第70話 私の新しい魔法
アンシアちゃんがお酒とジュースを間違えて飲んでしまった日。
その辺の市警のお兄さんを連れて戻ってくると、彼女はすでに寝落ちしていた。
飲酒の片棒を担いだピンクウサギのモモちゃんを抱きしめて寝ている彼女の頬は涙でカビカビだった。
冒険者ギルドの女子寮までは遠いので、人力車を呼んで連れて行ってもらう。
寮の中までは男性は入れないので、玄関の中まで運んでもらってお別れする。
人力車の車夫さんには少し色をつけてお渡しした。
市警の方には明日何か差し入れをしておこう。
さて、アンシアちゃんをどうやって部屋まで連れて行こう。
彼女の部屋は三階だ。
担いでいこうにもモモちゃんと合わせると50キロ前後ある。
引きずっていくのも無理がある。
こういうときこそ魔法じゃないかしら。
イメージする。
ストレッチャー。階段は無理。
担架。一人じゃ運べない
ちっちゃい子みたいに軽かったらなあ。
ふわっとできたらなあ。
◎
「あ、あんた、なにやってんだい !」
階段を上がっているとお掃除のおばさんが目を丸くしてこちらを見ている。
「あ、脅かしてすみません。この子ジュースとお酒を間違えて飲んでしまって。部屋で寝かせたいんですけど、お手伝いお願いしていいですか」
「そりゃ、いいけど、これは、魔法かい ?」
「はい、物を浮かす魔法です」
私の頭の上あたり。
アンシアちゃんがモモちゃんを抱いた姿で浮かんでいる。
私は彼女の服を掴んで階段を上がってきた。
縁日で売ってるお散歩犬さんバルーンと似たような感じだ。
地面近くだとどこかにぶつけたり踏まれたりするんじゃないかと思って高い位置にした。
「お部屋、どこでしょう。寝かせてあげたいんですが」
「こっちだよ。ついておいで」
おばさんは『アンシア』と書かれたドアをマスターキーで開けてくれた。
「寝かせる前に靴とか脱がせてあげないとね。もう少し浮かせてられるかい」
「大丈夫です。ベッドの上あたりでいいですか」
ベッドから少し浮いたアンシアちゃんの服を緩めて、靴と靴下を脱がせる。
ラスさんの棒付きキャンデーの入ったバックをサイドテーブルに置く。
おばさんが生活魔法で水差しを満タンにしてくれた。
「こりゃあ朝までぐっすりと寝そうだね。後はこっちで見とくからギルドに戻っていいよ」
「あの、おばさん。彼女、ここに知り合いが誰もいなくて、凄く不安みたいなんです。尖がってるけど、本当はすごく頑張り屋さんで、・・・」
「わかってるよ」
おばさんはアンシアちゃんとモモちゃんの毛布を直す。
「何年この仕事をしてると思ってるんだい ? パッとみればどんな子かは大体はわかるよ。本当に嫌な子はあたしたちに目もくれやしないよ。それにどんなに取り繕ったって、心からじゃない言葉はうわっ滑りするもんさ」
「アンシアちゃんはそうじゃない ?」
「あの子は掃除や洗濯をしておけばありがとうと言うし、食事の後はごちそうさまでしたも言える。行ってきます、ただいま、おやすみなさい。態度は素っ気ないけど、普通の娘さんだよ。ここで働いてる連中はわかってるさ。後はあの子がいつ心を開いてくれるかってことだよ」
だから安心してまかしておくれ。明日の朝またおいで。
おばさんはそう言って私を送り出してくれた。
◎
「おや、ルー。チュートリアルは終わったかい」
「そのことですけど・・・」
ギルドに戻った私は事の顛末をギルマスに話した。
アンシアちゃんが首席にも関わらず魔法師団に入れなかったこと。
生まれと育ちで差別されてきたこと。
だから誰よりも早く一流の冒険者になって見返したいこと。
家族を安心させたいこと。
彼女がモモちゃんに向かって話していたことだ。
「なんでアンシアちゃんが私に突っかかってきたか、これまでの事を聞けばわかります。でも生まれで育った街で差別なんて、私には理解出来ません」
「首席なのにこんな田舎に流れてきたから、何かあったんだろうとは思っていたんだが、そうか、シジル地区がらみだったんだね」
ギルマスは小さくため息をつく。
そして王都のシジル地区について簡単に教えてくれた。
「差別が理解できないのは、君がベナンダンティ、それも日本人だからだよ。こんな話はこの世界ではどこでもある。確かに彼女はひどい扱いを受けた。でも、だからと言って同情するのは違う」
