私とボクと、ヘタレバカ。

紺野咲良

第1話

 ――昼休み。


 私は教室にて、お弁当を食べていた。

 親友と談笑しつつの、心休まる有意義な時間。……の、はずなのに。



 ……こそこそ。


(…………。)


 ちらっ……こそ、こそ……。


(……いらっ)


 こそっ……ちらり。こそこそ……ちらっ、ちらっ。


(…………いらいらいらいらいら)



(あぁ~、もうっ!)


 ガタンという音と共に椅子から立ち上がり、教室の入口でストーカー予備軍と成り果てている不審者へと近寄り声を掛ける。その相手を威圧するように、高慢なキャラを演じて。


「あら、どうしたのかしら晴人はるとさん?」

「げっ……なんだよ莉香りか、お前はお呼びじゃないぞ」


 自分の名を呼ばれた不審者はビクっとするが、その声の主が私だと分かると露骨に顔をしかめた。


「随分なご挨拶ね。わかってる? ここはあなたのクラスじゃないの。まさかそのお歳でボケちゃったのかしらぁ?」

「わ、わかってる、そんなこと!」

「ご自分のクラスへの道がわからないのでしたら、不肖ふしょうわたくしめが送って差し上げても構いませんことよ」

「だーかーらーっ、わかってるっての!」


 相変わらず減らず口を――と内心溜息をつく。

 肩をすくめて普段通りの口調に戻し、意地の悪い質問を投げかけた。


「じゃあなによ。うちのクラスに何か用でもあるの?」

「そ、それは……」


 たったそれだけで、先ほどまでの威勢の良さもどこへやら。返答にきゅうした晴人は、室内へチラリと視線を向ける。

 その先には、我が親友――美咲みさきの姿があった。


(ホンっトーに、コイツはぁ……)


 あえて問い詰めるまでもなかった事だ。

 コイツは――晴人は、ずっと前から美咲に好意を寄せていた。

 今も姿を拝みに来たんだか、声を掛ける時宜じぎを計ってたんだか……たぶんそんなとこだけど、晴人の口からはっきり聞く事は一生叶わぬことだろう。

 なぜならばコイツは、ただのなのだから。……いや、『ただの』というのは少し語弊ごへいがある。

 知る限りでは最強の、超弩級ちょうどきゅうの……キング級? ゴッド級? ……うん、もう面倒くさい。私の脆弱ぜいじゃくな語彙力などでは形容できないほどの、"ヘタレ・オブ・ヘタレ"だった。


「……それは? 何?」

「うっ……」


 いやいやここで頬を染めんな。誰かに見られでもしたらアンタとの関係を勘違いされるでしょうがバカやろう。

 昼休みに教室入口での立ち話というのはさほど注目を浴びるものでもないが、美咲には怪しまれかねない。

 それにこのヘタレが自ら動き出すのを待っていてはらちが明かないと、私は強行手段に出た。


「おーい、みさ――」

「わぁぁー!? まっ、ままま、待てっ待つんだ落ち着けお前ぇぇぇ!」


 ……アンタが落ち着け。

 呼びかけはさえぎられたが、幸い当の美咲はこちらに気づいてくれてるようだから別にいいか……と思っていたら。


「あっ、こら逃げるな!? 待ちなさいよ晴人ー!」


 叫んだ頃には、もうその後ろ姿は米粒大になってしまっていた。そういえば運動だけはできるバカだった……が、こんな場所で発揮する能力じゃなかろうて。廊下は走っちゃいけないという厳格な掟を知らんのか奴は。

