4 フレンズ

 母が私と目を合わせるや否や、泣き出した。

 無事で良かったと連呼している。

 父も、安堵したようににっこりと笑っていた。


 そんな両親とは裏腹に、私は困惑していた。



 おかしい。


 私は昨日まで、あの女の子たちと──


 ──まさか、夢?



 あの子たちは…と言いかけた所で、私はコートの子が言っていた言葉を思い出した。




『我々の事を、絶対に誰にも言わないことです』




 私は、すんでの所で口を閉じた。


「山の中で何してたの!? あんなに大の字になって爆睡して…」


 え? 爆睡?


「変な人に何かされてないか? 動物に襲われなかったか?」


 いや、確かに変には変だったけど、別に怖い子じゃなかったような…


 朦朧とする意識の中で、私は頭を回転させた。



 あそこで寝た後、私はどうなった?

 まさか、全部夢だった?

 いやいや、そんな事はないはずで…



 口の中には、昨晩食べたおまんじゅうの味が、かすかに残っている。



 となると、考えられるのは──



 寝ている間に、あの子達が私を別の場所に移した。



 …としか、考えられない。



 その後、私は大きな怪我も症状も無く、警察の事情聴取を受けた後、翌日には退院した。


 警察や両親の話によると、私が行方不明になった翌日、道の駅付近の森の中でぐっすりと寝ていた私を、探していた警察官が保護したらしい。


 私は親にこっぴどく怒られ、先生には泣いて安心され、おまけにあの女の子達の正体も分からないままだったが、大人達はそのまま事態を収束させた。


 両親や友達にあの子達の事を話したかったが、私は彼女達との約束を最優先させた。それでもやっぱり、あの子達が何者なのか、どうしてあそこにいたのかは、気になって仕方がなかった。


 やはり、夢だったのだろうか。



 小学校に入学し、月日を重ねる内にその出来事自体にも半信半疑になってきたのだが、突然、あの子達の存在を確信させる物を見つけた。





 大晦日。

 私は、両親と家中の大掃除をしていた。

 両親が買い物へ行った隙に、私はずっと気になっていた母の部屋を覗くことに成功した。


 棚から化粧品や本を引っ張り出し、ひたすら開けては閉め、元の場所へしまい込む。

 化粧品は使い方が分からないし、本も当時の私にとっては小難しい内容ばかりだった。

 だんだん飽きてきた頃、私は棚の奥から、一冊の絵本を見つけ出した。


「……!」


 私は表紙を見つめたまま、しばらく硬直した。


 表紙には、当時の私でも読める平仮名で『さんどすたーの きせき』と書いてあった。

 題の下には、猫のような耳と尻尾を持った女の子と、人間らしき女の子が手を繋いで走っている、可愛らしいイラストが描かれていた。



 私はそこで初めて、あの子達の存在を確信したのだった。


 しばらく表紙に見とれていると、部屋のドアが開き、母親の罵声が鼓膜を貫くように響いた。


「こら、何してるの! ──ちょっと!?」


 母親は持っていた紙袋を床に投げ置き、私から絵本をかっさらった。

 

「何見てるの!? どっから引っ張り出してきたの、これ!!」


 突然叱られた私は、口をぽかーんと開けたまま答えられなかった。母はかんかんに怒りながら、その本を積み重ねられた新聞紙の上に投げ捨てた。


「こんな本、捨てたつもりだったのに…何でまだあるの…?」

 

 ぶつぶつと呟きながら投げ捨てた本を新聞紙の間に押し込みむと、母は私の腕を掴み、ぐいっと引っ張った。

 

「勝手にお母さんの部屋を漁らないの! 自分の本棚があるでしょ!? 分かった!?」

 

 母はそう一喝してから、私をきっと睨みつけた。

 

「お母さんが片付けるからそのままにしといて。葉琉は自分の部屋を片付けなさい」

 

 私は「はーい…」と力なく返事した。

 母は紙袋を持つと、部屋から出るなりこう言った。

 

