第94話 父娘の会話

シリアス回もう少し続きます。


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「お父さん、ちょっといいですか」


 翌日の夜、珍しく早めに帰宅した父の書斎のドアを叩いた。

 3LDKの一室は両親の書斎になっている。

 

「どうした、めぐみ。何か相談かな」

「ちょっと、悩んでることがあって・・・」


 私は昨日の出来事をゲームの中の事として話した。

 そして同じことを夢でリアルな感じで見てしまったこと。


「ゲームの中とは言え人を傷つけ殺してしまったことに罪悪感を感じているということかな ?」

「少し違うと思います。シナリオ的にはそうしなくちゃいけなかったと思うし、仲間を助けるためには仕方がなかったと思う。ただ・・・」

「ただ ?」

「同じことが現実に起こったら、私、人を平気で殺しちゃうかもしれない・・・」


 父は腕組みしてウーンとうなる。


「どうしてそう思うんだい」

「だって、そうしないと仲間が死んじゃいます」

「仲間っていうのは波音なおと君かい」

「・・・はい。パーティー組んでるから」


 母の椅子に座るよう言われたので、素直に座って父と向き合う。


「人を傷つけたり殺したりするのは良くないことだね」

「はい」

「では黙って殺されるかい」

「それはいや」

「仲間を守るために戦う ?」

「はい」

「でも人を殺すのは悪いことだ」

「はい」


 父がわかり切っていることを延々と繰り返す。


「何が言いたいかというと、めぐみは今、矛盾の堂々巡りの真ん中にいるってことさ」

「矛盾 ?」

「こちらもあちらも立てたいけれど、それが出来ないということだ」


 父はハンガーに掛けられた制服を指さす。


「例えば、この国は軍隊を持たないということになっている。実際あるのは自衛する団体だ」

「・・・」

「けれど、海外に出ればネイビー、海軍扱いだよ。ほら、おかしいね。軍隊ではないのに軍隊と言われる」

「そうですね」

「だが、実際の装備は軍隊そのもの。なのに軍隊ではないという。矛盾しているね」


 難しい話になるのかな。


「つまりめぐみが今いるのはその状態だということ。日本人としての正義とゲームの中の常識が上手く合わさっていないんだよ。普通はゲームはゲームと割り切ってしまえるんだけどね」

「ゲームはゲーム・・・」

「ゲームや物語に取り込まれて犯罪を犯す人間もいる。だけど、めぐみはちゃんとわかっているんだろう、ゲームと現実が違うって」


 わかってる。夢の世界あちら現実こちらはまるっきり違うって。

 それでも、同じように人に対して刃をふるってしまうかもしれない自分が怖い。


「よほどのことがない限り、そういうシチュエーションにはならないと思うよ。それにお父さんはこうも思う。自分は絶対犯罪を起こさないと思っている人ほど危うい」

「あやうい ?」

「自分だけは大丈夫と思っている人ほど何かのきっかけで犯罪を起こしたり巻き込まれたりするんだ。めぐみが自分もそうなることがあるかもしれないと自覚しているのであれば、それはそれで抑止力になる」