 がっくりと項垂うなだれて、額に手を当てる。『オーマイガー』なんて言葉、私には一生縁が無いと思ってたのに……思わず浮かべちゃったよ。人生ってわからないもんだね。

 なんだかどっと疲れたなと、席に戻った私は早々に机に突っ伏した。


「お、おかえり……?」

「……ただいまぁ」


 心配そうな美咲に、ぐでーんと脱力しきって応じる。


「さっきのって、晴人くんだよね? なに話してたの?」

「んん~……よくわかんなぁい」


 ――正直に言えれば、どんなに楽なことだろうか。

 あのヘタレは、アンタに気があるのだと。


「莉香ちゃんってさ、けっこー晴人くんと仲良いよね」

「いやぁまったく、これっぽっちも、微塵みじんたりともよろしくないよぉ。この『机くん』の方が好感度高いぐらいだよ」


 こうして突っ伏してると、ひんやり気持ち良くてなんか落ち着く。これはなかなかに包容力がありそうな御仁ごじんです。『机くん』あなどがたし。


「ふ、ふぅん……そっかぁ。そういえば晴人くん、女の子との噂とか聞かないよねぇ。モテそうなのに」

「……そーぉ?」


 『アレ』がモテるのか。年頃の女の子の感性ってよくわからないもんだ。

 などと他人事のように思っていると、先程からあのバカのことばぁーっか気にしてやがります我が親友は、とうとう頬を染めて俯きがちになり始めた。


「は、晴人くんってさ。どんな子が……す、好き……なの、かな? ……な、なんてっ」

「……知らにゃーい」


 ――正直に言えれば、どんなに楽なことだろうか。

 この愛すべき我が親友は、あのバカが好きなのだと。


 何故にどっちも一向に気がつかないの……?

 どう考えても脈がある……それどころか爆音で鳴り響いてて耳障りなレベルで。

 フラグも乱立し過ぎで、剣山の様におびただしくて目障りだから一掃したいレベルで。

 両想いなんだからまず間違いなく実る恋なんですよ。どっちでもいいから、さっさと告れば百憶パーセント成功するんですよ。

 色々すっ飛ばしてプロポーズしてもいいんですよ。さっさと結婚して、末永く爆発してくれてもいいんですよ。



 はぁ……今日も進展無し、か……。



     ◇



 ――その日の夜。


 帰宅した私はパソコンへと向かう。趣味である『オンラインゲーム』を――『ネトゲ』をする為だ。


「アイツは、っと……もう繋いでる。さすが早いなぁ」


 ゲーム内の相方であるハルトくんは、先にログインしていたようだ。私は慣れた手つきでキーボードをカタカタと叩き、チャットを打ち込む。


〔やっほ、ハルトくん〕

〔お、アイリスか。今からどっか狩りにでも行くか?〕

〔んー、ボクはもうすぐご飯かも。食べ終わってからでもいい?〕

〔もうそんな時間だったか。了解〕


 『ハルト』――まれになどでなく、普通によくある名前だ。

 なので彼と出会った時も一切気にせず、他の誰かと結びつけるような事も全くなかった。


 そんなある日、ハルトくんがやってるというSNSを紹介され……それを見た私は愕然がくぜんとしてしまう。


 ――あれ。この風景、どこかで見たことあるような。

 ――あれ。この学校、私の通ってるとこと瓜二つだ。

 ――あれ。この男の子の顔……。


 ……あろうことか彼はそのSNSに、容易に個人を特定できてしまう情報や写真を載せていたのだ。故に『ハルト』=『晴人』なのだと瞬時に気付いてしまった。

 彼はこれまでもネットとリアル現実の友人を分け隔てることなく、混ぜこぜでネトゲ内で行動を共にしてきたり、オフ会などにも積極的に参加したりするような、大分オープンな遊び方をしていたらしい。

 ネットとリアルとを完全に区別し、一人称を『ボク』にしたりしてキャラ性格を演じ、ボイスチャットすら行わないようにしていた私とはほぼ真逆だ。

 誰彼構わずそのSNSのアカウントを教えてるわけでもなさそうだからまだ良いのだけど。このご時世なのだから、できればもう少し危機感とか自衛意識とか持って欲しい。


〔そーいえばさ。好きな子と何か進展あった?〕

〔いや、今日も邪魔されたんだ。毎回しゃしゃり出てくる、ウザい取り巻きのような奴がいてな〕

〔へ、へぇ……? そんな子がいるんだぁ?〕

〔ああ。俺とその子の仲を進展させまいとはばんでくる、すこぶる鬱陶しい奴なんだ〕

〔そ、そう……なんだぁ……〕


 ……びきびきびき。幸い手元に鏡は無かったが、今の私は確実に恐ろしい形相をしていることだろう。

 晴人の奴……私のこと、そんな風に思ってたのか。

 確かに美咲とはいつも一緒にいるけど、本当に私の存在だけが原因なのだろうか。奴のヘタレ具合は、そういう問題では無い気がしてしまうのだけれど……。


 まぁいい。明日、確かめてみることにしよう。

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