「さっきの本のことは忘れなさい。葉琉とは一生関係ないことだからね」

 

「う、うん……」

 

 

 

 あれ以降、あの女の子達の姿を見かけることは無かったが、月日を重ねる内に、『フレンズ』という生き物について友人から聞くことが多くなった。

 

 母が保管していた絵本には『さんどすたー』とあったため、てっきり私は彼女達が『サンドスター』と呼ばれているのかと思っていた。しかし、その事すら誰にも話せなかったため、ずっともやもやしていたのだ。が、友人から話を聞く内に、彼女達は『フレンズ』と呼ばれる存在で、彼女達を生み出している物が『サンドスター』である事が分かってきた。

 

 しかし、フレンズに関する噂は聞く度にどれも違っていて、私には信用できないものばかりだった。

 

 ある友人はこう言った。

「フレンズって、人間が動物と合体させて作った怖ーい生き物らしいよ。どこかの島で、厳重に飼われてるんだって。悪者だから関わるなってばーちゃんが言ってた」

 

 また、ある友人はこう言った。

「サンドスターが動物にくっつくと、フレンズになるんだって。サンドスターって、割とどこにでもあるらしいよ。だからたまーに会えるんだけど、フレンズって人を食べるから危ないんだって。お母さんが、絶対関わっちゃダメって言ってたよ」

 

 そして、中学の先輩はこう言った。

「昔は、フレンズって人間とも仲良しだったんだって。でも、何かしらの理由で仲が悪くなって、トラブって…とりあえず、危ないから絶対に関わっちゃダメってお父さんが言ってた」

 

 フレンズという存在は確信したものの、その真相は曖昧なままである。

 だが、当時の彼女達の言動を思い出す限り、フレンズは元々人間と関わりを持っていて、過去に何かしらのトラブルがあり、距離を置くようになったのだと考えられる。でなければ、飴玉を懐かしいと言ったりはしないだろう。

 フレンズの噂はどれも悪いものばかりで、友人らは大人達から聞いた話をそっくりそのまま言っているようだった。彼女達に親しくされた私の心はとても複雑だったが、かと言ってあの子との約束を破る訳にはいかず、当時のことは誰にも言えなかった。

 

 大人達は色々な口実を加えながら、口を揃えて『フレンズは悪者だ』と子供に言い聞かせているようだった。

 

 

 あの子達のどこが悪者なのだろう?

 過去に何があったのだろう?

 

 

 高校生になった今も、私の疑問は尽きない。

 

 

 この謎を解いて、フレンズと私が再び会えることを、私は、心から願っている。

 

 

 そして、いつかきっと、大人達の誤解を解ける日が、訪れることを───

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

 玄関が開くと共に、張りのある声が廊下に響いた。

 

 翔は、釘付けになっていたノートから目を離す。

 

 ビニール袋がかさばる音を立てながら、茶髪にポニーテールの女性がリビングに顔を出した。

 

「おかえり」

 翔は表紙が表にならないようにノートを閉じ、女性に声をかける。女性は袋を持ったまま、翔に駆け寄った。

「ただいまヒロ! いつ帰ったの?」

「さっき」

「あ、そう……ん? 何、そのノート」

 翔はノートをぎゅっと握りながら答えた。

「授業のノート。よく分かんねーから友達に借りた」

「ふーん…。あんた、成績良いのに珍しいわね。ま、お母さんには勝てないだろうけど」

 翔の母は袋をテーブルの上に置くや否や、中に入っている四角い箱を取り出した。

「ジャーン! 買ってきたよ、ケーキ!」

「…ケーキ?」

 顔をしかめる翔に、母は口を尖らせた。

「何とぼけてんの!? お父さんの誕生日でしょ、今日!」

「……あぁ」

「あぁ、じゃないわよ! ほら準備して! ちゃんと祝ってあげないと。お父さん、天国から見てるわよ」

 

「……」

 

 

 

 翔はノートをリュックに入れ、立ち上がった。

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