6 声
「……え…?」
一瞬 フレンズかと思った葉琉は、力が抜ける。
「ど、どちら様…ですか…?」
渚は驚いた様子で男性に話しかけた。
「こ、こちらこそ……どちら様…?」
男性も目を丸くしながら、渚に問いかける。
しばらく沈黙が続く。先に口を開いたのは、男性の方だった。
「……見ての通り、僕は飼育員なんだ」
男性は、胸元に付いたワッペンを指さした。ワッペンには、『青葉シティ動物園』という文字がデザインされている。
「…わ、私も! 私も青葉から来ました!」
葉琉の言葉に、男性は瞬いた。
「…え? 君たちも…?」
「はい、そうです! 私たち、フレンズを探しに──」
奈々海はそう言いかけた所で、はっとして口を塞いだ。『フレンズ』という単語はマズいと感じたのだが、男性は口角を上げながら、
「俺も…」
と、呟くように言った。
「え?」
一行は口を揃える。
「俺も、そうなんだ」
「………」
翔が少し驚いた様子を見せる。
「どういうこと…」
奈々海が口に手をあて、葉琉に小声で問いかける。葉琉は首を小さく横に振った。
「その…君たちは何で、フレンズを探しに?」
「…えっと……」
葉琉は翔をちらっと見る。翔は口を開いた。
「何となく、興味があったので」
翔の言葉に、男性は感心する。
「すごいね、よくこんな所まで」
「いなかったら元も子もありませんが」
「確かにそうだね…行くあてもないし」
腰に手をあてながらそう言った後、男性は渚が持っている地形図を見た。
「…どこか、目的地はあるの?」
「はい、この湖です」
「…なるほど、確かに。水のある所にいそうだ」
葉琉は、渚や翔が口を滑らせないか焦っていた。葉琉が過去にフレンズと出会ったことは、奈々海には伝えていない。翔の頼みである事にして、半ば強引に奈々海を誘ったのだ。
仮にフレンズと遭遇したら、どうなってしまうか分からないが。その時はその時で、何とかするしかない。
地形図を見ながらしばらく考え込んだあと、男性は一行にこう問いかけた。
「俺も、一緒に行って良い?」
「…!」
翔は見開く。渚は人見知りなのか、少し抵抗がありそうだった。
「…私は…良いですけど…」
奈々海は少し嬉しそうに言った。葉琉はえっ、とでも言うような表情で奈々海を見る。奈々海はすかさず「えっ」と返した。
こんな山の中で1人で歩き回っている男性など、不審者としか思えない。まさかとは思うが、変装をして、私達を誘拐しに来たのかも…とも取れなくもない。葉琉は絶対にやめた方が良いと思ったが、この状況で男性に逆らうのは無理があった。
男性は葉琉の怪しむ態度に気がついたのか、両手を横に振る。
「あの、決して怪しい奴じゃないんだ。こんな格好をして来てるのも、ちゃんとした意味があって…」
男性はひとりでに、ここまでやって来た経緯を話し始めた。
男性の名前は星野隆輔。
青葉シティ動物園の飼育員で、バードショーを担当しているらしい。
青葉シティ動物園は世界的にも珍しい高層ビル型の動物園で、屋上で行われるバードショーは『日本一高いバードショー』とも定評されている。
数ヶ月前、隆輔は他のスタッフと共に屋上でバードショーを開催していた。いつも通りのシナリオでショーは幕を閉じると、誰もが思っていた。
しかし、事態は急変。飛ばしていた鳥がサンドスターに当たり、観客の前でフレンズ化したらしい。
葉琉たちには心当たりがあった。
サンドスター火山が噴火したあの日、SNSのトレンドはフレンズ関連の話題が占領していた。匿名であることを機に、学生や若者が世間から消えかけているフレンズについて構わず呟く。その中で、青葉シティ動物園の動物がフレンズになったというツイートが写真付きで投稿され、大きな話題を呼んでいた。
葉琉が放課後に見た鳥のフレンズ。彼女は、彼が今 追っているフレンズだったのかもしれない。
「…いつもの格好をしていれば、見つけて戻ってきてくれるんじゃないかなって思って…それで、こんな格好で来たんだ。だから不審者なんかじゃない、信じてほしい」
葉琉は奈々海と顔を合わせる。
奈々海は「良いじゃん!」と言いたがっているようだった。顔や性格がタイプなのだろうか。
「…分かりました」
翔が頷いた。彼が許可を出すなら、葉琉もついていくのみだ。話を聞く限り 少しは信頼しても良さそうだし、ここは黙っておくことにする。
「ありがとう、よろしく頼むよ」
感謝しているのは伝わったが、妙に上から目線な口調で礼を言われ、葉琉は口を曲げた。
こいつ…ちょっと苦手。
が、奈々海は相変わらず嬉しそうだった。やはりタイプなのだろう。
新たなメンバーを加えた一行は、また沢を辿り始めた。
沈黙が再び訪れるかと思いきや、隆輔が機嫌よさそうに、自分の経歴や仕事について話し始めた。
隆輔はホートク最南端の村・晴瀬村出身で、地元の高校を卒業後、青葉市に引っ越して来て大学に通っていたらしい。が、自分の夢はいつまで経っても見つからず、専攻していた歴史学にも魅力を感じなくなりつつあった。
そんな中、友人に誘われて見に行った青葉シティ動物園のバードショーに感動し、大学を中退して専門学校へ入学した。勉強を重ね、隆輔は3回目の採用試験で青葉シティ動物園の飼育員になることができたらしい。
自分の波乱万丈な人生を歌うように話し続ける隆輔の声を聞きながら、葉琉は奈々海に小声で話しかけた。
「ねぇ…あの人、本当に一緒に来て大丈夫かな」
「え、何で? 良い人そうじゃん?」
「いや、だいぶ変わった人だと思うんだけど…」
「うーん、そうねぇ…。まぁ、今のところは心配無用でしょ。それに私、結構タイプなんだよね、あの人!」
やっぱり。そう言うと思った。
葉琉はまた口を曲げる。が、親友の言い分だ。否定する気はさらさらない。
それにしてもこの人、よく喋るなぁ…。
まぁ、熊よけにでもなるか。
風の音と隆輔の声を同時に聴きながら、葉琉は小さなため息をついた。
「ねぇねぇ、もうこの辺にはないんじゃない?」
「おかしいわね…。昨日は見かけたのに」
「きっと今日は別の場所にあるんだよ。ボク、もっと西の方でも見かけたよ」
「…それって、今日のこと?」
「ううん、昨日だよ!」
「なら、行ってみようかしら」
「行こ行こ! きっとあるよ!」
「そうね………どうしたの?」
「…何か、声が聞こえる」
「どんな声? フレンズかしら?」
「いや…この声はフレンズじゃないよ」
「まずいわね。ヒトかもしれないわ」
「…ちょっと待って。ただのヒトじゃないよ、この声は」
「ただのって…どういうこと?」
「どこかで、聞いたことがある…」
「どこから聞こえるの?」
「あっち!」
「………いるわね、何人も」
「でしょ? でもおかしいなぁ…レンジャーさんでもなさそうだし…」
「……!!」
「ど、どうしたの? そんなに驚いて」
「…あの子は……」
「…ハル………?」
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