第703話
「終わったみたいだね」
「・・・あぁ」
背中から掛かった声に、その主も確認せず応える俺。
「見てたのか?」
「うん。神木の下での、彼との闘いからね」
「・・・」
悪気など一切感じさせない口調で、そんな風に答えて来た事に、二つの不満を覚える俺。
自身が其れを全く察知出来なかった事に感じるのが一つ。
もう一つは、此奴はやはり俺には教えていない特別な力を持っているという事。
然し・・・。
「お前が道を間違えれば、俺は容赦しないぞ?」
「ふふふ。面白い冗談だね」
「・・・何がだ?」
「道を間違えてばかりの司に、そんな事を言われるなんて思っていなかったよ」
「随分な言い草だな・・・。アポーストル」
此奴にだけは言われる必要の無い謗りを受け、立ち上がり背後に居た其の相手を見据えた俺。
「・・・」
アポーストルは口調とは裏腹に、いつもの優男の仮面を脱ぎ捨て、何処迄も冷たい視線で此方を見ていたのだった。
「そうだったかな?当然だと思ったんだけど?」
「・・・」
「君さえ道を間違えなければ、彼女は・・・」
瞳の奥底深くに、蒼の炎を灯し、全身は徐々にドス黒い感情に包まれていくアポーストル。
「彼女はお前の・・・、お前と彼奴のルーナだったんだ」
「っ・・・‼︎」
俺からの返答に、苛立ちの歯軋りの音を立てて、堪えきれない様に其の身を震わせたのだった。
「何も分かって無い癖に・・・‼︎」
「あぁ、そうだな」
「・・・」
「お前が一番理解しているだろう?出会った時以降、彼処に俺が辿り着く迄、自分の素性も彼女の事も告げなかったんだ」
「・・・」
「俺はお前の事も彼女の事も、此の世界の真実だって知らなかったのだから、彼女を助けようなんて無いし、お前の不満を解消する術なんて思いつきようも無かったんだ」
事実として、彼女の事に付いてだけは、俺もどうもしようが無かったし、その事だけは此奴に責められる理由は無かった。
「君に僕の願いを叶える力なんて無いさ」
「そうかい」
「・・・」
「・・・」
鋭い視線を外し、拗ねた様な声でそんな事を告げて来たアポーストル。
俺が短く応えた後、二人を静寂が包んでしまう。
(此奴の事は絶対に好きにはなれないし、此の時間にも苦痛しか感じないが・・・。それでも、此奴の言いたい事を全て言わせてやる位いいだろう)
その想いは、間違い無く、此処に至る過程において此奴の協力が重要だったからだし、何より・・・。
「・・・」
「・・・」
俺もアポーストルも、互いに此の刻が二人の刻として最後になる事を理解していたからだった。
「・・・一応、楽園の者達には、過去の様な行いをザブル・ジャーチには許さない様にはする」
「ん?あぁ・・・」
俺への不満を続けるかと思っていたアポーストルが、急に事務的な会話を始めた事に、俺は一瞬驚きも感じたが、此奴がそうしたいのならと乗ってやる事にする。
「ただ、何処にでも逸れ者は居るからね」
「理解している。其れ等の者に付いては、此方で処分する」
「その復讐に付いては、出来得る限りは止めるよ」
「あぁ、頼む」
其れは流石に此奴に責任を求める事は出来ないだろうし、俺の手で解決していくしか無いだろう。
「廃魔石に付いても、一部は此方で受け入れてあげるよ」
「良いのか?」
「うん。廃魔石は全てでは無いけど、此方にルーツを持つ者の遺骨みたいなものだからね」
「あぁ、そういう事か・・・」
確かに、魔人復活の副産物として生まれた魔物の魔石はともかく、魔人の其れは此方の世界が故郷なのだ。
(魔物の達の其れも、親の様な存在の故郷とはなるしな・・・)
「其れに、楽園は廃魔石に汚染される事は無いしね」
「そうなのか」
「此の楽園では、常に住人達が魔法を使用しているんだ。創造主が其れを想定して創った世界だしね」
「・・・」
そんな差を二つの世界につけた事に、少し苛立ちを覚える俺だったが・・・。
「だからといって、廃魔石全てを受け入れる事は出来ないよ」
アポーストルは態となのか、俺の考えを理解していない台詞を口にした。
「そうか・・・」
其れにも、かなりの不満を感じた俺。
然し、アポーストルは・・・。
「不満があるのなら、此の世界を支配するしか無いね」
そんな、俺が絶対選択しないであろう答えを突き放す様に告げて来たのだった。
「受け入れはお前が?」
「本当に意気地なしだね?」
「どうするんだ?」
話を結論へと向けた俺に、アポーストルからの冷たい挑発が飛んで来たが、其れには応えなかった。
「・・・此方から使者を送るよ。対応は司と、其の血を受け継ぎし者達で行っていくんだね」
「分かったよ」
「それじゃあ・・・」
「あぁ・・・」
絶対に気の合わない俺とアポーストル。
そんな二人が同時に同じ事を願い、互いに背を向け・・・。
「僕は君の事が本当に大嫌いだったよ」
「・・・そうか」
アポーストルからの告白に俺が短く応える。
其れが俺達の永遠の別れの合図となったのだった。
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