第15話 ヒルデブランド市警はけっこうがんばってる


 街を貫く『一直線通り』を南に下っていく。

 道の半分くらいまでは追っ手はなかった。

 多分ご老公様が足止めして下さったのだろう。それを見越しての出血大大大サービスだ。

 ・・・はっきり言って、最初のキスはいつか出来るであろう彼氏にあげたかったよ。今はまだいないけどね。

 そのうちあちこちの路地から、冒険者たちがあふれ出てきた。


「ここから先は行かせない!」

「おまえの運もここまでだ!」


 何度目かの引導を渡す台詞にまたかと思うけど、ここで足を止める訳にはいかない。

 無視してそのまま前へと進む。

 前をとおせんぼする男たちをどうかわそう。

 と、その瞬間、男たちが崩れ落ちた。


「さ、早く行きなさい! ここは私たちが引き受けたわ!」


 そこそこ上等の服を着た奥様方が、それぞれフライパンやらお玉を手に立ち塞がっていた。


「通りをまっすぐ行くのよ。寄り道しちゃだめよ」

「もちろん、キャンデーはいただけるのよね」


 たんこぶ作って足下で倒れている冒険者たちを足でグリグリしながら、奥様方は笑顔で言った。

 後頭部のたんこぶがかわいそうだ。


「げぶめーキャンデー!」


 かわいらしい声が響く。言ってることはあまり可愛くない。

 通りの真ん中、2列になって向かい合った子供たちが、手をつないで私たちを迎えてくれる。

 当然その中には冒険者たちは入れない。

 人間の壁だ。


「卑劣だ。なぜここまで非情になれる」

「子供たちを盾にするなど、人間じゃねえ」

「私がやらせたみたいに言わないでよっ! 子供たちが自主的にやってくれてるんだから!」


 子供達が作ってくれた通路を駆け抜ける。

 道のむこうでまとめ役の子が指を七本かかげている。


「少なくなーい?! こんなたくさんいるよ!」

「二重取りになっちゃう。新しい子の分だけでいいよ」


 律儀な子たちだ。つか、こんなたくさんの子供たちが支えてくれてたんだ。

 これは必ずゴールしなくっちゃ!

 ところで、げぶめーキャンデーとはなんだ。

 フカ同様に意味がわからないが、対番のように日本語由来なんだろうか。

 ベナンダンティ初日にして疑問ばかりがわいてくる。

 だが、そのあたりを考えている時間は無い。

 集中。

 考えるな。

 足を止めるな。

 前に向かえ。



「なぜだ、なぜこんなに仲間が少ないんだ」

「逮捕されるようなことはするなと伝令はだしてありやすぜ。捕まってはいないはずです」


 冒険者の頭は妨害要員の少なさにいらだちを隠せない。

 初手で仲間の三分の一を失い、これ以上減らされてはかなわないと、動き方に重々気をくばれと周知させているはずだ。

 にしても、人手が少なすぎる。


「すまないなあ。ちーっとばかし邪魔させてもらっている」

「市警長?!」


 振り返るとヒルデプランド市警長が腕組みをして笑っている。


「今回はおイタがすぎたな。自分の記録を奪われたくないのはわかるが、仲間総動員しての邪魔はやりすぎだ。まして市民の生活を脅かすようでは、こちらとしても見過ごすことはできない」

「脅かすなんてことはしてない。せいぜい庭に入ったくらいだ」


 市警長はふぅっと息をはいて言う。


「人が丹精込めて育てた草花を踏み荒らして何を言う。五つ六つくらいの女の子が、市警のおじちゃん、あたしのお花が潰れちゃったと泣きついてくるんだぞ。どう責任とるつもりだ、あ?」

「そ、それは!」

「他の奴らはすでに邪魔できないように職務質問を受けてもらっている。残ったのはお前たちだけだ。さあ、どうする」


 職務質問。市警の必殺技。つか、それしか仕事がないと言っても過言ではない。

 何十年もの間の細やかな職質と巡回で、ヒルデブランドの市民は市警に絶大な信頼を置いている。

 その市民に見守られながらの職務質問。


「逃げられるわけがない・・・」

「だな。あきらめるか」

「ここまできてか? ありえんだろう」


 男はムッとして市警長をにらみつけた。


「では、行ってこい。後腐れのないよう、徹底的にな。ただし、市民と相手の嬢ちゃんには怪我をさせるなよ」

「わかってるわ!」


 一人走り去る男の背中を、市警長はおもしろそうに眺め、自分もその後を追った。

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