 父はニコニコとなんだかうれしそうだ。


「たかがゲームというけれど、こんな風に考えさせてくれるのなら馬鹿にできないな。いいゲームにであったね、めぐみは」

「そうですね。そうかもしれません」


 私は立ち上がって椅子を元に戻す。


「お父さん。もう少し考えてみます」

「いつでもおいで。ところで、ゲームの中で波音なおと君はそのとき何をしていたのかな」

「私が倒した盗賊の手当てをしていました」

「それでまた手を繋いでかえったというわけかい」


 胸が、ズキンと音を立てた。


「・・・波音なおとさん、手、繋いでくれなかった・・・。お夕飯の支度をしてきます。お時間いただいてありがとう、お父さん」


 お米のスイッチ入れよう。

 昨日の作りすぎた唐揚げを酢豚風にして、後はお浸しと酢の物を作ればいいかな。

 ああ、今日は寝たくない。徹夜したい。



 もちろんそんなことは出来なくて、朝一番で私はギルマスの執務室にいかなければならなかった。

 当然アルも兄様たちも一緒だ。

 アルはおはようも言ってくれなかった。

 だから、私も言わない。


「一晩たって落ち着いたかね」

「落ち着いたも何も、ずっと同じです」


 そうだ。全部、同じだ。


「ギルマスが何を心配しているのかわかりませんけど、私は自分の仕事をしました。私が何もしなかったらアルが切られてた。今度同じことがあったら、アンシアちゃんでも兄様たちでも、目の前で危ない目にあったら・・・」

「あったら ?」

「昨日と同じです。全力で排除します」


 不思議なくらい、心は決まっている。

 もう割り切っているはずなのに、ずっと心の奥のほうでくすぶってるこれはなんだろう。


「ギルマス。今日はアンシアちゃんのチュートリアルに付きますけど、明日からはしばらくソロでやらせて下さい。ご老公様の方もお休みで」

「いいのかい ?」

「今の感覚を鈍らせたくないんです。お願いします」



 一日アンシアちゃんに付き添って墓場の草刈りをフォローする。

 前回徹底的に刈ったので、今回は草ぼうぼうにはならなかった。

 もう少し雑草が生えるまで待ってはどうかとの意見もあったが、そうすると今度は季節的に薬草が枯れてしまう。

 討伐のチュートリアルで無駄に時間を使ったので、まあ良かろうということになった。


「アンシアちゃんは薬草を集めて。区別は出来る ?」

「はい、大丈夫です。学校で薬学の授業を取ってましたから」

「じゃあ私はこちらの端から薬草周りの草を刈ってしまうから、がんばって真ん中で合流しましょう」


 ギルマスがしていたように薬草周りの草を円形に刈っていく。

 農家のズーハさんのところで覚えた土魔法だ。

 正確には刈るんじゃなくて、プップッと吐き出すように土から抜いていくんだけど。

 ギルマスのように根っこから燃やしてしまえば一度に終わるけど、実はまだ火の魔法を上手に使えない。

 広範囲でなおかつ単体を意識してっていうのは難しい。

 街中で火災を起こすわけにはいかないし、この季節、空気が乾燥しているから危険は冒したくない。

 こまめに集めて後でまとめて焼くことにする。


 アンシアちゃんはあっという間に指定された薬草を集め終わった。

 これを提出してしまえば、後はガンガン雑草を抜いていくだけだ。

 不可ふか用のランチをお弁当にしてもらって、二人で墓石に腰かけて食べる。

 墓場は陽当りが良くてポカポカして気持ちがいい。


「お姉さま、アルと喧嘩したんですか ?」


 唐突にアンシアちゃんが聞いてきた。


「してないけど、どうして ?」

「だって、今朝から挨拶もしないし目も合わせないし。それにいつも依頼はアルと二人でやってるのに今日は一人だし」


 はあ、よく見てるなあ。


「え、挨拶したよね ? 特に喧嘩とかしてないけど」

「してないんですか。なんか珍しいって感じ ? 二人で行動してるのが常だから」

「んー、私たちってご老公様と専属契約してるから、通常依頼は受けられないのね。だからいつもはみんなでまとまってることが多いんだけど、いい加減そろそろ独り立ちしなくちゃいけないの。だからこれからは別々に行動することが増えると思うわ」

「そうなんですか。ならいいんですけど」


 感がいいね、アンシアちゃん。

 昨日の依頼から私とアルの関係は変わってしまった。

 物凄い壁を感じている。

 近寄らせてくれない感じ。

 何が原因かわからない。

 突破口が見つかればいいんだけど。


「さ、続きをやっちゃいましょ。今きれいにしておけば、春のお墓参りが楽になるわ」

「はい、お姉さま」


 その夜、現世あちらでは昼間、私は自分のメンタルの弱さをまざまざと味わうことになった。

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