第95話 一方その頃現世では  ~ アロイス、反省する

 ルーが来なかった。


 あの盗賊討伐の翌日、アンシアのチュートリアルを終えた後、夕食に誘おうと思ったらもう宿舎に戻ったという。

 同じ宿舎でも異性のフロアーに入るのは禁止されているから、こちらからは呼び出せない。

 明日誘えばいいかと思っていたら、なんとこちら夢の世界に来なかった。

 あちら現実世界で寝れば強制的にこちら夢の世界に呼び出される。

 だからきっと徹夜で勉強でもしているのだろう。

 週末ごとにあちら現実世界の僕の家に遊びに来ているから、その時に会えると思っていたら、まさかのお断りの電話があった。


「めぐみちゃん、昨日から体調崩してるんですって。会えないなんて残念だわ」


 ルーを気に入っている母と姉はつまらなそうにしている。

 そしてこちら夢の世界での朝。

 やはりルーは来ていない。

 さすがにおかしいだろうということで、ギルマスと兄さんたちとの会議になった。


「実は昨日の夜、ルーが歩いているのを見たという警備兵がいるんだよ」

「夜 ? ということはあちらでは昼ですね。昼寝でもしたのかな」


 そして夜は寝ていないと。


「アル、何か聞いていないかい」

「土曜日に体調を崩したとしか。電源を切っているらしくて、ラインもメールも届かないんです」

「よほど具合が悪いのか。しかし、それにしても一度もこちらに来ないなんてありえないぞ。仕事や勉強で徹夜でもしない限りな」


 どう話し合っても結論が出ないので、僕があちら現実世界でご家族に直接連絡を取ってみることになった。

 そして月曜日。

 クラスメートの薦田こもださんが話があるという。

 ちょうど昼休みだったので、土屋ばかものたちが「浮気だ、二股だ」と騒ぎ立てる中、中庭に連れていかれた。

 中庭にはベンチとテーブルがいくつかあって、昼休みや放課後に集まれるようになっている。

 僕たちの他にも弁当やパンを広げている生徒がいる。

 薦田こもださんに連れられてきたテーブルにはショートカットの大柄な女生徒がいた。


「山口君、こちら2年の細木先輩。長刀部の部長さんよ」

「山口です。あの、僕になにか ?」

「細木です。山口くん、聖ジェノの佐藤さんの彼氏だって聞いてるけど、そう ?」


 聖ジェノは聖ジェノヴァーハ女子学院の略らしい。


友人です。家族ぐるみで仲良くしていますけど」

「そうなの ? まあご両親とも知り合いならよかったわ。知らせておいて欲しいことがあるの」


 土曜日、都内の学校の長刀部の合同練習会があったそうだ。

 そういえば薦田こもださんも長刀部だったと思い出した。


「長刀ってすごいレアな競技でね。競技人口は少ないし、部活がある学校も少ないの。当然部員が少ない所も多いから、色々と経験が足らないこともあるの」


 だから月に一度そういう学校が集まって、合同練習を行っている。

 ルーも今回初参加した。


「突然のはかなげな美少女の登場で、さらに少ない男子部員がそわそわしちゃって、私たちは彼氏持ちだって知ってたからいいんだけど、他校の子たちがね」


 あれだけ堂々と手をつないでたのに彼氏じゃないとは思わなかったけどって細木先輩は笑う。

 そんなに目立つほど手を繋いでいた記憶はないんだけどな。


「まあ、それはおいといて。長刀始めてまだ二か月くらいっていうポッと出に話題が集まって、面白くないって思う子も多くてね。午前中の基礎練習は良かったんだけど、午後の稽古がねえ」

「柔道とかでいう乱取りみたいなのなんだけどね」


 薦田こもださんが説明してくれた。

 相手は他校の生徒で、一度も当たっていない人と、というのが暗黙のルールらしい。

 そこでルーには一番強い人が当てられた。

 強い人の胸を借りるのも勉強になるわよみたいな感じで。

 その人もほとんどの人と立ち会ったことがあるから、必然的にルーの相手をすることになったんだけど、問題は向き合った後だった。


「礼をして長刀構えたのはいいんだけど、一向に打ち合わないのよ。ジリジリ向き合ってるだけで、全然進まないからどうしたのかと思って見てたら、相手が『参りました』と下がってしまったの」