「ひどいと思うのは同情ですか」
「哀れみとも紙一重、かな。可哀そうとかひどいとか、言うだけなら誰でもできる。問題はその感情をどこにむけるか、だ。直情的に行動するというのも違うね」
よくわからない。
そんな私の顔を見て、ギルマスは面白そうに笑う。
「たとえば可哀そう、何かしたい、ボランティアに行く。その為に家族が迷惑をする。ボランティアをしてこんなにがんばってるのに感謝されないと文句を言う。どちらもおかしいね」
「純粋な気持ちであれば感謝はいらない・・・でも、それって自己満足でしかないですよね。なら何が一番正しいんでしょう」
「何が正しいんだろうね。どうしたら解決できるんだろうね。ルーはどう思う ?」
うーん。難しい話になってしまった。
日本だったら、そういうところに配信するとか、マスコミを利用するとか、デモをするとか。
でもこちらではそういうものはない。
直接行政に文句を言っても門前払いに決まってる。
大本が地域差別なんだから、そこをどうにかするしかないのだ。
「ごめんなさい。どうしたらいいかわかりません。長い時間かけてできた差別ですから、同じ時間をかけて解決していくしかないと思います。それとこれは私が関わっていい問題じゃありません。今の私が考えなきゃいけないのはアンシアちゃんのことだけです」
「うん、そうだね」
ギルマスはいつもやさしい。
間違っても失敗しても、ちゃんと受け止めて導いてくれる。
私は安心して大人になれる。
まずはアンシアちゃんが一流の冒険者になる。
シジル地区の人間でも凄い人がいると知らしめる。
きっとその後に続く人たちが出る。
そうやっていけば、いつかそんな歴史があったって笑い話になるかもしれない。
たとえそれが数十年先でも。
これは壮大な計画の第一歩だ。
「私がすべきことは、アンシアちゃんのチュートリアルが無事に終わるよう手助けすることです」
「わかっているなら大丈夫だね。ところで新しい魔法を覚えたようだけど、説明してくれるかい」
まずはこの間の魔法対決の分から。
「あれは引き寄せ、というか、私が知ってるものを取り寄せる魔法です。知らないものは無理です」
「具体的にはどういうものかね」
「スマホとかタブレットとかの電子機器、電気で動くものとかは、詳しい中身を知らないからかダメでした。逆に作り方はしらないけれど、いつも食べたり飲んだりしているものは大丈夫です」
すると鍋とかやかんなどの調理道具とかはお取り寄せ出来るんだろうか。ちょっと今度試してみよう。
「でも本当はネットスーパーがよかったです」
「フェンリルやスライムを従魔にして ?」
ギルマス、わかってらっしゃる。
「他にはあるかね」
「さっき新しいものを覚えました。こんなのです」
ギルマスの体が椅子ごと空に浮く。
「さっきアンシアちゃんを三階に連れて行こうとして覚えました」
「次から次へとまあ、その発想力には頭が下がるよ」
そろそろ降ろしてもらってもいいかな、というギルマスの笑顔は少し引きつっていた。
「どちらも使い勝手がよさそうだね。引き寄せのほうは色々試して思い通りの物が出せるよう練習しておきなさい。浮遊の方は・・・人だと危ないから、とりあえずは物にしておこうか」
「わかりました。それじゃあ、ええっと、これっ !」
私の手の中に20センチ角の化粧箱が現れる。
「どうぞ。お口に合えば良いのですが」
「これは・・・柿の種 ? 渋いねえ。ありがとう。市警長にもお裾分けするよ」
超高級柿の種。
そうだ。明日の市警さんへのお礼はコンビニとかで売ってる柿ピーにしよう。
バスケットかなにかに詰め替えればいいかな。
明日はアンシアちゃんにスポーツドリンクを持っていってあげよう。
「わかっていると思うが、アンシアの出身地については口外しないように」
「わかりました」
「それと今日彼女から聞いたこともね。多分、彼女は自分の言ったことをおぼえていない。酔っ払いとはそういうものだ」
そうなの ?
酔っ払いとはなんて便利な生き物だろう。
私も一回酔っ払いになってみたいな。
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