第91話 ギルマスのお説教
今日もアンシアちゃんと二人で釣り糸を垂れる。
アルはいない。
あのアルの酷い魔法証明の後、兄様たちが先にギルマスに報告に行き、私とアルは手間のかかるドレスの着換えが終わってから後を追った。
◎
「つまり、アロイス君。君は自分の回復魔法の力が強くなったということを証明する為だけに自分の腕を切った。と、そういうことだね ?」
ギルマスが怖い。
笑ってるのに怖い。
いつもはあたたかな執務室が、凍り付いた空気になっている。
案内人のビーさんの事前情報によると、ギルマスが普段は愛称で呼ぶ人を本名で呼んだり敬称をつけたりすると、それはつまり物凄く怒っている時らしい。
今アルは本名で呼ばれた上に『君』付けだ。
ギルマスはどれくらい怒っているのだろう。
「返事はどうしたね、アロイス君 ?」
「は、はい・・・」
「したのかね、しなかったのかね」
「・・・しました」
とても小さな声でアルが答える。
顔は真っ青で顔は床を見ていて、握ったこぶしは少し震えてる。
いつもと違うギルマスの雰囲気に、私も兄様も少し身構えてしまう。
「私はね、アロイス君。何が嫌いって
指で机をトントンと叩きながら笑顔のギルマスは言う。
「ここは俺に任せろだの、俺が食い止めるから先に行けだの、
「・・・」
「その結果としての、彼の犠牲は無駄ではなかったとか、きっと彼も本望だとか、
へ、
「前者は自分なら倒せるという傲慢、もしくは自分さえ犠牲になれば、ここで死んでも後は誰かがなんとかしてくれるという自己賛美と生きることへの諦め」
ギルマスは立ち上がりアルに近づく。
「後者は死なせてしまった後悔と罪悪感をごまかして、自分の行動を正当化しようという責任転嫁」
「・・・」
コツコツと靴の音がアルの前で止まる。
「そんなものに裏打ちされた平和などくそくらえだ」
「ギ、ギルマス、僕はっ !」
「かつて多数の若者が自ら死地に赴いた。戻ってきたものは少なかった。では、彼らは喜んで行ったのか。
「・・・」
「しかして君たちはこの世界において重傷を負っても回復し、死んだと思われても
アルの息が震えているのがわかる。兄様たちも目をそらしている。私もギルマスとアルを直視できない。
「だからと言って、わざわざ自分を傷つけていいということにはならない」
「は、はい・・・」
「君はベナンダンティとして最低のことをした。生を軽視している。死を尊重していない。そして一つの人生しか生きられない人たちに対してあまりに失礼だ」
アルはコクコクと頷く。ギルマスの右手が上がる。
アルがビクッと身をすくませる。と、次の瞬間ギルマスがアルをギュッと抱きしめた。
「命を・・・大事にしてくれ」
ギルマスの声が震えている。
「私にとっては冒険者の君たちは大切な子供だ。頼むから、もうこんなことはしないでくれ。もっと自分を大切にしてくれ」
「ギルマス・・・僕はっ !」
「このギルドで一番大切な掟は『死ぬな』だ。『生きろ』じゃない。いいね」
「はいっ、はいっ ! すみませんでした。もう二度としません ! 約束します !」
アルの顔が涙でグチャグチャになった。
私も泣きそうになった。
私たちは二つの世界で生きることを許されている。
それがどういう意味を持つのか。
どう生きればいいのか。
ギルマスはもう答えが出ているのだろうか。
◎
「それで今日はアルはいないんですか」
「ええ、一週間ラスさんのところでお孫さんに技術指導するんですって。今のところあの棒付きキャンデーを作れるのはラスさんとアルだけだから」
二人でいつも通り釣り竿を握っている。
昨日アンシアちゃんが聞きこんできた『ここで釣れなきゃどこでもダメ』ポイントだ。
「でもギルマスすごーく怒ってたって聞いてますよ。そんなので罰になるんですか ?」
「うーん、そうねえ」
私たちはご老公様と専属契約をしている。
だから通常依頼は受けられない。
年俸を月払いにしてもらってるから生活は全然問題ないが、それでは冒険者の腕が鈍ってしまう。
特に私は経験が足りないから、このままレベルだけ上がって中身がスカスカということになる。
だからギルマスがこれはという依頼から、私たちにあったものをマッチングしてくれる。
それが一週間出来ないとなると、いくらアルでも多少の鈍りは感じるはずだ。
バレエだってプロの人は一日休めば自分が気づき、二日休めば周りが気づき、三日休めば観客が気づくっていうもの。
あ。でもこれ言ったのってフランスのピアニストらしい。バレリーナの言葉だと思ってたよ。
でもどんなことでも、継続が大事っていうのは同じなんだろうね。
「確かに間が空くとそうかもしれませんね。だとするとたった一週間で済んだのはギルマスの恩情でしょうか」
「そうかもしれないわね。ギルマスはお優しいから」
そのお優しいギルマスは私にも一つ課題を与えた。
「ルーはしばらく魔法攻撃は禁止だ」
「禁止って、そしたら私、攻撃方法ありませんよ」
「長刀を使いなさい。振り回せないような狭いところ以外は魔法を使って攻撃してはいけない」
なにか理由はあるんだとは思うけど、唐突に言われて困惑している。
「それで討伐の依頼をこなしていくんですか」
「そうなの。しばらくチュートリアルはディードリッヒ兄様が付き添ってくれるわ。今の『討伐』が終われば後は『採集』だけだから、あちらは根気と集中力があればなんとかなると思う。アンシアちゃんなら大丈夫よ」
「はい、一人でも頑張れます。お姉さまは討伐を頑張って下さいね」
アンシアちゃんは親しくない人にはツンツンかツンデレだけど、一度懐に入ると本当に素直でかわいい。
私も彼女の対番として成果を出していかなきゃなって思う。
それがあんなにつらいことだって、この時はきづかなかったんだけど。
「おーい、ルーちゃんたち」
城壁の上から警備兵のお兄さんが声をかけてくる。
「これ、受け取って」
大きな虫取り網が二つ、上から落ちてきた。
何だろうと拾っていると、続いて大きな樽が静々と降ろされる。
「鮭の
私とアンシアちゃんは顔を見合わせてニコッと笑った。
「おにいさん、ありがとーっ !」
「いっぱい捕るねーっ !」
「おおっ、がんばれーっ !」
樽を挟んで二人で網を構える。
川下の方からバシャバシャという音が聞こえてくる。
何かが川を遡ってくる。
「アンシアちゃんっ ! 捕るわよっ !」
「はいっ、お姉さまっ !」
アンシアちゃんのチュートリアルが終わり、鮭漁が一段落つくころ、現ご領主夫妻がご帰郷されると連絡があった。
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