第13話 ご老公様がいたよ スケさんとカクさんはいなかったけど

急に涼しくなりましたね。

本日もお運びいただきありがとうございます。

PV数がとても励みになります。

楽しんでいただければ幸いです。


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「邪魔するぞ、ギルマス」


 ギルドマスターの執務室に入ってきたのは大柄なマント姿の男だ。


「市警長、ノックぐらいしてください。今日は・・・ああ、例のお祭りのことですか」


 客に椅子を勧め、自分も向かいにすわる。市警長は遠慮する様子も見せず席に座る。


「祭りねえ。一体何をしているんだ、おまえのところは」

「ですから、お祭りですよ。このところパッと騒げることがありませんでしたからね。いい気晴らしではないですか」

「ギリギリ成年の女の子一人、冒険者総動員して追っかけるのは祭りとは言わんぞ。おかげでこちらも大騒ぎだ」

「それこそそちらも実地訓練が出来てよいのではないですか。なにしろ、この街は・・・」


 そう、このヒルデブランドの街は、犯罪らしい犯罪が起こらないのだ。たまによそからきた冒険者や商人が問題を起こすくらい。

 騒ぎを聞いて市警が駆けつける頃には、冒険者なり街の人々なりに解決されていたりすることも多い。

 市警の出番なしである。

 そして問題を起こした人物も、一ヶ月もこの街で生活すると不思議なほど常識人へと変貌する。


「久しぶりと言うか、初めて逮捕できたと新人が感動していた。やはり場数を踏まないと成長せんしな。活き活きと職務に励んでいる」

「こちらも連携、作戦起案、実行と、短い時間で得るものが多いようです。フカも使い方しだいですね。ノリノリで追いかけてますよ」

「ところで・・・」


 市警長がグイと身を乗り出した。


「あの嬢ちゃん、こっちによこさないか」

「あの子を市警にですか。どうしたんです?」

「あれだけの男どもから追いかけられているというのに、怯えも戸惑いも見せん。肝が据わっている。咄嗟の判断も的確だ。ただものじゃないだろう、あの子は」

「買いかぶりすぎですよ」


 ギルマスは顔の前でイヤイヤと手をふる。


「いや、今までのフカたちは初めてのチュートリアルでは、ビグビクしたりオロオロしたりでなかなか動こうとしなかった。あの子はそんな様子が全くない。依頼をこなすのに迷いがない。どこから連れてきた」

「自分から来たんですよ、冒険者になりたいとね」

「・・・『マルべ』の方からか」

「その通りです」


 ベナンダンティについては、ギルドマスター、市警長、代官、領主の四人が秘密を共有している。

 当然ベナンダンティの見分け方は知っている。だが、件の彼女は常時走っているため、ピアスの有無を確認することができなかったのだ。


「なんで優秀な奴はそっちにばかり流れるかね。たまにはこっちに来たいって奴がいたっていいのにな」

「市警と同じ仕事もあるから、それに憧れてそちらに行く子もそのうち出てきますよ。今回はだめですけどね。それより、留置しているうちの子達はどうします?」

「この騒ぎが収まったら、すぐに釈放してやるよ。なにしろお祭りだからな。恩赦ってやつだな」

「それにしても、なんだってこの街の住民はこういう大騒ぎが好きなんでしょうね」

「全力で楽しむのはこの街の特徴だからな。さて、俺もそろそろ参戦してくるか」

「お手柔らかにお願いしますよ」


 執務室の外まで市警長を見送ると、ギルドマスターは再び自分の仕事に戻った。

 結構書類仕事が多いのだ、ギルマスとは。




 私たちがくつろいでいる部屋に入ってきたのは、恰幅のいい素敵なおじいちゃんだった。

 私とアロイスは立ち上がって礼をする。


「はじめまして。突然お伺いして申し訳ありません。私はルーと申します。代官様でしょうか」

「いや、違うよ」


 あれ?


「私は領主の父で、前領主だ。街の者はご老公と呼ぶ」


 おーい、スケさんとカクさんはどこですか。


「し、失礼しました。それで代官様はどちらへ?」

「代官屋敷の裏の領主館に行っておる。今モーリスが呼びにいっておるから、すぐにくるじゃろう。それまでは菓子でも食べてのんびりしなさい。なにやらずいぶん疲れているようだ」

「はい、確かに」


 美味しいお菓子と紅茶。テレビで見たことのある三段アフターヌーンティーのセット。

 きゅうりオンリーのサンドイッチがこんなに美味しいと思わなかった。よし、現世に戻ったら早速作ってみよう。


「ところでここには代官のサインをもらいにきたのじゃろ?」

「はい、そうですが」

「よし、私がサインしてあげよう。一応、前領主じゃ。家格的には代官より上。問題ないじゃろ」

「いいね、ルー。それならすぐに出発できる。お願いしたらどう?」

「う、ん・・・」


 確かにそれもありかな。代官様、すぐ来そうにないし。頼むのもありかな。

 何気に目をあげると、壁際で待機しているメイドさんがスッと顔を逸らす。

 これは、あれだ。


「お申し出はうれしいのですけど、代官様のサインを求められているんです。他の方では駄目なような気がします」

「チッ」


 なんです、ご老公様。チッて言うのは。


「だって、ひっかからないんじゃもん。今までのフカは全員この話しに飛びついたんじゃが」

「えへへ、僕も引っかかった口。君、すごいなあ」


 だから、指示を良く聞いとけって。わからないことはわかるまで質問すればいいじゃない。なんでこんな簡単なのにひっかかるなんて、どういう頭をしているんだか。

 ・・・こういう頭をしてるから、新人相手に大騒ぎを起こせるのか。うん、納得だ。


 しばらくして代官様が戻ってきて、無事にサインをいただいた。

 後はギルドに戻るだけだ。


「そう簡単にいくかのう」

「そうですね、まったく」


 代官屋敷の門の前には、私を追いかけてきた冒険者の残党が並んでいる。


「この屋敷は裏口はあっても門は一つ。そこから出たらすぐに飛びかかってくるじゃろう。さ、どうする?」


 考えろ。時間は押し迫っている。考えるんだ、私。

 ・・・あれしかないか。


「ご老公様、一つお願いがあるんですけれど」

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