単な任務の筈が、なぜか気絶させられて牢に放り込まれた。

 侯爵令嬢が犯人と言われたが、多分それは冗談で駆け付けた近侍の誰かに違いない。

 ちょうどご令嬢が来られていると耳にした若者たちは、団長に頼みさり気なく訓練場に誘い込んだ。


「第五大隊と第二大隊の一部がご令嬢御一行を取り囲み、問答無用で木刀で切りかかったのです」

「ちょっと待て。さっき丸腰のと言っていたが、全員得物を持っているぞ」

「倒した相手から奪ったんですよ」


 初めは武器を渡す予定だったが、囲まれたことに気づいた一行はとっとと近くの騎士を倒し、その武器を奪ってしまった。

 武器をなくしたら負け。

 少しでも体にあたれば失格。

 そういうルールを作って挑んだ若手騎士だったが、ルチア姫がどこからか長い棒を取り出すと武器は跳ねとび脹脛ふくらはぎを打たれ、泣く泣く撤退していく。

 はじめ70名ほどいた騎士はあっという間に三分の一以下になっていた。


「とにかく強いんです。青年侍従たちはもちろんですが、赤毛の少年も普通じゃない。少し動きは鈍いんですが、見習メイドも十分強い。新人なんて相手にならないんですよ」

「瓦版の書くことなんて話半分と思っていたんですが、死地を切りぬけてこられたというのはあながち嘘ではないんじゃないですか。あのメイドだって去年の夏まで王立魔法学園にいたんですよ。こんな短期間に強くなるなんて、よっぽど訓練するか場数を踏まないと無理ですよ」


 ルチア姫を含む四人はまだまだ余力があるようだが、見習いメイドは肩で息をしている。

 他に比べて無駄な動きが多いせいか。

 と、メイドがグラッと体勢を崩す。

 そこを狙って握っていた木剣を跳ね飛ばされた。


「アンシア、離脱っ!」

「まだまだっ!」


 そう叫ぶとメイド姿の少女はワンピースをたくし上げて、左太ももに隠していた短剣を抜いている。

 その姿を見て数人の若者が思わず動きを止める。すかさずそこを少年侍従が怒りの表情で打ちのめしていく。


「私の妹分をよこしまな目で見るなっ !」

「だって、無理っ ! あんなところに隠しているなんて反則だっ!」

「騙し討ちする奴が規則を語るなっ !」


 騎士団側はすでに一桁になっている。

 武器を短剣に切り替えた少女は視線を戦いの外に向ける。

 そして初老の団長を見つけると、一直線に走り寄ると正統派ドロップキックをかました。 

 そして先ほどまで悠然と眺めていたグレイス公爵にまたがると、その首に短剣を押し付ける。


「言ったよな ! 次にやったらくびり殺すってな ! 二日三日でもう忘れたか、このボケ老人がっ !」

くびり殺す割には短剣を構えているが、紐はないのかね」

「ほおぉぉっ、そっちが望みかっ!」

 

 少女はツインテールの片方をスルッと解くと団長の首に巻き付けた。


「一息で逝かせてやるから感謝しろ。言い残すことがあれば聞いてやる」

「そうだなあ。じゃあ、死ぬ前に若い肌を堪能させてもらおうか」


 次の瞬間、訓練場に少女の悲鳴が響き渡った。

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