第98話 アンシアのチュートリアル終了と初めての依頼

 夕四つの鐘が鳴り響く。

 アンシアちゃんが最後の雑草を抜いた。

 ウワァァァッっと言う声とともに盛大な拍手が響いた。

 東のつきあたりの墓場。

 普段は休日でもない限り墓参りの住人しか来ない場所に、なぜか大勢の冒険者たちと街の人たちが集まっている。


「総日数46日と鐘七つ。これを持ちましてアンシアさんの不可のチュートリアルは終了しました。おめでとうございます」


 案内人のシャルルさんがきれいになった墓場を確認して宣言した。

 アンシアちゃんがヒルデブランドに来て約二か月。ペナルティーやら私の淑女教育やらで大分遅れてしまったが、やっとのことで不可卒業である。

 討伐のチュートリアルがなければもっと早く終わったはずなので、王都のグランドギルドには優秀な新人として報告されるはずだ。


「おめでとう、アンシアちゃん。これで私たち対等な冒険者仲間ね」

「対等だなんて、まだまだお姉さまの足元にも及びません。これからもどうぞご指導ください」


 かわいいなあ。

 私が指導できることなんてあまりないから、これからは一緒に兄様たちについて回ることになりそう。

 私も負けないように頑張らないと。


「じゃあ下宿に寄って着替えてらっしゃい。ギルドの前で待ち合わせましょう」

「あれ、ルーちゃん。今日は宴会じゃないのかい」


 集まっていた街の人たちが残念そうに言った。


「今日は対番会なんです。都合があわなくてずっと出来なかったから、早くやっちゃおうって話になったんです」

「応援してくれてありがとうございました。早く一人前の冒険者になって、この街に貢献できるようがんばります」


 アンシアちゃんが街のみんなにペコリと頭を下げる。

 するともう一度大きな拍手が沸いた。


「頑張れよ、迷子のアンちゃん」

「期待してるわよ、迷子のアンシアさん」


 そう言ってアンシアちゃんの肩を叩いたり、頭をなでたりして三々五々に帰っていく。


「お姉さま、迷子のってもしかして・・・」

「う、うん。多分それアンシアちゃんの二つ名ね」


 なんで迷子・・・とアンシアちやんは不満そうだけど、この街の人たちにとってアンシアちゃんと言えば迷子なのだ。しかたない。


「二つ名を頂けるってことは、それだけ期待されてるってことよ。そのうちなんでその二つ名なんだって不思議がられるようになるわ。さ、急ぎましょう。兄様たちが待ってるわ」


