第97話 本当の気持ちは

 久しぶりのこちら夢の世界

 一日休めば自分にわかり、二日休めば周りが気づき、三日も休めばもう現場復帰したくなくなるのが人間ってもの。

 正直言ってみんなと合うのが憂鬱。


「あら、ルーってば久しぶりね。どうしてたの ?」

「久しぶりって、たった三日じゃないですか、ビーさん」

 

 トントンと階段を上り、出来るだけ元気よくギルマスの執務室のドアをノックする。


「ルーです。入ります」


 ギルマスの声を待ってドアを開ける。

 よかった。兄様たちもアルもいない。


「やあ、おはよう、ルー。あちら現実世界で体調を崩したそうだね。もういいのかい ?」

「おはようございます、ギルマス。はい、大丈夫です。昼間に寝すぎて夜は眠れなくて。来れなくてごめんなさい」


 あくまでお昼寝のしすぎということにしておく。

 それが一番当たり障りのない答えだろう。

 アンシアちゃんはアルとチュートリアルをしていたみたい。

 先に薬草を集めておいたので、一日ガンガンと草むしりをしていたそう。

 でも最後の日は私としたいと待っていたとか。

 可愛いなあ。


「おはようございます、ギルマス」

「おはようございます」


 ドアがノックされ、入ってきたのは兄様たちとアル。


「お、ルー。寝込んでたって ?」

「元気になったのか」


 兄様たちがにこやかに挨拶してくれる。


「お騒がせしました。たくさん寝たからもう元気ですよ」

「どうせ寝すぎて夜は起きてたんだろう。無理してでも寝ないと生活リズムが狂うぞ」


 兄様たちは相変わらずおおらかだ。

 アルはというと、何か言いたげにこちらを見ている。


「おはよう、みんな。ルーも元気になって、全員そろってなによりだ。今日こそはアンシアのチュートリアルが終わるから、今夜は久しぶりの対番会だ。ルーはアンシアと採取の仕上げ。アルはラスさんのお孫さんへの最後の引継ぎ。エイヴァンとディードリッヒは武道館での若い子たちへの訓練を頼む。夕五つに『グランメゾン・しとやかな白鳥亭』に集合だ。ではよろしく」

「「はいっ !」」


 さあ頑張ろうと出ていこうとしたら、ギルマスに呼び止められた。


「ルー、隣の部屋が空いている。アルと少しおしゃべりしておいで」

「え、あの、どうして」

「しておいで。さ、アルも」


 兄様たちにも急かされるように隣の部屋に押し込まれる。

 パタンとドアが閉められ、アルと二人きりになった。

 気まずい。


「ルー、あの」


 アルが言いづらそうに口を開く。


「ごめん。僕がしっかりしなかったから君に辛い思いをさせちゃった」

「アル・・・」

「あの時、君が辛そうだったから声をかけない方がいいと思ったんだ。その後もしっかりしてたから大丈夫だと思ってた。でも、そうじゃなかったって合同練習のことを薦田こもださんから聞いてわかったんだ。ごめん、気が付かなくて」


 アルは頭を90度下げてお辞儀をする。


「下げすぎよ、アル。皇族の方へだって45度なのに。そんなに頭を下げたら私、神様になっちゃうわ」

「え、そうなの ? 下げれば下げるほど良いと思ってた」


 あわてて顔を上げるアルにちょっと笑ってしまう。


「ちゃんと決まりがあるんですって。だから必要以上に下げるとかえって失礼になるって聞いてる」

「じゃ、じゃあ僕はどれくらい頭を下げればいいんだろう」

「30度で十分よ。それにアルに謝ってもらうようなことはない・・・わ」


 そう、ない。

 人を殺したのは私。

 アルは殺されそうになっただけ。

 だから、私は・・・。

 涙がポロッとこぼれた。

 あっと思って手で口を押える。

 だけど涙はどんどん溢れてくる。

 止めようと思っても止まらない。


「ルー、君は・・・」


 アルに人を殺すところを見られた。

 アルは手をつないでくれなかった。

 私が人殺しだから。

 だからアルは。


「嫌いに・・・ならないで・・・」

「ルー」

「人殺しだけど、アルに嫌われたくない・・・」

「ルー」

「いやだよね。人殺しの女の子なんて。わかってるの、でも !」

「嫌いになんかならないよっ !」


 アルは私の両手をギュッと握った。


「ルーは僕を助けてくれたじゃないか。その結果として人を切ったけど、それで僕は助かったんだ。感謝こそすれ嫌ったりなんかするもんか。それに僕だって人を切ったことはあるんだ !」

「アル・・・」

「冒険者をしていたら、誰でも一度は同じ目にあうんだ。その時躊躇すれば殺される。迷ってちゃいけないんだ。ルーはあの時最善の判断をした。だからこうして生きてる。ルーは悪くない !」


 嫌ってないの ?

 人殺しでもいいの ?

 本当に ?

 怖かった。

 アルに人殺しって言われるのが怖かった。

 アルにだけは言われたくなくて、だからみんなに言われて苦しくなって。

 私は、サムライなんかじゃない。

 たった一人にそう言われたくない、小心者のつまらない小娘だ。

 でも、アルが嫌いにならないでいてくれるなら・・・。


「また一緒に依頼を受けてくれる ?」

「もちろん。ずっと一緒だよ」

「手をつないで歩いてくれる ?」

「もう、絶対離さないから」


 そんな会話を待ちくたびれたアンシアちゃんが呼びに来るまで続けていた。



「おーい、そこはギューッと抱きしめないと」

「いやあ、兄さん、やっぱりポッペにチュッでしよう」

「おでこにチュッのがいいんじゃないかね」

「ギルマスも乙女ですね」


 二人が隣の部屋に引き込むなり、残された三人は壁の節穴に目をかざした。

 もとから盗み見が出来るよう、ところどころにわざと節穴が開けてあるのだ。


「どうなることかと思ったが、おさまるところに収まってよかった」

「まさか人を殺したことじゃなくアルに嫌われるのが怖かったとか、少女小説ですか」


 後半はもろプロボーズだよなと現在パートナーのいない三人ははあっとため息をつく。


「すいません、こっちにお姉さまとアルが来てません ?」


 ドンドンとドアを叩いてアンシアがやってきた。


「そろそろチュートリアルに行きたいんです。お姉さまは・・・あ、こっちの部屋ですね。お姉さまぁ、早く草刈りにいきましょう」

「おい、アンシア、ちょっと待て !」

「待てませんよ。今日でチュートリアルを終わりにするんですから。時は金也かねなりですよ。お姉さまぁ !」


 アルとルーの甘やかな時間は一瞬で終わった。

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