「向き合っただけで ?」

「そう。向き合っただけで。仕方ないからってその学校の先生が相手をしたんだけど、それがねえ」


 四段の先生相手に一歩もひかない打ち合い。周りの生徒たちもいつの間にか練習を止め、二人の打ち合いを見ていた。


「終わりの笛が鳴らなかったら、永遠に打ち合ってたんじゃないかしら。で、その後が問題で、最初の子って、いつも気迫ガンガンに出してくる子なのよ。それだけでビビっちゃう子もいるんだけど、そういうの感じなかったかって先生が聞いたの。そしたら『負けても次に勝てば良いくらいの気迫なら感じました』って言うじゃない。目からうろこよ。長刀って武器なのよね。忘れてたけど、昔はそれで命のやり取りしてたわけだし。自分がどれだけ安全なところで長刀ふるってたのかって反省しちゃったわ」


 ルーらしいなあ。武道館での稽古でも、全然迷いがない剣筋だしなあ。兄さんたちに仕込まれてるんだから、その辺の競技スポーツやってる高校生なんて相手になるはずがない。


「でね。問題はその後なのよ。聖ジェノの人たちが着替えてる間に反省会してたんだけど、そこの学校の話が聞こえてきてね」


 盗み聞きじゃないわよ。あそこの先生は声が大きいから嫌でも聞こえるの。と、細木先輩が言う。


「参りましたした子に、打ち合わなくて正解だ。あの子に勝とうと思ったら殺し合いをするくらいの意気込みでかからないと。あれは部活とか習い事とかのレベルじゃない。あの子は真剣で戦うサムライよって言ってた。そしたらなんか、あの子は人を殺せる、人殺しだって話が広がっちゃって」

 

 なんだって ?


「ちょうどそこに聖ジェノの人たちがロッカールームから出てきてね。こともあろうにどこかの生徒がこう言ったの」


 あ、人殺しが来た。


「大丈夫、山口君 ? 顔色が悪いわよ」

「だ、大丈夫です。続けてください」

「・・・そう ? でね、そしたらさざ波みたいって表現でわかるかな。あの子は人殺しって感じの声が広がっていって、さすがに不味いと思ってうちの子たちには言わせなかった。けど、佐藤さん、泣き出してしゃがみこんでしまったの」


 フラフラして一人で歩くこともできないようで、引率のコーチが抱えるようにして連れ帰ったという。

 もちろんその後は残った顧問の先生が怒りまくって、最初に言った女生徒やヒソヒソと話していた生徒たちを前に出して、物凄い騒ぎになった。

 土曜日に体調を崩したというのは、このことだったんだ。

 

「美少女が涙流して泣き崩れる様は、はっきり言って眼福だったわ。でも、あれは言っちゃいけなかったと思う。失礼極まりないわ」

「こういうのって、親には言えないじゃない ? 山口君がご両親と連絡とれるなら、教えてあげることはできないかな。あれは絶対に誰かのフォローが必要だと思うの」


 なんとなく、ルーがあちら夢の世界に来なかった理由がわかった。

 多分、寝るのが怖かったんだ。

 僕は馬鹿だ。

 初めて人の命を奪って、平静でいられるはずがなかったんだ。

 なんでもっと彼女に寄り添わなかったんだろう。

 こちら現実世界でそんなことを言われるなんて、思ってもいなかったろう。

 大丈夫な振りをして、本当は物凄く傷ついていたんだ。


「ありがとうございます、細木先輩。実は具合が悪くて週末会えなかったんです。でも、その理由がわかりました。ご両親に連絡して、彼女が立ち直れるようにしてもらいます」

「お願いね。本当に素晴らしい腕よ。このまま埋もれさせてはいけないわ。心配してるってつたえてね」


 先輩たちと別れると、僕はすぐにルーのお父さんに連絡を取った。

 この時間なら昼休みだよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る