第702話


「交渉の余地は無いぞ?」

「何も変わらんぞ」


 俺からの最期通告。

 眼前の男はどうせ反応を見せないだろうと思っていたが、意外にも口を開く。


「何だ?命乞いか?」

「意味が分からんな」

「何だと?」

「我にとっては再び望みし刻の中に戻るだけだ」 

「・・・」


 先程迄と変わらない態度で、そんな風に応えて来た創造主。


(饒舌になったともいえるが、嘘は無いのかもな・・・)


 俺と此奴では死の概念も異なるだろうし、此奴にとって其れは恐怖を抱くものではないのだろう。


「じゃあ、何が変わらないっていうんだ?」

「世界の在り様だ。雛鳥は未だ雛鳥のまま。此の世界の在り様を変える程の覚悟は手に入れて無いだろう」

「・・・」


 雛鳥。

 創造主がそう評したのは此奴の生み出したアポーストルの事。

 彼奴の役目は、此の創造主のバックアップ。


「お前の役目を彼奴が継ぐ事を神は許しているのか?」

「無論だ」

「・・・」

「そもそも、他の神族は此の役目など蔑しているからな」


 そんな卑屈になっている様な台詞を、何でも無い風に淡々と述べる創造主。

 神族とやらに心があるのかは分からないが、もしそういうものを持っているなら、此奴の其れは完全に壊れてしまっているのだろう。


(まぁ、ある意味・・・)


 其れは、素性を知ってからのアポーストル、そして・・・。


「自暴自棄にでもなっているのか?」

「言ったであろう?望んでいると」

「・・・」

「我が終わる事は、神族が人の手で終わらせられるという事。其れは、残りし神族達も人の手で終わらせられるという事だ」

「っ⁈」

「我の創りし此の世界の源。無限にも近し妄想の力は神を殺せるものなのだと」

「・・・」

「蔑していたものの力と意味を知るのだ」

「お前・・・。まさか、その為に此の世界を・・・?」

「・・・」


 俺からの問いに答えない創造主。

 未だ、其の表情には何の変化も見えなかったが、その態度が逆に肯定を示している様にしか見えなかった。


「狂ってる・・・」

「・・・」

「お前の子供染みた感情の所為で、どれだけの人が傷付いたか分かっているのか?」

「分からんな」

「っ‼︎」

「分かる必要も無い。我は此の世界の神なのだから」

「・・・」


 それがどうしたと居直る事はしないが、それでも此奴の語る内容には不快感しか感じられない。


「そもそも、我によって生み出されなければ、喜びも悲しみも知れなかったのだ」

「・・・」

「行き場の無かった想いを集め人にし、魂を与え、心迄も与えてやったのだ。感謝以外の感情を浮かべる理由が分からぬ」

「・・・」

「それに、お主とて同じ事をしようとしているだろう」

「俺がだと?」

「そうだ。此の世界で最も強大な力を持ち、世界の在り様を変えようとしているのだから」

「・・・」

「お前のしようとしている事は、此の楽園の破壊への序曲なのだ」

「それなら、俺が現れず、お前が目覚めていたら、ザブル・ジャーチの人達はどうなっていた?」

「以前のままだ」

「ザブル・ジャーチの人達だってお前が生み出したのだろう?何故・・・」

「役割の違いだ」

「っ・・・‼︎」


 初めて俺の発言を遮る様にした創造主。

 然し、其の発言はあくまで他人事の様なもので、俺は・・・。


「話は終わりだな」

「その様だな」


 構えをとる俺を、直立不動でただ見据えて来る創造主。

 此の体勢からでも此奴なら攻撃の手段が有るのかもしれない。

 そう思い警戒を解かずに龍神結界・遠呂智の詠唱を始める。


「・・・」


 然し、何の反応もみせなかった創造主は・・・。


「・・・」


 俺の視界の中で、八龍の中へと飲み込まれていったのだった。

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