第43話 だって涙がでちゃう 女の子だもン
「ルー! 気が付いた?!」
その声でハッと気が付くと、私はベナンダンティ専用の宿舎の個室にいた。
声が聞こえてきたときのままだ。
真っ暗な中、何も変わっていない。
あれは・・・誰?
兄様たちのこと知ってた。
昨日のこと知ってた。
ハイディさんのことも、私が黒パンが好きなことも。
誰?
・・・知ってる。
でも、認めたくない。
認めたくないけど、でも、あのしゃべりかた。
私の知ってる声よりちょっとだけ高い。
まちがいない。
知らない顔、知らない声。
でも、はっきりわかる。
あれは、アルだ。
「アルのばかあぁぁぁぁぁっ!」
誰もいない深夜の宿舎。私は思う存分悪態を垂れた。
◎
「なんで怒ってるの、言ってくれなきゃわからないよ」
ギルマス執務室。
本来なら用のない人間は入れないのだが、今や完全に私たちの会議室と化している。
朝いちばんで押し掛けた私は、いつものメンバーが集まるのを待った。
そして全員勢ぞろいしたところで、ギルマスとアロイスを黙って睨みつけていた。
「アルの言う通りだ。一体なんでそんなに不機嫌なんだね」
「・・・」
「おい、ルー。何か言ってやれよ」
何か、何か? ええ、言いたいことはありますとも。
「アル、昨日、私の病院に来たでしょ」
「あ、うん! 気が付いてくれたよね! 一瞬だけど、目が開いたよね!」
何で嬉しそうなの。
「回復魔法が現世でも使えたんだ。全然威力もなくて、効果なんてあるかどうか心配・・・ルー?」
「・・・何で来たの」
「あの、ね?」
「なんで私に断りもなく会いにきたのよ!」
ギルマスとアロイスが目をまん丸くした。
「ちょっとまってくれ、ルー。病院に行くことは決まっていただろう。何をいまさら」
「最初にメールを打ったのは聞きました。でも、その後はなにもなし。どうなっているのかってエイヴァン兄様にも言ってたんです。兄様は何かあったらギルマスが教えてくれるって言ってたのに。なんでだまし討ちみたいに会いに来てるんですかっ! なんで当事者の私になんの報告もないんですかっ!!」
アロイスに顔を見られた。
今まで人に見られたくなくて前髪伸ばして隠してたのに。
ゲ〇ゲの〇太郎って言われても、見られるくらいなら笑われる方を選んでたのに。
なんで勝手に病室に入って人の顔を見てるのよ。
口惜しさと恥ずかしさでまたまたウルウルしてくる。
こちらに来てから私は泣き虫だ。
かまうもんか。
今ならギルマスの執務室、パシフィック・オーシャンの底に沈める自信がある。
女の涙は武器だって言った政治家さんがいたらしいけど、今日は思う存分その武器を使わせてもらう。
私、怒ってるんだ!
「ギルマス、本当ですか。ルーに言わずに病院に行ったってのは」
「あ、ああ。メール三回、その後でご家族と連絡を取って、アルには病院に行ってもらった。予定通りだ」
「予定通りね。こりゃまたとんでもないことを」
エイヴァン兄様とディードリッヒ兄様がギルマスとアルを睨みつける。
「アル、お前、あっちに彼女はいるか」
「い、いない! 女の子と付き合ったことないです!」
「ギルマスは奥様とは恋愛結婚ですか」
「いやあ、出征当日にあわてて祝言をあげて、その後は終戦まで会わなかったな」
やっぱり。
兄様たちがギルマスとアロイスを並べてソファに座らせる。
「二人とも、女心がまるでわかってない」
「正直、小学生レベルで娘心に理解がない」
「そ、そんなことはないだろう!」
ギルマスがあわてて否定するが、二人はイヤいやイヤと手をピシピシとふる。
「こいつが容姿にコンプレックス持ってるのは知ってましたよね」
「試合中に髪で隠すくらい顔を見られるのが嫌がってることも」
ギルマスたちがうんうんと頷く。
知ってたんかい。
「じゃあ、意識不明のこいつが、自分で顔を隠す手段がないってこともわかるでしょう」
「まして入院中。自分がどんな状態かもわからないのに、無防備な状態を年頃の男子に見られるのがどれだけ苦痛かわかりますか」
よし、兄様たち、よくわかってるじゃないか。
「せめて、会いに行く前にこいつに言っておくべきでしたよ。明日、お見舞いに行くってね」
「そうしたらこいつも、今頃アルが会いに行ってるだろうと心の準備もできたんですよ」
そう、言ってくれていたら羊なんて数えてないで、アルがどんな風に会いに行ったかって想像して、眠れない夜も少しは楽しく過ごすことが出来たはず。
「ギルマスもアルも、女性の気持ちをもう少し考えた方がいい」
「ギルマスはともかく、アルはその辺ちゃんと考えないと、この先の人生つまらない思いをするぞ」
兄様たち容赦ないなあ。
青ざめた顔のアルが、小さな声でゴメンと言った。
「どのくらいの頻度でメールするかは言ってたから、君が知ってるんだと思い違いをしていた。そうだよね。いやだよね。君の気持ちを全然考えなかった」
「うん、すごく嫌だった」
ギルマスも加わり謝罪をたくさんしてくれた。
「明日もお見舞いに行くよ。君のおばあさんたちにも言ってあるんだ。予備校が近いから、始まる前によるって」
「アルの顔が一瞬だけど見えたわ。あのとき回復魔法を使っていたのね」
「あちらでは微弱な魔力しかでないけど、毎日続けて続ければきっと効果が出ると思うんだ。夏休み中になんとかあちらに戻ろう」
任せてというアルは、全然違う顔なのにあちらの姿と重なって見える。
「ところで、アル」
「なんです、ディー兄さん」
「お前、あっちでルーを見てるんだろう。実際どうなんだ。こいつが言う通り、ブサイクなのか」
「おい、ディー!」
エイヴァン兄様が慌てて止める。私はアルをちらっと見る。
「見ました。ちゃんとみたけど、どうだったかは言いません」
「私、やっぱり・・・」
「違うよ!」
アルは私の手を両手でしっかり握る。
「今ここで僕の感想を言っても、君はきっと信じてくれないと思うんだ。だから、あちらで目を覚ました時、その時にきちんと言うよ。約束する」
真剣な目でアルに言われ、私は少し不安はあるがその時を待とうと思った。
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