06-3
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マネキンのように棒立ちになったままのキュイを担ぐようにして公園の外にまで連れ出し、どうにかこうにかデートは終了した。ちなみに担いでいたのは、ヴィーダルシャの執事である。取るものもとりあえずマーシャは二人に別れを告げ、彼女をエルロイド邸にまで連れ帰った。その後何とかキュイは意識を取り戻したものの……。
「残念だったわね、キュイ」
次の日の朝、食堂でマーシャとキュイは向かい合って食事をしていた。
「ナンノコトデショウカ」
マーシャの言葉に、壊れた蓄音機から聞こえてくるような返事が返ってくる。
「キュイ?」
「ゼンゼンキオクニゴザイマセン」
片言の上に胡乱な目つきで、キュイは心そこにあらずといった感じで虚空の一点を見据えている。
「ヴィーダルシャさんのことよ。あなたも残念かもしれないけど、別に私は黙っていたわけじゃなくて……」
我ながら弁解じみたことを言っている、とマーシャは自己嫌悪にかられる。ヴィーダルシャを一目見たときから、左目がうずくように反応するのは分かっていた。彼が人間ではなく、強力な妖精の類であることに気づいてはいたのだ。
だが、まさかその正体がナーガだとは思わなかった。いきなり相手の正体を妖精女王の目で暴くのも無礼だと思っていたし、なによりも舞い上がっているキュイの乙女心に水を差したくなかった。だが、マーシャの気遣いは結果として、どうにもちぐはぐな結果で終わることになったのだが。
「シバラクユメヲミテイタミタイデス。ワルイユメデシタ」
「ショックが大きすぎたみたいね……」
自動人形のような動きでパンを口に運ぶキュイを見て、長々とマーシャはため息をつく。
「カレー……」
「え?」
「カレー……しばらく食べたくありません」
不意にキュイの口調が人間のそれに戻ると、彼女はがっくりと肩を落とす。
「そうよね……」
「色気も食い気もなくなったら私、どうなるんでしょう……」
平たく言えば、今の彼女は失恋状態だ。両手の指を上回る数ほど繰り返された体験が、また一つ彼女の人生に加えられたということになる。その痛みがどのようなものかは分からないものの、ただ想像だけを巡らせてマーシャは彼女に寄り添う。だが、そんな心の傷を癒そうとする静かな時間を、突如叩き割る存在がやって来た。
「マーシャ! マーシャ・ダニスレート!」
音を立てて食堂のドアが開かれるや否や、今回の事件にほとんど関与しなかった人物が足音も荒々しく乗り込んできた。
「教授? どうされました?」
言わずと知れたこの屋敷の主人、エルロイドである。その顔は赤く、憤懣やるかたないといった感情を全身で体現している。
「わ、わ、私はだね、今日ほど、き、き、君に失望したことはないぞ!」
普段の流暢な口調もどこかに放り投げ、ややどもりつつエルロイドはマーシャに人差し指を突きつける。
「教授、何か根本的に誤解されているようですが……」
立ち上がりつつあったマーシャに、さらに追加の言葉が叩きつけられる。
「光耀王国出身の妖精、それも巨大なヘビの妖精だと! なんて素晴らしいサンプルなのだ!」
特大の爆弾を発言という形で爆発させたエルロイドに、マーシャは跳び上がらんばかりに驚く。
「ちょっ、ちょっと教授! キュイの前で今その話は…………!」
マーシャは人差し指を自分の唇に当てるが、怒髪天を衝くエルロイドは聞く耳を持たない。
「なぜ私にすぐ報告しなかったのだ! 君は私の研究の進歩と発展と探求の機会をふいにしてしまったのだぞ。分かるか!? この重大な科学に対する不敬、不埒、不徳な行為が!」
昨日エルロイドは大学に行っていて、帰ってきたのは夜遅くだった。マーシャはとりあえず一部始終をメモにして彼に報告したのだが、今になってそれを読んだらしい。
「ヘビナンカイマセン」
案の定、エルロイドの無遠慮極まる発言は、キュイのトラウマを速やかに想起させてしまったらしい。再び彼女の目が曇り、言葉遣いが片言に戻ってしまう。
「ああもう! ですから教授、その話は後でうかがいますから今はちょっとだけ遠慮して下さいませんか? そもそも、教授は関知しないっておっしゃったじゃないですか!」
「ヘビは古来より、秩序にして混沌、神聖にして邪悪、両義の体現としてあらゆる文化で畏れ敬われている。ここ帝国にも蛇人の遺跡とされる禁忌の土地があるくらいだ。そこさえも未だ未踏だというのに、まして諸外国から渡来したヘビの妖精など……考えるだけで垂涎の的だ! 君は私の助手でありながら私の研究の邪魔をする気かね!」
「ゼンブユメデス。ワルイユメナンデス」
今やエルロイド邸の食堂は、混乱のるつぼと化していた。大学の講堂よろしく自説をぶちまけるエルロイド。心を閉ざして自動人形となり果てたキュイ。そして両方を取り持とうとして右往左往するマーシャ。今のマーシャにとって、ヘビは少なくとも混沌の象徴であることだけは確かなようだった。
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