第56話 ルーの討伐修行 その5 そして討伐


 ルーちゃん、いいこと考えた(ハート)


 そのとき私は笑っていたのだろう。

 それを合図にウサギたちが一斉に飛び掛かる。

 だが、それより早く私の無詠唱魔法が展開する。



 警備隊長は、いや、その時正門に集まったすべての人が唖然とした。

 あれだけじりじりとしていた空間が、一瞬にして勝負がついてしまった。

 少女がニッと笑った瞬間、桃色の塊が地面を蹴った。

 控えていた冒険者たちや警備兵たちが動く間もなく、少女の前に巨大な壁が出現した。

 ボスっという音が続き、それが聞こえなくなった時、壁の向こうで雷のような音が響いた。

 サラサラと音を立てて壁が砂に変わる。

 後には動かなくなった桃色の集団がいた。



「いやあ、こんなにうまくいくとは思わなかったわあ」


 あまりに上手くいったので、少し気持ちがいい。

 突進してくる一角ウサギの角をなんとかしようと思った私は、まず粘土質の土の壁を作った。

 次に角を壁にめり込ませたところで粘土の強化。

 続いて壁全体に電気ショックをかけた。

 これで毛皮を傷つけることなく一網打尽。

 イメージとしては、粘土壁 ⇒ 焼いて陶器 ⇒ 電気椅子。

 ああ、魔法って素晴らしい。イメージの力、ブラボー。

 ホッと力を抜いたその時、エイヴァン兄様が声をあげた。


「ルー、後ろっ !」


 振り向くと右目の潰れたピンキーズ・キングがのっそりと立ち上がっている。

 しびれてなかったか。

 さすがキング。

 と、ダメージを受けた体で地面を強く蹴り、私に向かって飛び掛かってきた。

 すっと左肩を引き受け流す。

 スタっと着地したキングは再び私に向かってくる。

 私は腰の剣を抜き構える。

 私は剣は苦手だ。

 冒険者としてはどうかと思うけど、今まで自分の腕で戦ってきたので、物を使って戦うのに慣れていないのだ。

 だが、そんなことを言ってはいられない。

 高くジャンプしてくるそれをかわし、思いっきり剣を振り下ろした。


 ◎


 冒険者ギルドの裏。

 新人教育や鍛錬に使われている武道館と呼ばれる建物。

 いつもはこんなところには近寄らない街の女性たちはが、その窓に鈴なりになっている。

 下はおさない少女から上は杖をついた老婦人まで、目をキラキラさせて建物を覗き込んでいる。


「とりあえずつがいを五組だけ残してもらいましたけど、残り全部処分したって知られたら、私この街であるいていられますか。後ろから襲われたり指さされてひそひそ話の対象になる未来しか思い浮かばないんですけど」


 頭が重い。

 ずっとへばりついてるコイツのせいだ。


「そこはまあ、しょうがないかも」

「どこがしょうがないんですか。ええ、わかってますよ。ぜーんぶコイツらがかわいいのが悪い」


 最後まで抗ったピンキーズ・キング。

 私の剣はキングの体には当たらず、その角を叩き折った。

 そして次の攻撃に備えて身構えると、キングの目が変わっていた。

 青から赤へ。

 そして先ほどまでの殺伐とした雰囲気は消え、ただのウサギになった。毛皮の色はそのままで。

 角がなければ変色して狂暴化した性質がなくなるのではないか。

 そう結論づけた私たちは、気絶しているウサギの角を折りまくった。

 武道館の中に囲いを作り、ウサギの変化を観察。

 その結果、やはり角を折られたピンクウサギはただのウサギになっていた。


「毛皮は売れますし、肉も食べられますよ。特に毒とかないです」

「本当か ? なぜわかる、いや、もしかして鑑定の魔法を覚えたか」

「はい、どうやったら勝てるかじっくり観察していたら突然」


 私の覚えた『鑑定』の魔法は、小説のように目の前に画面が現れるなんてことはなく、頭の中に情報が流れてくるものだった。


『一角ウサギ (ピンク) ・・・強い。

 肉・・・かなり美味しい。

 角・・・滋養強壮剤の素』


 こんな感じ。

 数値とかあったら討伐のときに楽だろうなと思うけど、贅沢言ったらきりがない。


「それで提案なんですけど、このピンクの毛皮ってとても珍しいと思うんです」

「それはそうだな。普通の一角ウサギの毛皮でも十分高く売れるしな」

「で、ですね。この子達が子供産んだら、それはただのウサギでしょうか。それとも一角ウサギでしょうか」


 ピンクのウサギをモフモフしていた冒険者たちの手が止まる。


「毛皮の色は白でしょうか。ピンクの子が生まれてくるんでしょうか。それによってこれからこの街のブランド価値が変わってくると思うんです」

「それはつまり、ピンクの毛皮を量産できるかもと言うことか」

「そうです。高値で売り出せば、ずいぶんな儲けになると思いませんか。それに毛皮に肉はつきものですから、それで名物料理なんか作れば、それ目当てで訪れる人も出るかもしれません」


 私は窓の外のご婦人方を見て、もう一つの考えを告げる。


「もしピンクウサギが量産できれば、ペットとして売り出すこともできるでしょう」

「ペット ? しかし、それではどこでもピンクウサギを繁殖できることになる」

「あらかじめ避妊手術をしたものをペット用に売り出せば・・・」

「ちょ、ちょっと待てっ ! 口を閉じろ !」


 ディードリッヒ兄様が私の口を急いでふさぐ。なんで ?


「年頃の娘がそういうのを口にするんじゃありません ! もう少しボカシて言いなさい !」


 あー、はいはい。でも犬猫飼う特に必要なことだって、学校では教えてもらったし。そうか、だめなのか。

 そういえば侍従教育受け始めてから、兄様たちの言葉遣いが各段によくなっているなあ、対外的には。


「 とにかく、使えるものは徹底的に使うべきだと思うんです。これから先も変色ウサギが出てくることはあるでしょう ? 今日の成果を生かせれば、青い毛皮だって、黒い毛皮だって手に入り放題ですよ。儲けたお金を街に還元すれば、この街はもっと住みよくなるとおもうんですけど」

「確かに。お前が討伐した獲物だ。好きにすればいい。だが、ウサギの繁殖はギルドに任せたほうがいいとおもうぞ。一人では難しいだろう」

「はい、お願いします」

「ところで、そいつはいつまでお前の頭に乗ってるんだ?」


 エイヴァン兄様がそいつの耳をピンとはじく。

 私の肩コリの原因、それはピンキーズ・キングだ。

 おとなしい普通のウサギになったとたん、なぜか私になつき肩やら頭やらに乗って離れない。


「よかったな、あこがれのモフモフだぞ」

「心ゆくまで堪能しろよ」


 ヒルデブランドがピンクのウサギで有名になるのはもう少し先の話。

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