Episode.4 望まれぬ才能

彼の話を要約するとこうなる。彼ら、表側ファイスに来た裏側バックの人々はほとんど受験生で、何の試験を受けているのかというと、表側ファイス風にいうと国家資格のようなもの。で、その資格が取れると彼らは向こうの世界でエリートという立場になれる。しかし、その試験は表側ファイスの人間とペアを組まないといけないものらしく、かつ、ペアを組むのも誰でもいいわけではなく、ほんのわずかの素質のある人間とでしか組めないらしい。その、素質のある人間というのがサカドウ君のような人で、なぜ私の命を狙ったのかというと私もペアを組む素質があり、ライバルが増える前に始末したかったのだそう。

この試験では受験生同士が互いを潰し合うのが日常茶飯事なのだ。


「そんなのペアを組む表側ファイスの人たちは無駄に命かけてるだけじゃん。」


「いや、そんなことはねぇーよ。なんてったってアンタ達はもし、相棒を試験に合格させることができたら、なんでも願いをかなえてもらえるんだからな。裏側バックのお偉い方が願いを叶えるんだ、叶えられない願いなんてねぇよ。」


「それってもし、相棒を合格に導けなければ・・・」


「合格できない奴はもう死んでる奴らだ。この試験は死ぬか受かるかしかない。」


そんな厳しすぎる試験があっていいものなのか。

青年はそこまで説明すると麦茶を半分ほど飲んだ。青年がグラスに振れたことで結露していた水滴が落ち、テーブルに小さな水たまりを作る。


「それで、ここからが本命の話だ。」


青年は改めて座り直し、そう話を切り出した。

まっすぐと黄色の瞳がこちらを見つめる。逃れられないその真剣な瞳に私は理由のわからない緊張を感じた。

青年が口を開き言葉を発する姿がなぜだかゆっくり見える。


「俺の相棒になってくれ。」


青年のまっすぐで美しい黄の目が再びまっすぐと私をとらえた。

胸の奥で冷たいおもりのようなものが落ちる感じがした。突然申し出に思考がストップしる。

いやいや、ここでストップしちゃダメだろ。絶対ここで返答をミスしてはいけない気がする。

何て言おうか、言葉を選びしばらく口をパクパクさせる。その、私の答えは。


「ごめんなさい。私には命を懸けてまで叶えたい願いはないし、あなたのために命を落とすことはできない。」


青年は黄の瞳を見開き、驚いたような顔をする。

彼にも彼なりの事情があるだろうし、一度命を救ってくれた人でもあるから断るのには罪悪感を感じた。

それでも私は弱い人間で自分の命が何より大事だ。

私が我慢できずに青年から目を外しうつむくと、青年が少し物悲しげにため息をする音が聞こえた。


「わかった。俺はアンタの意思を尊重する。だがな、それでもアンタはこの試験を受ける才能があって、それがある限り、アンタは俺たち受験者に狙われ続けるんだ。俺みたいな未だ契約していない奴からは契約を持ち掛けられ、サカドウのようなすでに契約している奴らからは命を狙われる。」


「え…。」


血の気が引く感覚がした。

そんな、これからもずっと命を狙われ続けられるなんて。

どっちを選んでも私が安全に平和に暮らせる道はない。

考えてみれば今日のようなことは今までなかったわけではない。それも今年になって急に、ストーカーなどの誰かに見られているようなつけられているような感覚がずっと続いていた。その都度その都度、犯人を見つけられたら逃げるなりなんなり、適切な対処をしてきたつもりだったが、もしかして、今までの人たちも受験している人たちだったりして。

運がよく今日のような命に直接かかわるようなことはなかった。その可能性は大いにありえる。

青年はそこまで言うと椅子から立ち上がり出口に向かった。


「アンタが気が変わったら呼んでくれ。俺はアンタと組みたいから、待ってる。」


青年はそう言うと背を向けた。


「どうして、私がいいの?」


気づいたら私は青年にそう聞いていた。

青年は立ち止まる。けれども、振り返らない。

青年は答えた。


「アンタがどんな答えを求めているのか知らないが、俺は欲しいんだ。それが、俺がこの試験を合格するのに必要なことだと思ったから。」


決意のこもった力強い言葉、しかし、どこか憂い、というか悲しみを帯びたような、そんな風に聞こえた。

わかっていたその答えは、なのに勝手に傷ついてしまう自分がいる。

自分から聞いたのに、バカみたい。

どうして今は顔を見せてくれないのだろう、その黄の瞳を見れば彼が何を思っているのかわかるような気がした。けれども彼は「邪魔したな。」と一言いうと、一度も振り返らずに帰って行ってしまった。

遠くなる彼の背中が私をかばってくれたあの時よりも、小さく、弱く見えたのきっと気のせいじゃないだろう。

扉の閉まる音。

決して追いかけようとは思わない。

部屋の広さは何も変わらないのになんだか先ほどよりもだだっ広く、むなしく感じた。

また独りぼっち。

人が去ってしまうと孤独を強く感じてしまうものだ。

私は彼の使っていたグラスを見る。飲みかけの麦茶と先ほどよりも領地を広げた水たまりを見て、彼の黄の瞳を思い出すのだった。

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