 遠い将来、『迷子のアンシア』が別の意味で有名になるのだが、それはまた別の話。



「迷子のアンシア ? ぷっ!」

「なんて分かりやすい二つ名だ。よかったなあ、アンシア。これでお前もヒルデブランドの立派な冒険者だ」

「やっぱり納得できないわ。もう少しマシな名前はなかったのかしら」


『グランメゾン・しとやかな白鳥亭』は高級レストランだ。

 本当はグランドメゾンが正しいらしいけど、名づけが日本人だから気にするなと言われた。

 高級だからドレスコードが存在する。

 たとえ冒険者と言えど従わなければいけない。

 冒険者の服でありながら高級レストランに相応しい服装ということで、今日はみんないつもと違う雰囲気だ。

 ギルマスは黒のスーツに青いアスコットタイ。

 細身なのでメチャクチャかっこいい。

 兄様たちやアルは短めのジャケットにブーツ。

 いつもの服と違って布が上等なものになっている。

 そしてお揃いの真っ赤なアスコットタイを小さなブローチで止めている。

 侍従教育のおかげかいい所の出身に見える。

 アンシアちゃんには私がドレスをプレゼントしておいた。

 不可から可になる間の期間だから、冒険者の服でなくてもいいかなって。

 それに今日の主役だしね。

 私はというと白のズボンと真っ赤なブラウス。

 白のチュールレースをサーコートのように上に羽織り、ブラウスと同色のサッシュをキュッと腰に結ぶ。

ブーツはいつもの実用的なものと違ってヒールのあるものにした。

 慣れていないので少し歩きにくいが、ポワントで歩くと思えばなんとかいける。

 髪は三つ編みにしてグルグルと巻き付ける。

 これでドレッシーな感じに見えるはずだ。

 少し遅れてきたご老公様と個室に移動する時、奥様方が熱い目で男性陣を見つめているのに気づいて、物凄く鼻が高かった。

 ちなみにモモちゃんはアンシアちゃんの下宿でお留守番。

 さすがに高級レストランはペット入店お断りだった。

 今頃お取り寄せしたあちら現実世界のあまーい人参に囲まれて幸せなはずだ。



「あたしがメイド、ですか」


 メチャクチャ高級な食材を使った食事を終えた後、個室ということでしばらくお茶をいただきながらゆっくりさせてもらっていた。


「王都のご両親に手紙を書いただろう、春までメイドをすると。帰った時にメイド仕事が出来ていないと問題になる。そして、これは大切な仕事の必要条件なんだ」


 ギルマスが紅茶のカップをお皿に戻し、居ずまいを正す。


「これから話すことはこの七人の間だけのことにしておくれ。他所では決して話さないように。私の執務室かご老公様のお部屋以外では話題にしないでほしい」


 王都のシジル地区に非合法な冒険者ギルドが存在すること。違法なテイム、従魔契約が行われていること。またシジル地区から王都の外へ許可なく出入りできるらしいこと。

 テイム云々はアンシアちゃんからチラッと聞いたような気がするが、その他は初めて聞いた。アルも兄様たちから聞いていなかったそうだ。


「アンシアがここで冒険者になると、当然シジル地区にそのことが伝わる。自分たちの存在が知られたら、あちらがどんな行動を取るかわからない。冒険者ギルドを装った犯罪組織であった場合、偽装工作も考えられるし、アンシアのご家族に危害を加える可能性もある」

「そんな・・・ギルドの人たちはみんないい人です。家の修理や病人の世話なんかもしてくれてました。とても酷いことをできる人たちじゃありません」


 アンシアちゃんは戸惑った瞳で私を見る。

 自分が生まれ育った場所でそんなことが行われているのが信じられないのだろう。


「もちろんこれは仮定の話だ。実際にどうかはわからない。だから、アンシアなんだ」

「春になったらルーは異国の貴族令嬢として王都に行く。俺たちは彼女の専属侍従として付き従う。アンシアは専属侍女としてルーについてくれ。そして・・・」

「つまり、あれですね。あたしは里帰りついでにギルドを探ってくればいいんですね」


 アンシアちゃんがポツリと言う。


「こっちに来てからあたしの知ってるギルドと違いすぎるとは思ってたんです。従魔も普通にいたし、地区からどっかへ行って帰ってくるのも知ってます。でも非合法だとは思わなかった。当たり前のことだったから」

「それで、受けてくれるかい」

「アンシア、嫌なら断ってもいいんだぞ。ただの里帰りでもいいんだ」


 アンシアちゃんは首を横にふった。


「あたしはここで冒険者になったんです。だからギルドからの依頼なら受けます。非合法とは知らない人もいるかと思うけど、そこはちゃんとしなくちゃ。それに・・・」

「それに ?」

「初めての依頼を断るわけないじゃないですか。任せて下さい。しっかり間諜をやりますよ」


 アンシアちゃんはニッコリ笑って親指を上に向けた。

 自分が生まれ育った街を敵にしようとする。

 そんな辛いことを笑顔で受けようとするアンシアちゃんを私は誇りに思う。


「それでは今からこの五人をひとつのパーティーとしよう。アンシアは侍女教育と冒険者の訓練で忙しいと思うが、他の者もしていることじゃ。しっかりやってくれ。それでは非合法ギルド殲滅作戦を開始する。全員心を一つにして事に当たってくれ」

「「「はいっ !」」」


 冒険者パーティ『ルーと素敵な仲間たち( 仮 ) 』が結成された瞬間だった。


「ご老公様、もう少しかっこいい名前ってないですか」

「ちゃんと ( 仮 ) とついておるじゃろう。そのうち何か思いつくから待っておるのじゃ」

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