3 遊ぶ

 飴のおかげで、女の子たちは私にとても友好的になった。


「ほら、行こ行こ! 一緒に遊ぼ!」


 茶色い耳の子が、私の手を引いて湖へ駆け出した。他の女の子達も、ぞろぞろと私についてくる。


 日が暮れて真っ暗になるまで、私は女の子たちとひたすら遊んでいた。水遊びしたり、抱えてもらって空を飛んだり、飛び込んだり…。色々とはしゃいだ記憶がある。


 みんな優しかった。笑顔がとても眩しかった。

 私は服も髪の毛もびしょ濡れになった。草を掻き分けた時に付いた泥汚れはすっかり洗い流されたが、日が暮れて我に返った途端、服をびしょ濡れにしたことを後悔した。


 みんなは私を名前で呼んだが、どの子も自分の名前を私に教えてくれなかった。今思い返すと不思議に思えるが、当時の私は気にしていなかった。


 夜になり、辺りは暗くなったが、宙に浮いている無数の光が、私の手元や足元を照らしてくれた。

 すっかり疲れた私は、湖畔の石に座って、残った飴をなめながらうつらうつらしていた。その間も、女の子達ははしゃいで走り回っていた。

 彼女達の運動神経には、目を見張るものがあった。よっぽど遊ぶのが好きだったのか、退屈な事が大嫌いだったのか、ひたすら止まらずに動いていた。走るスピード、ジャンプ力、泳ぎ、それぞれの力量が、人間の域を超えていた。


「楽しかったね! 明日も遊ぼうね」


 茶色い耳の子が、私の隣に座ってそう言った。

 私が笑顔で頷くと、コートの子が突然、背後から声をかけてきた。


「のうのうと遊んではいられませんよ」


 私と茶色い耳の子は、驚いて振り返った。

 コートの子は表情を変えずに言った。

「我々には心配するような家族もいません。ですが、お前には家族がいるんでしょう?」

 私はうつむき加減に頷いた。

「でも、ハルは帰りたくないって言ってるんだよ?」

 茶色い耳の子が反論する。が、コートの子はびくともしなかった。

「関係ありません。その内、ハルを探す人がここにも必ずやって来ます」

「それはそうかもしれないけど…」

「それまでには、彼女をどうにかして人の元へ返さなければ…。でないと、今度は我々が危険なのです」



「人が嫌いなの?」



 2人が同時に私を見た。

 正直な疑問をぶつけてみただけだった。


「………」


 2人はしばらく顔を合わせたまま、硬直していた記憶がある。


「…嫌いじゃないよ」

 先に答えたのは茶色い耳の子だった。

「ええ。嫌いではないのです、決して」

 コートの子も続く。

 そう答える2人の表情は、どことなく寂しそうだった。

「ただね、色々とあったんだよ」

「そうです、色々とあったのです」


 私には全く理解できなかった。



「1つだけ、必ず約束してほしいのは」



 コートの子が、まっすぐと私を見た。



「我々の事を、絶対に誰にも言わないことです」



 私は深く頷いた。


 すると、コートの子は私の頭に手をぽんと置くと、

「お前は良い奴なのです」

 と言って、微笑んだ。



「お待たせ!」



 私の前に次に現れたのは、私をここまで連れてきてくれた子だった。腕に抱えていたピンク色のおまんじゅうを私と2人に1個ずつ手渡し、「今日はチョコレート味ね」と言った。


 コンビニのコラボ肉まんのようなそれを前に、どこから持ってきた物のかとても気になったが、それよりも空腹に耐えられず、私は礼も言わずに頬張った。

 ほくほくと温まったまんじゅうの中には、とろりと溶けたチョコレートが入っていた。

 あまりの美味しさに、私はそれをすぐに平らげてしまった。


 人は早く食べるほど満腹になりにくいと聞くが、あの時の私は、あっという間に食べたまんじゅう1つで満腹になってしまった。不思議なこともあるものだ。


「…さて、どうしましょうか」

 まんじゅうを私の次に食べ終わったコートの子は、座っていた石から立ち上がってそう言った。

「どうするって、何を?」

 私を連れてきた子が、首を傾げる。

「この子を人が探しに来るまでに、家族のもとへ帰す必要があるでしょう」

 すると、茶色い耳の子がまんじゅうを口に含んだまま、必死に反論した。

「だから、まだそんなことする必要ってある? ハルだってここに居たがってるんだよ?」

「本当にそうなのですか?」

 コートの子は、そう言って私を見た。

「お前は、家には帰りたくないのですか?」


 私はうつむいて考えた。

 私を心配して忙しそうに走り回る両親が、脳裏に浮かんだような気がした。

 両親だけではない。

 祖父母、担任、園長、友達…

 色々な顔が浮かんだ。

 どの顔も、寂しそうな表情をしていた。


「…できるなら……」


 私は声にならないくらいの音量で話した。

 3人は、真剣に私の顔を覗きこんでいる。


「…できるなら、ずっとここにいたい」


「気持ちはわかります」

 コートの子の表情は変わらなかった。

 反論される前に、私は自分の考えを声を大にして言った。


「でも、お父さんとお母さんにも会いたい!」


 私を連れてきた子と茶色い耳の子は、呆然としていた。が、コートの子は少し口角を上げると、

「…そう言うと思いました。では明日の朝 、私がお前を道の駅まで連れていってやるのです」

 と言い、私の横を歩いて森の中へ入ってしまった。


 茶色い耳の子が、うつむいたまま呟くように言った。



「せっかく久しぶりに仲良くなれたのに…」



 私はその言葉の意味が分からないまま、睡魔に耐え切れなくなり、何かがぷっつりと切れたように眠りに落ちた。






































 次に目を覚ました時、目の前はとても眩しかった。

 


 何かがおかしい。



 光が不自然だ。



 誰かが私の顔を覗き込んだ。



 髪は黒くて長い。大きな獣耳も羽もない。



 見慣れた顔。



 ピントが合わない内に、私は理解した。

 






 私は病院にいた。

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