第75話 代官屋敷の攻防
夕方アンシアちゃんの下宿に寄った。
彼女はよく眠っていて、ピンクウサギのモモちゃんがその枕元に座り込んでいる。
スープの入っていたお鍋とスポーツドリンクを入れておいた水差しは空になっていた。
全部飲んでくれたんだ。嬉しい。
サイドテーブルに人参ケーキをおく。鍋とお椀を回収して、新しいスポーツドリンクを足しておく。
二日酔いにこれが効くのは脱水症状起こしてるからなんだけど、かなり甘いから要注意。
家庭科の授業で1本に入ってるのと同じ砂糖水を飲んだことがあるけれど、もう甘くて甘くて飲めたもんじゃなかった。
緊急避難的に飲むのはともかく、常用していて糖尿病になったスポーツマンがいたという都市伝説もあると聞いて、さもありなんと納得した。
以来お稽古の時はお水と塩飴を愛用している。
気が付くと足元にモモちゃんがいて、立ち上がって私のズボンを引っ張っている。
ごめん、君の事を忘れていたよ。
孤児院でわけてもらった人参をあげ、新しいお水もだして出してあげる。
「アンシアちゃんを見ていてくれてありがとう。もう一晩よろしくね」
モモちゃんはキュウと可愛くなくと、おいしそうに人参をかじる。
ボーっとその様子を見ていたら、ぬるくなったスポーツドリンクはすっごく不味いことを思い出した。
冷え冷えのときは美味しいんだけどね。
アンシアちゃんには冷たいまま飲んでもらいたいな。
そう思って水差しに手を伸ばす。
と、頭の中でチャンチャラチャンチャラチャラララララと音楽が流れ、機械音声が響いた。
【冷却しました。6時間保冷します】
しまった。またやっちゃった・・・。
◎
ギルドに戻って報告すると、ギルマスはおでこに手を当ててため息をつき、兄様ズはあきれたように首をふった。
よくアメリカの人がやるあれだ。
アルも可哀そうな人を見るような目をしている。
「おまえなあ、変な魔法ばかり覚えるなよ。普通は攻撃魔法とか防御魔法とかを先に覚えるんだぞ」
「変な魔法とは失礼な。実用的でいいじゃないですか」
今までエイヴァン兄様にはため口だった私だが、セシリアさんの教育のおかげで目上の人には敬語を使うようになった。
それはそれで気色が悪いとか言われたので、モモちゃんにキックをお見舞いしてもらった。
「冷たいものは冷たいまま、温かいものは温かいまま。和食の基本ですよ」
「で、それが魔物を倒すのに何の役にたつんだ ?」
「うぬぬぬぬぬっ !」
確かに私は魔物退治の経験は少ない。
必要がないから魔法を覚えない。
剣は苦手、小手先の魔法で乗り切ってきた。
でも、仕方ないんじゃない ?
必要は発明の母って言うか、攻撃するような状況になかったから覚えなかった。
私は自分を楽な方においていたのかな。
もっと追い込んでいかないといけなかったのかな。
チュートリアルに真剣に向き合って、一人でなんとか頑張ろうとしているアンシアちゃん。
兄様ズやアルに助けられてばかりの自分が恥ずかしい。
「ところで冷やすのはわかったが、温めるほうはどうかね ?」
「あ、できます。保温時間は6時間です」
◎
翌日、アンシアちゃんは元気になっていた。
ハイディさんのところに行ってサインをもらって、ディフネさんのところに行って、次は代官様のところだけど、その前に市警本部によってお世話をかけたお礼を言った。
そしたら逆に昨日差し入れした柿ピーのお礼を言われた。
また食べたいって。
同じものは無理だけど、似たような物の作り方を調べてラスさんに作ってもらおう。
確か落花生もあったよね。
そんなこんなで最後の難関、代官様のお屋敷にやって来た。
「アンシアちゃん、何度も言うけど、依頼の内容を自分に都合のいいように解釈しちゃだめ。依頼して下さるお客様のご意向に沿ってね」
「わかったわ。お代官様のサインをいただけばいいのよね」
「そうよ。これが最後だから、頑張ってね」
案の定、代官屋敷ではご老公様が待ち構えていた。
「サインをさせてもらおうか」
「ヤです」
アンシアちゃんは即座に断った。
「あたし、おじいちゃんが誰か知りません。お代官様のサインが欲しいんで、知らない人のじゃないです」
「儂はここの前領主じゃ。代官よりも偉いんじゃ」
「でもお代官様じゃないです」
ご老公様とアンシアちゃんがにらみ合っている。
どちらも一歩も引く様子がない。
「・・・サインをさせろ」
「おことわりです」
「生意気な小娘がっ ! 黙ってサインをさせるんじゃっ !」
「ヤだっていってるじゃないっ ! しつこいのよ、このクソ爺っ !」
アンシアちゃんは依頼書をご老公様から守ろうと部屋の中を逃げ回る。
ご老公様は年寄りとは思えない速さで彼女を追いかける。
私はモモちゃんを抱きしめて部屋の隅に避難する。
「儂に逆らってこの街で生きていけると思うなよっ !」
「お代官様のサインをもらえなきゃ、ここで冒険者になれないんだからおんなじよっ !」
「逃げ回るなっ、小娘っ」
「しっつこいのよっ、死にぞこないのくそ爺っ !」
「ちょっと、二人ともそんなにグルグル回ると溶けてバターになっちゃうわよ」
私の止める声も二人の耳には届かない。
ご老公様の手がアンシアちゃんの肩にかかりそうになったその時、モモちゃんが腕の中から飛び出した。
そして床を一蹴りすると、ご老公様の額に渾身のキックを放ったのだった。
◎
「一体何をなさっているんですか、良い年をして恥ずかしくはありませんか」
ご老公様は額を冷たいタオルで冷やしながら侍女頭のセシリアに怒られていた。
「儂はいつも通りチュートリアルの邪魔をしただけ・・・」
「嘘をおっしゃいますな。若い女の子のお尻を追いかけるなど、当家の元ご当主様としてありえないことでございますよ」
「尻など追っかけとらん ! 追っかけとったのは依頼書じゃっ !」
「結果的にはお尻を追いかけていようにしか見えなかったと、代官屋敷の使用人全員が証言しておりますよ。おまけにウサギに足蹴にされるなど」
少女たちは今頃ギルドについてチュートリアル達成を喜びあっているころだろうか。
「ところであの小娘が侍女見習で入ってくるのか。あの口の悪さと気の強さでやっていけるかの」
「望むところでございますよ。ああいう子ほど叩けば叩くほど高みに登っていくものです」
セシリアは湿布を持ってきた若いメイドにそれは不要と持ち帰らせる。
「しばらくその足跡をさらしてお過ごしくださいませ。お嬢様と婿様がお帰りまでに消えるとよろしゅうございますね」
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